第7話 設計士ロギ
朝のローゼンベルク不動産は、たいてい静かだ。
レオンが台帳を開き、
今日の物件確認を始めた頃。
扉が開いた。
鈴が鳴る。
入ってきたのは、ずんぐりとした人影だった。
背は低い。
肩幅は広い。
顔も手も、黒い煤で汚れている。
作業着の上から革のベルトを幾重にも巻き、
そこに丸めた紙束やら定規やらが突き刺さっている。
ドワーフだ。
男はカウンターの前に立ち、
レオンをまっすぐ見た。
「土地を探してる」
低い声だった。
レオンは立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
「用途は?」
「城」
沈黙。
「はい?」
「城だ」
「設計したい」
レオンは少し間を置いた。
「ご予算は?」
「ない」
「帰ってください」
男は動かなかった。
ロギ・ストーンハート。
そう名乗った。
レオンは椅子を勧め、
話を聞くことにした。
帰らないなら聞くしかない。
それがこの商売だ。
「城というのは」
「文字通りの城ですか」
「そうだ」
「建てるんですか」
「設計する」
「建てるのは依頼主だ」
「ワシは設計士だ」
「なるほど」
レオンはペンを取った。
「では土地の条件は?」
「広い」
「高い」
「風が通る」
「水がある」
「将来街になれる場所」
最後の一言で、
レオンの手が止まった。
「将来、街に」
「そうだ」
「城だけ建てても意味がない」
「城の周りに人が集まる」
「市場ができる」
「工房ができる」
「それが街だ」
レオンはロギを見た。
煤まみれの顔。
真剣な目。
「わかりました」
「いくつか見てもらいましょう」
最初の物件は、街外れの小高い丘だった。
見晴らしが良い。
平地が広がっている。
水路も近い。
レオンとしては悪くない物件だった。
ロギは土地に降り立ち、
地面を踏んだ。
しゃがんで土を触った。
立ち上がり、四方を見渡した。
「死んだ土地だ」
「死んでいません」
レオンは即座に返した。
「人が住んでいないだけです」
「同じことだ」
「風が死んでいる」
「土も死んでいる」
「ここに城を建てても街にはならん」
「根拠は?」
「勘だ」
「帰りましょう」
「待て」
二件目は、ロギが地図を指差して指定してきた。
街から離れた荒地だった。
街道からも外れている。
近くに何もない。
地図で見ても、
なぜここを選んだのか全くわからない。
レオンは黙って連れて行った。
現地は、想像通りだった。
草だらけ。
石だらけ。
風が強い。
遠くに山が見える。
「売れません」
レオンは開口一番に言った。
「見ればわかります」
ロギは荒地を見渡した。
「見ればわかる」
「……同じこと言いますね」
「お互い様だ」
ロギは黙って歩き始めた。
荒地を縦横無尽に歩く。
立ち止まる。
また歩く。
地面を蹴る。
遠くの山を見る。
また地面を見る。
レオンはその後ろをついて歩いた。
十五分ほどして、ロギが足を止めた。
「ここだ」
「何がですか」
ロギは遠くの山を指差した。
「あの尾根が見えるか」
「見えます」
「冬の風はあそこから来る」
「……はぁ」
「風が抜ける土地だ」
ロギはしゃがみ込み、土を掴んだ。
「土も悪くない」
「草しか生えてませんよ」
「だからだ」
ロギは手の中の土を払った。
「草が生える土地は死んでない」
「石しかない土地よりよほど良い」
今度は遠くの山並みを見る。
「それに山が近い」
「近いですかね」
「近い」
「鉱脈がある」
「根拠は?」
「山の形だ」
「そんなのでわかるんですか」
「わからん」
「わからないんですか」
「だがある」
レオンはため息をついた。
「設計士って皆そうなんですか」
「知らん」
「ワシはそうだ」
少し沈黙が落ちた。
ロギは再び荒地を見渡した。
「人は来る」
「何故です?」
「風がある」
「水もある」
「山もある」
「人が生きる理由は揃ってる」
そして小さく付け加えた。
「街は後からついてくる」
レオンはもう一度、荒地を見渡した。
草。
石。
風。
遠い山。
そして――
何もない。
夕方になっていた。
二人は丘の上にいた。
どちらが提案したわけでもなく、なんとなくそこに落ち着いていた。
街が見える。
夕日が沈みかけている。
遠くに工房街の煙。
街道を行き交う荷馬車。
ロギが言った。
「お前」
「なんですか」
「土地の先を見てるな」
レオンは少し黙った。
「仕事ですから」
「違う」
ロギは街を見たまま言った。
「不動産屋の目じゃない」
「どんな目ですか」
「わからん」
「だが」
少し間を置いた。
「ワシと同じ目をしている」
レオンは何も言わなかった。
夕日が、街の向こうに沈んでいく。
荷馬車の音が遠ざかる。
風が吹いた。
帰り道。
ロギが立ち止まった。
「明日また来る」
「どうぞ」
レオンは振り返らずに答えた。
「城の話は」
「予算がなければ難しいです」
「わかってる」
少し間があった。
「設計図を持ってくる」
レオンが初めて振り返った。
「城ですか?」
ロギは少し考えた。
「いや」
そして当たり前のように言った。
「街だ」
そのまま歩き出す。
レオンはしばらくその背中を見ていた。
夜の街に、それぞれの足音が消えていった。




