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ダンジョン不動産~良い物件はありません。合う物件があるだけです。~  作者: 余白
第一章 「とある不動産と冒険者たち」
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2/21

第2話 所有者不明ダンジョン

 迷宮管理局は、冒険者ギルドの向かいにある。

 石造りの堅牢な建物で、正面には『迷宮登記・所有権管理・競売案内』と彫られた看板が掲げられている。

 観光客が間違えて入ってくることもあるが、中身は書類と台帳と役人で埋め尽くされた、実につまらない場所だ。

 

 レオンにとっては、宝の山だった。


「来たか、ローゼンベルク」


 奥の執務室から声がした。


 トーマス・グレイン。


 迷宮管理局競売案件管理部、主任。

 四十がらみの大柄な男で、顎に白いものが混じり始めた無精髭を生やしている。

 書類仕事が嫌いなくせに書類の多い部署にいる、という矛盾した人物だ。


 だが情報の早さだけは局内随一で、レオンが長年頼りにしている数少ない人脈の一人だった。


「昨日の手紙の件ですよ」


とレオンは椅子に座りながら言った。


「所有者不明ダンジョン」


「ああ」


 トーマスは分厚いファイルを机に投げた。


「見ての通りだ。相続人なし、所有者記録も途絶えてる。」

「競売にかけるが、正直誰も入札しないだろうな」


「なぜですか」


「草原一層。スライムのみ。周辺に目立った施設なし」


 トーマスは淡々と読み上げた。


「価値なし。以上だ」


 レオンはファイルを受け取り、ページを繰った。

 地図。

 土壌調査の記録。

 周辺環境の報告書。


他の役人が三行で終わらせた評価を、レオンは黙って最後まで読んだ。


「俺が買います」


 トーマスが眉を上げた。


「……また在庫増やすのか?」


「売れると思ったので」


 レオンはファイルを閉じ、静かに立ち上がった。


「競売の日程を教えてください」


 現地は街から馬車で半刻ほどの場所にあった。


 なだらかな丘を越えると、草原が広がった。


 空が広い。

 風がよく通る。


 ダンジョンの入口は、丘の斜面にぽつりと口を開けていた。


 表札もなく、柵もない。

 数年以上放置されてきた気配が漂っている。


 レオンは入口に立ち、周囲をゆっくりと見渡した。


 草の匂い。

 土の匂い。

 少し湿った地面。

 

 ――地下水か。


 内部に入ると、天井は低いが広い。

 一層構造。見通しがいい。

 スライムが三体、のんびりと床を滑っている。


 敵意というものがまるでない。


 レオンはしゃがんで床を触った。

 湿り気がある。

 水の流れを辿るように、壁伝いに奥へ歩く。

 

 あった。


 壁の割れ目から、細い水が染み出している。


 地下水脈だ。


 水量は少ないが、安定している。


 レオンは立ち上がり、外に出た。


 周辺を歩く。

 工房街まで徒歩十分。

 市場まで徒歩十五分。


 街道に面している。


「……思った通り農業向きだな」


 独り言が、草原に溶けた。


 事務所に戻ったのは昼過ぎだった。


 資料を作り始めると、窓の外に人影が止まった。


 若い夫婦だ。


 二十代前半か。男の方は日焼けした顔で、農作業向きのごつい手をしている。

 女の方は腹が少し丸い。

 妊娠中だろう。


 二人して店先に貼ってある物件案内を眺めていた。


「土地欲しいなぁ」


 と男が言った。


「買えないでしょ」


 と女が苦笑した。


「いや、でもさ。子供も生まれるし、いつかは自分の畑——」

「いつかって、いつよ」


 みかねたレオンは立ち上がり、扉を開けた。


「こんにちは」


 二人がびくりとした。



「物件をお探しですか?


「あ、いやちょっと気になっただけで」


「立ち話もなんですし、お茶だけでも飲んでいかれますか?」

「なにかお役にたてるかもしれませんので」


二人分のお茶が机えに並ぶ


トーマとミア、という夫婦だった。


 トーマは農家の次男で、今は街の農業組合で日雇い仕事をしている。


 ミアは市場で野菜を売る仕事をしていた。


 来月には子供が生まれる。

 貯金はある。

 でも土地は高い。


「畑が欲しいんです」とトーマは言った。

「自分の畑。誰かに雇われるんじゃなくて、自分で育てたものを自分で売りたくて」


「わかります」とレオンは頷いた。


「土地は何件か見られてらっしゃるんですか?」


「はい。三か所ほど。どこも高くて」


「農地は特に高いですからね」


 ミアが静かに言った。


 「諦めてるんです、本当は。でもこの人が諦めなくて」

 

 トーマが照れくさそうに頭を掻いた。


 レオンは少し間を置いてから、口を開いた。


「ダンジョンならどうです?」


 二人が同時に顔を上げた。


「は?」


 翌朝、三人は草原の前に立っていた。


 トーマは入口を覗き込み、それから周囲を見渡した。


 広い空。

 良い風。

 土の感触。


「……畑としては、悪くないな」


「でもスライムが出るんですよね」


 ミアが少し眉をひそめた。


「出ますよ、ダンジョンですから」


 レオンはきっぱり言った。


「しかも増えすぎた場合の処理は借主負担です」


「え?」


「魔獣防除法の規定です」


レオンは資料を開く。


「ダンジョン内の魔物管理は基本的に借主の責任になります。」

「農作業と魔物の間引き、両立は結構大変ですよ」


 トーマが腕を組んだ。


「じゃあ厳しいな」


「実はギルドに依頼できるんですよ」


「依頼?」


「冒険者に間引きを頼めます。」

「依頼料はかかりますが、倒したスライムの素材は売れます。」

「薬師ギルドへの定期売却ルートも組めますから、上手くやれば依頼料はほぼ相殺できます。」

「良い小遣い稼ぎになると思いますよ」


 ミアが不安そうに言った。


「子供が生まれたら、危なくないですか」


「一層構造です」


 レオンは間を置かず答えた。


「スライムしか出ません。逃げ足も遅い。成人した冒険者なら問題ない難易度です」


「でも子供は——」


レオンは相槌を打ちつつこう伝えた。


「あの、十年後の話ですが…」


 レオンは静かに続けた。


「貴族の子弟は幼いころから専用のダンジョンで鍛えます。」

「スライム専門のダンジョンは、魔法の扱いや基礎戦闘を覚えるのにちょうどいい。」

「このダンジョンは一層で安全性が高いので」

「お子さんが育ったとき、練習場としても使えます」


 夫婦が顔を見合わせた。


「……今の話、全部計算してたんですか?」

 とトーマが言った。


「物件をご案内するときは、今だけじゃなく先も見ます」


 レオンは草原に目を向けた。


「畑。素材収入。お子さんの将来。全部、ここで賄えます」


 風が吹いた。

 草が揺れた。


 ミアがそっと腹に手を当てた。


 事務所に戻り、契約書を広げた。


 トーマはペンを手に取り、少し止まった。


「俺、自分の畑が欲しかったんです」


 ぽつりと言った。


「ずっと人の土地で働いてきて。自分のって言えるものが、何もなくて」

 ミアが隣で静かに頷いた。


「私も、欲しかった。自分たちの場所が」


 レオンは何も言わなかった。


 そしてトーマが契約書を静かに押し、ペンを走らせた。


 数か月後。


 市場に、新しい野菜が並んだ。


 土のついた人参。

 丸々とした玉葱。

 葉の青々とした菜っ葉。


 どれも手書きの値札がついている。


 『トーマ農園』。


 売り子はミアだった。

 腹はすっかり丸くなっている。

 隣でトーマが荷を降ろしながら、照れくさそうに笑っていた。


「結局売れたな」

 レオンの隣で、トーマスが腕を組んで言った。


 競売のあと、何かと顔を出してくる。


 本人は「管理局の仕事だ」と言い張っているが、単純に気になっているだけだとレオンは思っている。


「売れますよ」


 レオンは市場の賑わいを眺めながら答えた。


「合う人に会えれば」


「お前、本当に物件じゃなくて人を見てるな」


「当たり前じゃないですか」


 レオンは振り返らなかった。


「良い物件はない。合う物件があるだけです」


 市場に笑い声が響いた。


 野菜が売れた。


 ダンジョンで育てた、自分たちの野菜が。

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