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ダンジョン不動産~良い物件はありません。合う物件があるだけです。~  作者: 余白
第一章 「とある不動産と冒険者たち」
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第4話 ゴブリンは借主負担です

 朝のローゼンベルク不動産は、たいてい静かだ。


 レオンが台帳を開き、羽根ペンにインクをつけた、その瞬間。


 扉が勢いよく開いた。

 鈴が鳴るより先に、怒鳴り声が入ってきた。


「話が違う!!」


 レオンは顔を上げた。


 男だった。四十がらみ。

日焼けした肌に、鍛冶師特有の厚い手。

作業着のまま飛び込んできた顔は、今にも爆発しそうに赤い。


「おはようございます」


「おはようじゃねぇ!」


 男の名はガルド・ハンマースミス。


 王都南区、工房街に構える鍛冶師だ。


 半年前、レオンの仲介でダンジョン付き工房を借りた。

 鉱石が安定して取れる。

 作業スペースも広い。


 条件は悪くなかった。


 それが今、壊滅状態にある。


「ゴブリンだ」

とガルドは言った。


「工房に溢れかえってやがる」

「作業なんざできん」

「納期も遅れてる」

「職人たちがパニックだ」

「どうしてくれる!」


 レオンは机の引き出しを開けた。


 ファイルを取り出しページをめくる。


 ガルドの契約書。


「ゴブリンは借主負担です」

「は?」


「魔獣防除法第八条」


 レオンは淡々と読み上げた。


「発見から七日以内に駆除措置を開始しなければなりません」

「費用は借主の負担となります」

「知らねぇよ!」


「契約書に書いてあります」


「読んでねぇ!」

「読んでください」


 ガルドが言葉に詰まった。


 レオンは表情を変えない。

 静かに、しかし一歩も引かない目をしていた。


 ただ。

 レオンはファイルをもう一度めくった。


 物件概要。

 周辺環境。

 隣接ダンジョンの有無。


 手が止まった。

「……現地、見せてもらえますか」


「見てどうする」


「確認したいことがあります」


 工房街の外れ。

 ダンジョンの入口に立つと、

 中からすでに声が聞こえてきた。


 ゴブリンの唸り声。

 複数。いや、かなりの数だ。


 レオンは中に入った。

 通常三十匹程度のはずだった。


 それが今、どこを見てもゴブリンがいる。


 壁際に。通路に。作業台の下に。


「三百はいますね」

「だから言ってんだろ」とガルドが吐き捨てる。


 レオンは騒がなかった。

 怒鳴りもしなかった。

 ただ、静かに坑道を歩いた。


 足跡を見る。

 壁を触る。

 通路の奥へ進む。


 崩れた壁があった。


 その向こうに、横穴。


 新しい穴だ。

 自然に開いたものじゃない。


「あー……」


 レオンは小さく言った。


「なるほど」


 横穴の先は、隣のダンジョンに繋がっていた。

 レオンは入口まで戻り、周辺の登記情報を確認した。


 隣接ダンジョンの所有者。


 グランツ不動産。


 王都最大手の不動産会社だ。


 管理物件数は王都随一。

 数百件を超える物件を抱える大企業。

 レオンとは正反対の存在だ。


 翌日、迷宮管理局でトーマスと話した。


「隣がグランツか」


「ええ」


「嫌な相手だな」


「非常に」


 レオンは静かに言った。


 グランツ不動産の王都支社は、レオンの事務所の十倍は広かった。

 受付嬢が三人いた。


 待合室に革張りの椅子が並んでいた。


 壁には管理物件数の実績が額縁に入って飾られている。


 担当として現れたのは、二十代後半の男だった。


 髪を綺麗に整え、仕立ての良いスーツを着ている。

 書類を小脇に抱え、値踏みするような目でレオンを見た。


「ローゼンベルク不動産の方ですね」

「ヴァルター・グランツです」

「レオンハルト・ローゼンベルクです」


 二人は向かい合って座った。


「坑道が接続されていますね」


 とレオンは言った。


「されています」


「告知はありましたか」


「契約書に記載しています」


 ヴァルターは迷いなく答えた。


 レオンは差し出された契約書を受け取り、開いた。


 確かに書いてある。

 ただし米粒ほどの文字で、最終ページの注釈欄の隅に。


「小さいですね」


「法律上問題ありません」


 ヴァルターは表情を変えなかった。


 完璧な答えだった。

 正しい答えだった。


 レオンは怒らなかった。


 騒がなかった。


 鞄から資料を取り出し、静かに机の上に並べた。


「ガルド・ハンマースミス氏」

「鍛冶ギルド所属、工房主」

「現在工房停止中」

「納期遅延による損害の推定額」


 一枚の紙を置いた。


「二十万ゴールドです」


 ヴァルターが初めて、わずかに目を細めた。


「法的責任は弊社にありません」


「もちろん」


 とレオンは言った。


「法的には問題ないでしょう」


 少し間を置く。


「ただ」

「借主は坑道接続を理解していませんでした」

「王都最大手の評判として」


「それはどうでしょうね」


 ヴァルターの目が細くなった。


「脅しですか」


「営業です」

 レオンは微笑んだ。


 穏やかな、しかし一切揺れない笑顔だった。


 協議は一時間で終わった。


 グランツ不動産が坑道封鎖の費用を負担する。


 ガルドがゴブリン駆除の費用を負担する。


 双方合意。


 ヴァルターは最後まで表情を変えなかった。


 ただ帰り際、一度だけレオンを振り返った。


「……次も来ますか」


「物件次第ですね」


 レオンは答えた。


 工房に戻ると、ガルドが待っていた。


「どうだった」

「解決しました」


 レオンは言った。


「坑道は封鎖されます」


「ゴブリンの駆除はギルドに依頼してください」


「費用はかかりますが、工房は再開できます」


 ガルドはしばらく黙っていた。


 それから、大きく息を吐いた。


「助かった!」


 レオンは鞄から一枚の紙を取り出した。


「こちらどうぞ」


「なんだ」


「相談料です」


 ガルドの顔が固まった。


「取るの!?」

「仕事ですから」


 工房街に、活気が戻った。


 職人たちが総出で再開の準備をしている。

 素材を運ぶ者。炉に火を入れる者。

 道具を並べる者。

 弟子が血相を変えて飛び込んできた。


「親方!」


「納期、間に合いますか!?」


 ガルドは槌を手に取った。


 ニヤッと笑う。


「俺たちを誰だと思ってる」

「槌握って三十年」

「納期に間に合わなかったことなんざ一度もねぇ」


 職人たちが笑った。


 工房に声が響いた。


 カン。

 カン。

 カン。

 槌の音が始まった。


 帰ろうとしたレオンの背中に、声がかかった。


「おーい!」


 振り返ると、ガルドが立っていた。


 槌を持ったまま、工房の入口に。


「兄ちゃん!」

「助かった!」

「相談料は請求しましたけどね」

「うるせぇ!」


 ガルドは笑った。

 それから少し真面目な顔になった。


「困ったことがあったら言えよ」


「……?」

「今度はこっちが助ける番だ」

「鍛冶師ってのは」

「恩は返すもんだ」


 レオンは少し驚いた。


 それから、静かに頷いた。


「覚えておきます」


 工房の槌音を背に、歩き出した。


 夜の酒場。


 トーマスが杯を傾けながら言った。


「結局助けたじゃねぇか」

「仕事ですから」

「性格悪いくせに」

「今更ですか?」


 トーマスが笑う。


 レオンも少し笑う。


「グランツ相手の顔は特に酷かった」


「そうですか」


 レオンは杯を置いた。


「契約書は守ります」


 少し間を置いた。


「だからこそ」

「契約書を盾にする人は」

「苦手なんです」


 トーマスは何も言わなかった。


 ただ、黙って酒を飲んだ。


 窓の外。

 夜の街。


 工房街の方角から、かすかに槌の音が聞こえてくる。


 カン。

 カン。

 カン。


 レオンはしばらく、その音を聞いていた。

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