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「というわけだから、地下祭壇に関しては君たちで何とかしてくれないか?
僕の本来の体を始末できたら、相応の報酬は与えるつもりでいるし」
目の前に置かれた紙、地下祭壇へのルートが書かれた地図が提示されていた。
割とそれはそれでいいネタになりそうだが、エレオノーレにとってはあまり良いことではなかった。
公国からわざわざ来て彼を捕まえようとしたが、転生する事によって彼は殆ど別人になっている。
それだけ彼は権力を嫌がっていたのだろうが、少女吸血鬼にとってはただの逃げでしかない。
「貴方のせいで私は散々遠回りしてきた。一体何の嫌がらせかは知らないけれどそう甘く見ないでほしい」
「散々、ね。君みたいな綺麗で大人しい子にとっては、確かに大きすぎる旅路だったかもしれない。
それに関して不満があるなら、ある程度工面してあげるよ。この屋敷をもっと広くしたいとか」
「金銭面の問題じゃないわ!!」
大きな声を出すエレオノーレ、ただ彼女の本心はまだ昔のままなのだろう。
「貴方は転生して12年経った歳月があるけれど、こっちはほんの数か月なのよ?」
「12年、そうだね。多くを忘れるにはいい歳月だった。ただ、これは君への嫌がらせじゃない正直な気持ちだ。
ただ、金銭的な受け渡し以外じゃあまり良い気持ちを表せないからね」
「貴方がそうやって被害者面するから、私たちがどんな危険を感じたか分からないのよ。
王族も真祖も、ドラクレシュティ家をもう正当な後継者と見ていない。
あの後、公国に一体誰が新しい王が選定されたか、貴方はまだ知らないはず」
「あぁ、そういえば聞いていなかったね。でも、聞かないでおくよ」
「なっ・・」
「僕にとって大切なのは、これから先君たちがアレクサンドルをどう始末してくれるかだ。
僕はしみったれた吸血鬼ではなく、町の清く正しい貴族で居るつもりでいる。
だから、これから先も君たちは僕をユリウスと呼んでほしいけれど。問題は無いよね」
「・・・・分かりました。貴方がそこまで言うのであれば、もう結構です。さっさと帰ったらどうですか?」
「そう怒らないでくれると嬉しいんだけどね。金銭的な援助に関しては後で考えるとするか」
そう言ってソファから立ち上がるユリウス。
彼にとっては、そう悪気は無いのかもしれないが。しかし、徹底的に味方であることもない。
「死徒二十七祖が僕たちを狙っているってことは、相当執念深い奴らだよね。
君、ついでだから彼等のこともお願いしていいかな」
「君って、俺のことか!?」
「君以外誰が居るのさ?」
「元婚約者のために何か頑張るところはないのか貴族様・・?」
「貴族様って、ある意味凄い呼び方だね。でも君の能力ならそう負けないと思うよ」
「こっちはかなり痛い目見たんだぞ、お前は戦わないつもりで居るのか?」
「僕はまだ本調子じゃないからね。12歳の子供の体って使いづらいんだよ。
それじゃぁ、後はよろしく。ナクラ、君には割と期待しているから」
そう言って、少年はその部屋を出るのだった。
まるで無責任、と言いたいところだが。それだけ王族が嫌だったという考えもある。
「なぁ、エレオノーレ。実はアレクサンドルが故郷で陰湿なことをされたとかそういう話はないか?」
「愛人が複数居るような人です。彼にとっては、王族という権力がむしろ邪魔だったかもしれない」
「はぁ・・まぁ、その愛人もどうせ吸血鬼なんだろうし。三人も居たらいつの間にかミイラになるだろうし」
「そうだけど、貴方こそどうして彼に同調しているの?」
「いや、同調じゃなくて同情だと思うけど。それなりに親近感はある方だからな。
複雑な家庭で生きている奴独自の考え方って奴か?」
「どういう意味ですか?」
「ようするに、不幸そうな奴に対しては絶対的に優しいだけの話だよ」
「・・・それはつまり、アレクサンドル・・ユリウスがナクラを同類だと見なしたと?}
「さぁ。もしかしたら違うかもしれないけど、少なくとも敵意は無かったんじゃないか?」
「私は納得いかない。彼が失踪したせいで、ドラクレシュティ家の関係者が数人死んでいるのに。
彼は結局、自分が一番関係の無い場所で安全に生きて来た。転生魔法で過去に飛んだのだから、余計に妬ましい」
「えぇと、本気で怒ってらっしゃる?」
「えぇ、本当に今さら過ぎて私が馬鹿に見えるくらいに。彼は、12年間も全く対策と取らなかったことになる」
「余裕でタイムパラドックス発生するだろ。過去にさかのぼって自分を殺せるのか普通は」
「あり得ない話ではありません。魂というものは、理論上物質ではないですから」
理論上は、物質でなくとも疑問は出てくるだろう。
もっとも、過去に飛んでから12年経過してしまっているユリウスにとってはどうでもいい話だ。
ある意味、彼は十分に第二の人生を満喫していることになる。
「でも、これからどうするんだ?地下祭壇に行ってみる?」
「彼は一応、ルートは覚えているかもしれませんが。12年も経っている。どうなっているかは分からない」
それに、今はまだ昼間だ。彼女にとっては、さすがにきつい時間帯になっている。
「・・・」
「えぇと、エレオノーレさん?いきなり黙られると怖いんだけど」
何かを考え込んでいる、ただそれが不吉なものを感じさせていた。
色々な事が起きて普通の人ならパニックになりそうだが、彼女はそれを抑え込んでいる。
吸血鬼としての、というよりは王族としてのプライドもあるんだろうか。
「いいえ。止めておきましょう」
「え?」
「国に帰ろうとは思ったけれど、これはあくまで自分の事だから。アレクサンドルは発見次第、私が倒す」
「あぁ、って、一瞬帰ろうって思ってたのか?もしかして」
「それが、町にとってはむしろいいことになる。死徒二十七祖の吸血鬼が居るのは私のせいだもの」
「アルデウスっていう奴がその使徒二十七祖みたいだけど、他の奴が何とかしてくれそうか?」
「昨日の夜、教会の人間は他の魔術師ではなく貴方を狙った。その時点では望みが無いわね」
「・・あのシスター」
嫌な事を思い出してしまった。真っ暗闇のせいでまともに顔を見ていないが、足の痛みが蘇って来る。
人の人体急所を狙って足を機能不全にし、地面に叩きつけるような奴は蛮族であって修道女ではない。
「嫌な思い出になったな・・俺がまともに生きていけるか分からない世界だ」
「殺し合いだもの。まともな人間なんて少数派よ」
「その教会の人たちを説得できないか?正直、俺はまともにやりあいたくないんだ」
「誰だって戦いたくないでしょう、その人たちは。
吸血鬼狩りを本職にしている人たちは、長い戦闘経験の中で人間性が麻痺してしまっている。
それだけ、吸血鬼狩りという特殊な環境が、人としての感情を捻じ曲げる事が多いから。
私たちも人の事は言えないけれど、彼女たちは不死に対して発揮する残虐性が強いのよね」
「どうしてなんだ?割とテンプレだけど、酷い人格になる理由ってあるだろうし」
「理由なんてないわね。ただ、不死である体を一方的に攻撃することに抵抗が無い。
ある意味、彼女たちのサイコ特性は高度なものだから。説得なんてそもそも出来ると思えない」
「不死身に対して残虐性が増す、か。つまり、攻撃するのが面白いからついやっちゃうと」
そう考えると、エレオノーレが教会の人間に対し警戒感を持つのは正しい感情だろう。
いくら攻撃したところで復活する肉体、人によっては恐れるが彼女たちは違う。
自分たちにとっての獲物、ただ戦闘能力がよりその体への嗜虐性を表す。
過剰な攻撃によって彼女たちの人間性、つまりドーパミンが麻痺して過度な攻撃行動を繰り返すかもしれない。
「次は気を付けるか。といっても、ディストブラムも大概だった気はするけど」
「あの人の使い魔の場合、彼の実験道具みたいなものだから」
「まぁ、さすがに昼間には出会わないか。さて、そろそろ次はどうする?」
もはや話をする気にすらなれなかった。この世界の人間の性癖に関してはもう議論しなくていいだろう。
「教会へ行ってみるなら今がチャンスだ」
「人の話聞いてた?」
「聞いてる。俺は真面目な人間だからな。この際、デッドエンドを承知で神父に質問するのもありだ」
「・・・・つまり、今後仕事があるから、これ以上攻撃してこないでくださいと言いたいのね。
それなら、チャンスはあるかもしれないけど。聖堂騎士団までは分からないわね」
「キラキラした組織名だけど、やってることは残虐趣味オーバーキル集団なんだよな。
あのシスターより狂暴な奴が居ると思うと、やはり今説得するしかないか」
「怖くは無いの?貴方も攻撃されたんだから」
「こういう時、大体俺は無敵、痛くないっていう態度している方がいいんだよ。
相手が本気過ぎる場合って、大体怖がっている方が多いからな」
「そう、ね。吸血鬼に対する恐れも、彼女たちにはあるのだから」
残虐性の中に潜む臆病な感情、そこがあればまだ賞賛が無いわけじゃない。
ただ、あの神父相手にそれが成立するかは別の話だった。
教会。エレオノーレと一緒に来たが、雰囲気が違って見えてくる。
場所も天気も一緒だが、ただこうして立場が変わるだけでもぞっとする場所になってしまった。
エレオノーレは日傘をさしている、ただ本格的な力は出せないので言葉以外は頼りにならない。
「あまり眠って無さそうだけど平気か?」
「魔法である程度なんとかなっているわ。貴方が余計なことをしない限り大丈夫」
そうらしい。とにかく、教会の中へ入ろうとした。
その時だ、向こう側の影から一人、少女がこちらにやってくる。
「あ、ナクラ。帰って来たんだ」
「って、メルル?何で外にいるんだ?」
「今日は先生が病気だからお休み。宿題は終わったから、外で遊んでるの」
「自習って奴か。呑気なものだな」
「お兄ちゃんは何してるの?そちらの方は?」
「えぇと。同僚だよ。ギルド協会でちょっと世話になっている」
「ふぅん?」
適当過ぎる言動だった。嘘を言うにしてももう少し気の利いた言動ができないだろうか。
あまり騙す必要性は無かったかもしれないが、ただ最低限の防御ぐらはしないといけない。
「中にヨセフさんは居るか?」
「うん。ちょっとお祈りしてるかも」
「丁度いい頃合いだな。よし、会って大事な話をするからメルルは大人しく遊んでいてくれ」
「難しいお話?もしかしてそちらの人と結婚するの?」
「結婚・・・」
正直、エレオノーレを見ることに一瞬恐怖心を感じた。
アレクサンドルに婚約破棄され、家宝を奪われたあげくその本人が転生して貴族になっているのだ。
正直、下手な冗談などあまり通じないだろう。
「私に結婚相手など居ません。どちらかと言うと、死人を弔いに来たのだから」
「弔い?」
「ある意味すげぇな。まぁ、教会ってそういう場所だけどさ」
「冠婚葬祭について話している余裕などないわ。入りましょう、ナクラ」
「お、おう。それじゃぁ、メルル。今は(精神的に)危ないからとりあえず向こうに行っててくれ」
「うん、分かった」
エレオノーレが先に教会の中へ突入してしまった。
日傘を閉じ、中へ入る彼女を追う。
むしろエレオノーレ本人の方が、教会の空気に合うように見える。
吸血鬼だからといっても、ただ彼女はこの世界の人間だ。合わないはずがない。
その教会も広く、祭壇側には誰かが一人居る。聖母像への御祈りをしていたのは本当だったようだ。
「おや、この時期に誰かと思えば」
「貴方が、この教会の神父ね」
「えぇ。そちらの方のお知り合いですか?」
「ナクラは、現時点では私の契約者みたいなものだから」
「そうですか。それで、どのようなご用件でしょうか?」
「貴方は、ナクラの力の事を知って居るのよね。闇の力を持つ、その本質は女神と敵対している」
「・・私たちはどちらかと言えば中立的な立場ですよ。
よく勘違いされますが、女神教会はどの属性に対しても平等な認識をもっている。
その魔法も、行きすぎた力を持てば術者の体が崩壊するでしょう。力とはそういうものです。
大きすぎる力を発揮すれば、その災いによって変質してしまう。それはどの属性も同じです」
「そうなのか?」
ナクラにとっては、まだ魔術の教養は浅い。だから、火水風土の自然属性もその部類に入るイメージが無かった。
「でも彼は、昨日修道女に襲撃されたわ。あなた達が可愛がっている少女によって」
「人聞きの悪い言い方をしますね。修道女もまた、弱き人を救済するために仕事をしているだけです」
「そうね。私が言い過ぎたかもしれないけれど。教会や聖堂騎士団にこれ以上関わるなと言ってくれないかしら?
彼等は私たちがこれから行う仕事を邪魔する可能性が高いから。どうしても、今は会いたくないのよ」
「聖堂騎士団への異議申し立ては私も難しい所ですが。そうですね」
ただ、彼にとってもそうすぐに受け入れるわけではない。
何処か、こちらの心を読まれているかのようだった。別にまだ、ナクラも何もしていないのに。
「闇の匂いは収まって居る、彼女から魔術を教わったのでしょうか?」
「私、エレオノーレが彼の匂いを防いだのは確かだけど・・」
「どのようにして」
「・・・・吸血行為で、よ。貴方たちにとっては不満だろうけど、それが一番効率的だった。
彼は魔術を知らなすぎる。だから、他者がその力を抑えるのは自然な行為ね」
「確かに自然ではあるかもしれない。ただ、君もまた危険な存在だと理解していただきたい。
聖獣属性の力を持つ吸血鬼、それが本来私たちにとって最大の敵なのだから」
「・・・」
「聖獣属性?」
ナクラにとっては記憶に無い属性だった。
火水風土の自然属性。光闇雷霊の神威属性以外にもあるのだろうか。
ただ一瞬、ステンドグラスを見るエレオノーレの表情が、とても凍って居るように見えた。
「血の属性は、確かにあなた達にとっては不愉快だものね。それが、女神の死を表す禁忌だもの」
「本来ならここを通すわけにはいかないのですが、ナクラが居ますからね。
私もイザベルには嫌われたくはないですから、話だけはするつもりではあった」
ただ、ヨセフにとってはエレオノーレは敵としてみなしているのだろうか。
「血、死、竜、星。聖獣属性は女神にとって最大の天敵となりうる外来種であったらしい」
突然、ヨセフは属性に関する言葉を口にしていた。
聖獣、その言葉の通り、神の領域に到達したケダモノを指す言葉だろうか。
「その力はとてつもなく強力ですが、その力を持つ魔術師は破綻した末路を辿りやすい。
吸血鬼は、より呪いに特化することで生き延びていますが。その魔術特性はより光に焼却されやすい」
「今は魔術の話をしている余裕もないわ。属性の分類なんて、ギルド協会のエルフがかってにやったことだし」
「重要な区分分けですよ。自然精霊、神威精霊、聖獣精霊の三つが交差する力を彼等が担っている。
エルフはそうして、自分たちが到達しうる黄金樹への導きに辿り着くかもしれませんが。果たしてどうだか。
ナクラさん、君にとってはどうなのでしょう。ランクEの剣士として、十分に信用できる組織ですか?」
「え?あぁ、別にそう嫌なことは言われてないけれど」
そもそもエルフにはまだ会ったことが無い。ギルド協会を統括する上層部は、エルフで構成されているそうだが。
「私たち女神教会にとっては、彼等はただダンジョンや討伐儀式によって出来た利益を独占し続けている。
そうした意味では、吸血鬼以上に厄介で大規模な支配力を会得していたのです。
より人の格差は生まれ、メルルのような恵まれない少女を増やすことも少なくはない」
「待って、今はその話をしている時じゃない」
「している時ですよ。ダキアの姫君。ただ私たちにとって重要なのは弱者の救済ですから。
といっても、提供できるのは居場所とパン、そして祈祷のみですが」
女神への祈祷。それによって、メルルたちが救われるのならそれでいいかもしれない。
ただ、ヨセフの言うその信仰は、ある意味正しい在り方をしていると思われていた。
「ギルド協会は広範囲に存在しているわけではなく、国ごとに成り立っている。
事実上は国の傘下にあるのは当然ですが、ロンドベルク傘下のギルド協会をアミュスフィアと呼ぶ。
別に、リズゲイル王国という隣国のギルド協会はサクラレイドと呼ばれていますが。
アミュスフィアとサクラレイドは過去数十年、国境線上に存在するダンジョン内で争いごとを何度も起こしていた。
その単純な領地、利権争いが原因で王国同士の戦争が始まった。そして、メルルやアリアたちの両親の命が失われてしまったのです」
ギルド協会同士が起こした争いによって、幼い少女が孤児となりこの場所に集まった。
それについては知らなかった、ただナクラにとっては本来関係の無い話かもしれない。
「そうした少女たちを守るためにも、イザベルは活動している。彼女の努力は涙ぐましいですが、それでも数は多い。
私たちはそうした社会の酷さを受け入れるしかない、力不足ゆえにね。
ナクラさん。貴方はどうでしょうか、そこに正義感があるのであれば、それは間違ったことではない」
「何だ、俺に一体何を言えっていうんだ。そんなの、今は・・」
「闇の力に関連した事実に関しては、状況次第では許せるかもしれない。
ただ、本質的にナクラさんは正義で戦っているわけではない。個人的なエゴで行動している。
そうした意味では非常に危うい。貴方の今の在り方では、力でしか世界を抑えられないかもしれません」
「どういう意味だ?別に俺は何も悪い事していないだろう?」
困惑するナクラ。まるで、自分がどこか問題があるかのような言い回しになってきていた。
「違うわ、彼が言っているのは、これ以上戦えば闇の力が蓄積されてしまうって言っているのよ。
だから、いくら彼が貴方を心配していても、本格的な魔術を覚えてしまえば後戻りできない。
そういうことよね?結局、彼なりに問題を解決しようとすれば、その大きな力を倒すための力が必要なんだから」
エレオノーレが言った、ヨセフの言動に対する解釈。
ただ、ナクラという人間の、これからの行動原理が十分に機能するかどうか。それが大事なのだろう。




