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一見都合の良さそうに見える話ではあっても、そこに神の介入があるのなら受け入れてしまうんだろう。
ナクラの知的指数は平凡である限り、その神を理解することすら遠い行為だが。
ただ自分たちがこうして生きていることに意味を感じたいのであれば、そこに辿り着くのは難しい行為だ。
哲学に王道は存在せず、ただそこに待っているのは身分不相応とも言える場所だった。
しかし、他者という生き物はどういうわけか、他人の知能を上方修正する事が多い。
他人が嫌いな人間は大抵、外見よりも知的レベルの低さを嫌っている。
そうした考え方をナクラは内心嫌っていた。明らかに同じレベルの癖に、その人間は自分だけが正しいと言う。
自分に優しく、他人に厳しい社会を生きて来た平凡な平成生まれは、そうして異常なダブスタに苦しめられていた。
令和の方はまだマシなのかもしれない。なにせ、情報化によってプライバシーの境目がおかしくなっているから。
いくら他人がどう言われようとナクラは気にしてなどいなかった。
勝手に苦しめられていればいい、自分以外の人間を排除して幸せになりたいと言ったのはそっちだ。
ただ、それでも彼は大多数の人間の輪に入る事はない。
それはある意味、自分だけの世界というものが理解できなかったのだろう。
ただ、ナクラにとってあまり知的レベルの高い人間に対してコンプレックスを持っていないのも事実だった。
同じ人間に見えない人間など、ただそれは高度な機械にしか過ぎない。
理解できない存在など、理解できないままにするだけの話だ。
それなら、どうして自分はこんな世界に居るのだろうか。
「・・・・朝、か」
嫌な目に遭ったにも関わらず、その光はナクラの目を覚ますに最適な光度を上げていた。
異世界の温度は適切にしても、ただ埃っぽいのはマイナスである。
エレオノーレはあまり自室以外掃除をしていないので、ナクラが寝ていた部屋はあまりいい場所ではなかった。
掃除したければ自分でしろ、という感じだったのでやるしかない。
時間だけは無制限にあまっているようなものだったが。掃除しても埃の匂いは取れない。
孤児院として機能していた教会、その部屋から屋敷の部屋へランクアップできたのは喜ばしいが。
ただ放置されていた部屋と、綺麗に扱われていた部屋では快適度合いは流石に違うのだった。
「あの殺人姫、快適だとか言っていたがやっぱり嘘じゃねぇか」
ある意味、断熱性が優れ居るから冬は寒くないとかその程度の褒め方しかない。
ただ別に寒い季節でもないので、結局ナクラはその埃くさい世界を生きているのだった。
その部屋を出て、居間へと向かう。その場所には、エレオノーレが紅茶を飲んでいるのが見えた。
尚、カーテンは閉め切られているのでかなり暗めの環境になっている。
一応、日傘を差せば外を出歩けるらしいが。やはり吸血鬼体質は不便なものなのだろう。
「おはようお姫様。今日は気分がいいから王室ミルクティーか?」
「ミルクは入って居ないわ。王族がそこまで自分で手入れするわけないじゃない」
「ということは普通に淹れただけか。でもまぁ美味しそうだけどさ」
「近くで買った安物よ」
だそうだが、意外と生活は質素な方のようだ。といっても、中世レベルではそんなものだろうか。
「うーん」
三国時代にもなればお茶もかなりの高額になる。過去へ行けば行くほど、王族は現代の庶民レベルの生活だった。
そう考えると皮肉なものだが。ただ、そんな前の時代と現代社会を比べても意味はない。
エレオノーレをナクラが居た世界の武将に例えるなら誰だろうか。郭嘉、あるいは徐庶に近いかもしれない。
等と変な事を考えているが、ただ自分の三国志知識のレベルはゲーム寄りなのでまず信用できないのだった。
「ナクラ、昨日のダメージは何ともない?」
「昨日?まぁ、そこらへんは俺もよく分からない。不死の理由とか知らないし」
「いくら魔導の力を持っていたとしても、伝染病に対処できない事はあるわ。
貴方があの時即死したのも、魔法の力だけでは抑えられない力があることを意味する」
「じゃぁ、あの蝙蝠が持っていた病気を移されたらエレオノーレも危ないのか?」
「えぇ。治癒というのは基本的には肉体を前の状態に戻す作用だから。
内側から徹底的に破壊するような力には抵抗できない。だから、今後も気を付けるといいわね」
「というか、あの魔術師に言ってほしいものだな。あいつの使い魔、基本的に狂暴すぎないか?」
「えぇ。ディストブラムは、死徒二十七祖の一人、アルデウスの弟子だから。
アルデウスの残虐性に関しては、評価が分かれるという話ね」
「その死徒二十七祖とかって、結局何だかは知らないけど、それよりまずはアレクサンドルだな。
あいつが転生した理由も王族になりたくないからだそうだけど。それは知らなかったと」
「えぇ。全く。だから私としては大変不愉快だけれど、今日この屋敷に来るかしら」
「まぁ、来なかったらこっちから行くしかないけど。この町の貴族なんだよな」
「貴族の子供に転生する、それはよくある話だけれど。それも聞かないといけない。
場合によっては、アレクサンドルの正気を疑う事になりかねないし」
「どういうことだ?」
「例えば、双子の子供の片方となって生まれたりとか。
そうなった場合、必ず片方は力がばれて鬼子として処分されるけれど」
「鬼子か。というか、今のあいつは吸血鬼じゃないのか?」
「魂そのものが穢れている以上、その現在は別の体にも変異を与えるはず。
吸血鬼であることは魂の穢れによって起きる結果だから、転生したとしても吸血種としての力は残るわ」
生まれ変わっても吸血鬼は吸血鬼のままである。
だから、どんな魔術を使おうとアレクサンドルの魂がその赤子の体を変質させてしまうだろう。
ただ、吸血鬼かどうかはこの際問題ではない。
「一応エレオノーレの個人的な目的は達成されたけど、問題はむしろ増えている。
俺としては、また似たような死に方は避けたいところだから深入りしたくない」
「別に、教会へ戻ってもいいわよ。目的は確かに達成できたもの」
「戻ったら俺が謎の怪人になって再度現れるかもな・・」
「どういうこと?」
「だから、教会に戻れば突然変なマッドサイエンティストに捕まって肉体改造されるんだよ。
不死の体が更にバージョンアップするから今より強く慣れるかもしれないが人格は無いかもしれない」
「わざと言っているのは分かったわ。もしそうなったらお茶を淹れてくれる?」
どうやらあまり本気にはされていないようだった。
尚、ナクラ本人はあまりお茶を飲まないタイプなので紅茶をまともに作れるかは微妙である。
「朝食をとりたいんだけど、俺はどうすればいいんだ?」
「そこのパンでも食べなさい」
「お姫様みたいな奴だな・・そうやってあしらうから酷い目に遭うんだぞ」
「別に私もパンだけだから問題ないじゃない・・?」
「・・・」
首をかしげるナクラ。パンが無いならケーキを食べればいいじゃない、という話もそう映るかもしれないが。
「ケーキをパンケーキと解釈するか、それとももっと別の物に解釈してもな・・」
パンといってもそうとう固くて拙いパンだろうから弁解不能の失言じゃないかマリー・アントワネット。
「変な事を言うわね、気苦労が絶えないとそうなるのかしら」
「気苦労って簡単に片づけられるほどには簡単じゃない気はするけどさ。
これから先、教会へはまず戻れないからここに居ることになるけどいいか?」
「面倒くさい人生を送って居るわね・・いくら私でも、教会を相手にすることはできない。
つまり、これから先私と一緒に修羅を生きることになりかねないわ」
「修羅って言うほどには危険なのか?」
「女神教会、聖堂騎士団、ギルド協会、ロンドベルク王庁、そしてダキア公国、死徒二十七祖。全員相手にすることになりかねないわね」
「そんなに登場人物居たか?」
「もっとも、皆お互いに仲が悪いから、そう簡単に結託することはないけど。
今の私は王族であってもフリーの魔術師でしかないから、どうすることもできない。
アレクサンドル・・本人の後始末も考えているけど、どうなるかは分からないわね」
エレオノーレの婚約を破棄して、王族から逃げる方を選んだ男性。
彼はドラクレシュティの家宝を盗んで、転生のための媒介にした。
それはいいが、アレクサンドルの本来の肉体はまだ現存しており、結界の原因となっていた。
「ほぼあいつのせいで無茶苦茶な事になってるな・・約束の時間帯に来るのを待つしか無いか」
「・・・・」
「もし来なかったら、相応の罰ゲームでも考えるか」
「正直、来なくてもいいとは思っている」
「何で、会いたくないってことか?」
「今さらではあるけれど、家宝はもう無いのも当然みたいだから。
ドラクレシュティ家が大切にしていた聖遺物は、魂を補完できる程度の高尚な魔術骨董品だった。
売られる方がまだマシ、と言える程度には悲惨な状況ね。彼はそうまでして、私と結婚したくなかったのかしら」
「王様になりたくなかっただけで、エレオノーレが嫌いってわけじゃないはずだと」
「貴族にとっては、例え政治のための婚姻だったとしてもそれを守る感情はあるつもりだから。
公国の中枢にいることのプライドを保つつもりであれば、私は結婚するつもりだった。
でも彼は結局、吸血鬼であることに嫌気をさして王となることを選ばなかった」
「エレオノーレにとっては、駄目だってことか?}
「私が真祖だからということもあるわね。特に、赤の姫君と呼ばれる真祖の末裔だから。
彼は、その在り方を恐れていたかもしれない。けれど、本人もそれを忘れる程度には、人であることが幸せだったとか」
とにかく、アレクサンドル本人を待つしかないだろう。
ナクラも、ソファーに座ってパンを食べるのだったが。やはりそのパンは固いタイプだった。
一時間もすれば彼は来るかもしれない。適当な気持ちで待ち続けるが、ただ教会の方も気になってはいた。
メルルには申し訳ないが、ナクラもそう同じ場所に留まるわけにはいかないのだ。
むしろ居ない方が良いだろう、いくら家無し金無しといっても、あぁいった場所に頼るわけにはいかない。
ただ無力なだけではない、生きる事さえ難しい人間にとっての集まりなのだから。
少なくとも、ナクラ本人にとっては必要ないと思っただけの話だ。
「来たわね」
「え?もう?」
「予定通り来るなんて、意外と彼も調子が良さそうね」
玄関へと移動するエレオノーレ。やはりナクラもついていくべきだろうか。
屋敷の玄関、それなりに広い場所ではあるが。その場所に居る少年とメイド服の少女も中々存在感があった。
アレクサンドルはともかくとして、片方のメイドは帯剣している。
彼の護衛としてついてきたのだろうか。その風格はより強いものだった。
「おはよう、エレオノーレ。こうして会える事は僕も歓迎したいところだよ」
「本来ならアレクサンドルと呼びたいけれど、肉体面の方は別物でしょう?
名前を名乗っておくほうが良くないかしら」
「あぁ、それもそうだったね。僕の名前はユリウス・クライスラー。
この町に存在する名家の長男として、エレオノーレと会話をするために来たことになるね」
「人間の貴族になることで、結果的にはより自由と富を手に入れたことになるのかしら。
この町の規模であれば、貴族として効率的に富は蓄積させられるけれど」
「別に金目的で転生したわけじゃないんだけど。誤解しないでくれるかな。
僕がもし君と結婚して王になったとしても、その王としての血はより淀みを見せる。
吸血鬼としての力は強いけれど、その月の魔力によって起こされる厄災を防ぐことはできない。
だから、僕は遠慮してその力を使わないようにする方を選んだだけだ」
「それは自分の負けを認める事になりますが・・本当に自分勝手な人ね。
ドラクレシュティの家宝はそう簡単には扱えないものだった。貴方は、私から情報を盗んだことになる」
「怖い子だなぁ。でも、君だって、聖遺物の在処を教えるのが悪いんじゃないかな。
おかげで、転生のために必要な媒介はすぐに手に入れられたんだ」
「その気になれば、例え王になった後も転生するでしょう?貴方の場合は、どこまでが本気なのか分からない」
「全部本気なんだけどね。僕は正直な気持ちで生きている、あの薄暗い世界から逃げたいという気持ちも本気だ。
血で血を洗う関係を正常だと思っている吸血鬼の王族なんて、僕は要らないと思っているんだ」
「それは侮辱と見なすわ。いくら貴方でも、公国の純潔性は否定できない」
鋭い眼光。エレオノーレにとっては、アレクサンドル・・ユリウスの言う事が気に入らないのだろうか。
ただ、その二人の間に入ったのはメイドの少女だった。
「ご無礼をお許しください。いくら屋敷の中とはいえ、あまりそうした内容は口に出さない方がよろしいかと」
「貴方は、ユリウスのメイドなのよね」
「召使として彼の御傍に居ることをお許しください。姫君にとっては不愉快かもしれませんが、彼の力はまだ完全ではありません」
「見た限り人間みたいだけれど。まぁいいわ。居間で話しましょうか」
玄関での長時間の話もする気はない、場所を変えることになったが。ただあまりナクラの出る場所はなかった。
別に話す内容はないが、何処かエレオノーレとユリウスの関係性は遠いものに感じる。
それだけ、エレオノーレにとって家宝を潰されたのが許せなかったのだろう。
「別にそう長い話はする気はないから短めに話すよ。エレオノーレ、まず僕はこれから先も貴族の少年として生きるつもりだ。
だから公国に戻るつもりもないし、ただ本来の肉体であるアレクサンドルは魔獣として機能している。
地下に存在する人工迷宮、その場所を僕は祭壇として活用したんだけれどね。
地下祭壇、あの場所に行くルートは一応君たちに教えておくから、自由に探索してみてくれ」
「問題を私たちに押し付けるつもり?」
「嫌な言い方をしないでくれる?一応取引としては十分だと思うけど。
魔獣化したアレクサンドルを君たちが討伐できれば、その時点で今の問題は終わるはずだ」
「夜の結界が発動している事に罪悪感が無いようね」
「罪悪感はあるよ、だから僕が自分から出て来たんじゃないか?」
「忘れていたって言っていなかったかしら・・?」
少年として生まれてから今に至るまで忘れていたとすると、確かに自分勝手過ぎる。
ただ、それほどまでに吸血鬼の王室が嫌いだったのだろう。
エレオノーレがナクラにした事が考える辺り、血で血を洗う関係については冗談ではない。
「これから先、死徒二十七祖はすぐに行動する。アルデウスは特にそうだろうね。
ディストブラムはエレオノーレに若干同情していたみたいだけど、彼はそうはいかない。
もし本格的な戦闘になった場合、いくら僕でもフォローすることはできない。それは覚えておいて」
「玄関でも言ったけれど、問題を押し付けているって自覚はある?」
「公国の血生臭い王室よりはマシだね。僕が飲みたいのは聖杯に注がれた血じゃない。
古い室内で長く保存された白ワインを選ぶのは当然の行為じゃないかい?」
「上手い事を言ったつもりだろうけど、別に私も聖杯で血を飲んでいるわけじゃないわ」
ただ、輸血用の血を飲んでいるのは事実だ。必要なのは杯ではなくその中身なのだから。
エレオノーレの言いたいことも、ユリウスが主張していることも分かって居るつもりだ。
ナクラにとっては、その二人が何処まで利害関係が一致できるか分からなかった。
場合によっては更に分断しかねない、それこそ孤軍奮闘になってしまう。
孤立したまま複数の敵を相手に戦い続けるのは、いくらナクラでも無理のあるゲームでしかない。
死ぬのは怖くないが、死ねば終わるゲームではない。死んだとしても、ナクラの場合復活してしまうのだから。




