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ダンジョン不動産~良い物件はありません。合う物件があるだけです。~  作者: 余白
第一章 「とある不動産と冒険者たち」
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8/21

第8話 売れないダンジョン

 朝のローゼンベルク不動産。


 事務所の隅に、昨日と同じドワーフが座っていた。


 レオンは特に何も言わなかった。

 ロギも特に何も言わなかった。

 設計図を広げ、黙々と何かを書いている。


 そこに、扉の鈴が鳴った。


 入ってきたのは、三十代半ばの男だった。


 仕立ての良い上着。

 整えられた髭。

 商人の顔をしている。


「ローゼンベルク不動産さんですか」


「はい」


 レオンは立ち上がった。


「先日、迷宮管理局から紹介を受けまして」


「どうぞお座りください」


 男はカウンターの前に座った。

 名をカルロ・メルカンテといった。


 話はこうだった。


 三か月前、父が亡くなった。

 相続の整理をしているとダンジョンが一つ出てきた。


 五階層。

 中型のダンジョン。


 祖父が十年以上前に取得したものらしいが、

 父の代から活用されないまま放置されていた。

 維持費だけがかかり続けている。


「年間でどのくらいですか」


 レオンが聞いた。


「三十万ゴールドほどです」


「内訳は?」


「迷宮税が十万、管理費が十万、

 定期調査費が十万です」


「売りたいと?」


「はい」


 カルロは少し疲れた顔をした。


「他の不動産屋にも相談しました」

「どこも査定が低くて」

「希望額に届かなくて」


「希望額は?」


「五十万ゴールドです」


 レオンは資料を受け取った。


 登記簿。

 地図。

 管理履歴。


 ページを繰る。

 繰る。

 繰る。


 静かに言った。


「正直に言います」


「はい」


「高くは売れません」


 カルロが落胆した。


「やっぱりそうですか……」


「他の業者と同じ判断です」

「申し訳ないですが」


 そのとき。


 事務所の隅から声がした。


「当たり前じゃ」


 カルロが振り返った。


 見慣れない煤まみれのドワーフが、設計図から顔も上げずに言っていた。


「……どちら様ですか」


「関係ない」


 ロギは設計図から目を上げ、カルロの持ってきた資料を見た。


「貸せ」

「は?」

「資料じゃ」


 カルロは思わずレオンを見た。

 レオンは小さく頷いた。

 カルロは資料をロギに渡した。


 ロギはページを繰り始めた。


 速い。

 黙っている。


 しばらくして言った。


「売るための土地じゃない」


「何言ってるんですか」


 カルロが眉をひそめた。


「売るために相談しに来たんですが」


 ロギは答えない。

 さらにページを繰る。


 そして一枚の紙を引き抜いた。


 古い見積書だった。


 葡萄苗木。

 灌漑設備。

 醸造樽。

 発酵槽。


「ワインじゃ」


 カルロが目を丸くした。


「あ……」

「そういえば祖父が」

「何か頼んでいたような」


「頼んでいたな」


「父が亡くなって整理していたら」

「そんな書類も出てきたんですが」

「何のことかわからなくて」


「捨てなかったのか」


「なんとなく」


 ロギは眉をひそめた。


「おかしい」


 さらにページを繰る。


 沈黙。


「五階層もいらん」


「は?」


「ワインだけなら」

「四階と五階で十分じゃ」

「こんなダンジョン丸ごと買う必要がない」


 レオンも資料を覗き込んだ。


 確かに。


 ロギがさらに深いところを繰る。

 一枚の紙が出てきた。

 途中で終わっている事業計画書。


 そこには。


 展望広場。

 宿泊棟。

 遊歩道。


 そんな単語が並んでいた。


 ロギがため息をついた。


「息子なのに」

「何も気付かんのだな」


 カルロが顔を赤くした。


「失礼な!」

「私は三代目です!」

「気付かなかったのは父です!」


 レオンは止めなかった。


 ロギは紙を机に置いた。


「爺さん」


 静かに言った。


「ワイン工房を作る気じゃなかった」


 沈黙。


「その先じゃ」


 少し間を置いた。


「リゾート地を作るつもりだったんじゃ」


 三人で現地へ向かった。


 馬車を降りると、空気が変わった。


 一階層。


 川が流れている。

 森が広がっている。

 食材が豊富だ。


 二階層、三階層と降りていくと、

 平野が広がっていた。


 四階層。


 緩やかな丘陵。

 日当たりが良い。

 土が赤みがかっている。


 ロギが地面を触った。


「ブドウ向きじゃ」


 五階層。


 広大な平地。

 レオンが空気を感じた。


「温度が一定ですね」


「湿度もじゃ」

「しかも魔素も安定しとる」


 ロギが頷いた。


「珍しいですね」

「やっぱりな」


 ロギはゆっくりと周囲を見渡した。


 遠くの山。

 川。

 森。

 風。


「リゾートじゃ」


 静かに言った。


「しかも成功する」


 事務所に戻った。


 レオンは机に向かい、

 黙々と数字を書き始めた。


「何してるんですか?」


 カルロが聞いた。


「収支試算です」


 レオンはペンを止めずに答えた。


 しばらくして、一枚の表を置いた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━

 【現状】

 迷宮税    ▲100,000G

 管理費    ▲100,000G

 定期調査費  ▲100,000G

 ─────────────

 年間損失   ▲300,000G

 収益         0G

 ━━━━━━━━━━━━━━━


 カルロが眉をひそめた。


「わかってます。だから売りたいんです」


 レオンはもう一枚、紙を置いた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━

 【売却した場合】

 想定売却価格 300,000〜350,000G

 希望価格      500,000G

 ━━━━━━━━━━━━━━━


「三十万……」


 カルロの顔が曇った。


「希望の五十万には届かないと」


「はい」


 レオンはさらに一枚置いた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━

 【ワイナリー運営】

 初期投資  ▲2,000,000G

 年間売上   1,200,000G

 年間経費   ▲400,000G

 ─────────────

 年間利益    800,000G

 初期投資回収   約2.5年

 ━━━━━━━━━━━━━━━


 カルロが目を細めた。


「年間八十万……?」


「はい」


 レオンは静かに言った。


「希望額の五十万ゴールドが欲しいなら」

「売るより運営した方が早いです」


 カルロが固まった。


 そのとき。

 隅からロギの声がした。


「だから言っとる」

「言ってません」


 レオンは即座に返した。


「言ったつもりじゃ」

「つもりは言ったことになりません」


 カルロが二人を交互に見た。

 レオンはもう一枚、紙を置いた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━

 【リゾート化(長期)】

 初期投資  ▲8,000,000G

 年間売上   3,000,000G

 年間経費  ▲1,000,000G

 ─────────────

 年間利益   2,000,000G

 初期投資回収   約4年

 ━━━━━━━━━━━━━━━


「夢物語だ」


 カルロが言った。


「夢かどうかは知りません」


 レオンは試算表を指した。


「採算は取れます」


 カルロはしばらく黙っていた。


 それから、祖父の計画書を手に取った。


 ページを繰る。

 繰る。

 繰る。


 最後のページ。


 途中で終わっている。

 完成していない。


 だが。


 端の余白に、小さな走り書きがあった。


 インクが少し滲んでいる。

 急いで書いたのか、

 文字が少し傾いている。


『完成したら孫を連れてくる』


 沈黙。


 カルロはしばらく、その文字を見ていた。


「……売るの」


 小さな声だった。


「やめます」


 ロギがニヤリとした。


 レオンは静かに微笑んだ。


 帰り際。


 ロギが計画書をもう一度、手に取った。

 最後のページを見る。


 それから小さく呟いた。


「続きが見たいな」

「何のです?」

「この爺さんの夢の続きじゃ」


 レオンは少しだけ笑った。


「売却案件だと思っていたんですが」


 少し間。


「どうやら違ったみたいですね」

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