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ダンジョン不動産~良い物件はありません。合う物件があるだけです。~  作者: 余白
第一章 「とある不動産と冒険者たち」
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第5話 S級冒険者アイリス

 朝の冒険者ギルドは、いつも騒がしい。


 依頼を探す冒険者。

 報告書を抱えた職員。

 カウンターに並ぶ列。


 その喧騒の中で、受付嬢のエレナはクエスト掲示板を眺めていた。


 端の方に、一枚の依頼書が貼ってある。


 昨日から誰も触れていない。


「ゴブリン駆除かぁ」


 エレナは呟いた。


「誰か受けてくれればいいんだけど」


 依頼書には、こう書いてある。


 ゴブリン大量発生討伐

 場所:工房付きダンジョン(王都南区)

 依頼主:ガルド・ハンマースミス

 貸主:ローゼンベルク不動産

 報酬:50,000G


 依頼書が、剥がされた。


「え?」


 エレナが振り向く。


 そこにいたのは、一人の冒険者だった。


 長い銀髪。

 軽装の革鎧。

 腰に一本の剣。


 一見すると、どこにでもいる普通の女性の冒険者。


 だが。


「アイリスさん!?」


 エレナの声が裏返った。


 アイリス。

 王都で知らぬ者のいないS級冒険者。

 最年少でS級に到達した、この時代最強の剣士。


 その人が今、

 五万ゴールドのゴブリン討伐依頼書を手に持って立っていた。


「なんでそんな依頼を受けるんですか!?」


 アイリスは依頼書に目を落とした。


 貸主の欄。

 ローゼンベルク不動産。


 小さく、口だけが動いた。


「レオンさん……」


「え?」


 エレナが聞き返す。


 アイリスは顔を上げ、少し笑った。


「久しぶりに実家帰ってきてるんです」

「実家?」

「帰り道なんで」

「い、いや、でも」


 エレナはもう一度依頼書を見た。


「S級が受ける依頼じゃないですよね?」


「そうかもしれませんね」


 アイリスは依頼書をくるりと回した。

 それからほんの少し、声を落とした。


「覚えててくれるかな……」


「え?」


「なんでもないです」


 依頼受理。


 王都南区、工房付きダンジョン前。

 ガルドは腕を組んで待っていた。

 隣には冒険者ギルドの職員が一人。

 やってきたのは、若い女が一人だった。


「……S級って聞いたんだが」


 ガルドが職員に言った。


「S級です」


「一人だぞ?」


「はいS級です」


 職員は表情を変えない。

 ガルドは首を傾げた。


 アイリスはダンジョンの入口を見た。


 奥から唸り声。

 複数どころではない。


「始めますね」


 剣を抜いた。

 ダンジョンへ入っていく。


 静寂が来たのは、数分後だった。


 ガルドは固まっていた。

 中からは、ずっと音がしていた。


 金属の音。何かが崩れる音。

 それが、ぴたりと止んだ。


 入口から、アイリスが出てきた。


「終わりました」

「え?」

「307体でした」

「数えたの!?」


 アイリスは少し首を傾げた。


「一応」


 ガルドが中を覗く。


 ゴブリンが沈んでいる。

 通路に、広間に、隅々まで。

 素材が山積みになっている。


 横に立っていた職員が、青い顔で手帳に何かを書いていた。


「……さすがS級」


 声が掠れていた。


 夕方。


 ローゼンベルク不動産の扉が開いた。


 鈴が鳴る。

 レオンは台帳から顔を上げた。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの向こうに、若い女が立っていた。


 長い銀髪。

 軽装の革鎧。


「討伐依頼の報告に来ました」

「ご苦労様です」


 レオンは立ち上がり、報告書を受け取った。


「初めまして。ローゼンベルク不動産、レオンハルトです」


 アイリスが、少し固まった。


 一瞬だけ。


 読者だけは知っている。

 この二人が、初めてじゃないことを。


「はい」


 アイリスは少し笑った。


「初めましてです」


 レオンは報告書に目を通した。


「307体」

「はい」

「多いですね」


「多かったですね」


 レオンはページをめくりながら言った。


「助かりました」


「工房の方も喜んでいたと思います」


 アイリスは少し表情が動いた。


 ほんの少しだけ、嬉しそうに。


「いえ」


 少し間を置いた。


「仕事ですから」


 レオンが顔を上げ、小さく笑った。


「同業ですね」


 アイリスは何も言わなかった。


 ただ、少し目を細めた。


 その夜。


 アイリスは宿の窓から外を見ていた。


 夜の街。


 灯りが並ぶ。

 遠くに工房街の明かり。

 目を閉じると、古い記憶が浮かんでくる。


 草の匂い。

 薬草ダンジョン。

 走り回る子供たち。


 そして。


 若い男が、照れくさそうに笑っていた。


「楽しみにしてます」


 幼いアイリスが、息を切らせながら叫んでいた。


「また来てね!!」


 現在。


 アイリスはベッドに倒れ込んだ。


 天井を見上げる。

 しばらくして、小さく言った。


「全然覚えてないじゃん……」


 少しだけ笑う。


「レオンさんらしいけど」


 窓の外で、夜の街が動いている。


 工房街の方角から、

 かすかに槌の音が聞こえてくる。


 カン。

 カン。

 カン。


 アイリスは枕に顔を埋めた。


 口元は少しだけ緩んでいる。


 片手には、討伐報酬の袋。


 五万ゴールド。


 S級冒険者の彼女にとっては、大した額じゃない。


 それでも。


 今日は、少しだけ特別な一日だった。


 そのまま目を閉じる。


 どこか嬉しそうな顔のまま。


 まるで昔の遠足の前日みたいに。


 アイリスは静かに眠りについた。

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