第1話 ダンジョン不動産
ダンジョンは土地である。
発見されれば登記され、売買も賃貸もできる。
冒険者の狩り場にも、農地にも、工房にもなる。
そんな世界で働くのは、剣も魔法も使えない迷宮専門の不動産屋、レオンハルト・ローゼンベルク。
「良い物件はありません。合う物件があるだけです」
薬草ダンジョンで育った最強のS級冒険者アイリス。
街の未来を描く変わり者の設計士ロギ・ストーンハート。
迷宮管理局の競売案件担当であり、レオンの腐れ縁でもあるトーマス。
駆け出し冒険者、孤児院、鍛冶師、商人、貴族――。
様々な人々がダンジョンを求め、ローゼンベルク不動産の扉を叩く。
迷宮を売り、人を繋ぎ、やがて街を育てる。
これは、人とダンジョンの未来を仲介する不動産屋の物語。
松明の炎が、石壁に揺れている。
通路の先から、唸り声。
剣を構えたまま、エリックは息を殺した。
革鎧の隙間から汗が滲む。
隣では相棒のマルクが短剣を逆手に持ち、壁に背を張りつけている。
「……三体か」
「二体だ」とマルクが小声で返す。
「もう一体は奥に引っ込んだ」
「どっちでもいい。やるぞ」
次の瞬間、エリックは飛び出した。
ゴブリンが振り向く間もなく、横薙ぎの一閃。
続けてマルクが滑り込み、喉元を一突き。
二体が沈む。
静寂。
エリックは息を吐き、剣についた汚れを布で拭った。
「……終わりか」
「このフロアはな」
マルクが戦利品を漁りながら言う。
銅貨が数枚。
欠けたナイフ。
使えそうな素材は何もない。
「今回も実入り悪かったな」
「このダンジョン、もう掘り尽くされてる。」
「俺たちが来るころには先客が根こそぎ持ってった後だ」
エリックは天井を見上げた。
荒削りな岩肌。
滲む湿気。
誰かが掘り進めた痕跡。
「……自分のダンジョン持てりゃなぁ」
「は?」
「だから、自分専用のダンジョン。誰にも荒らされない、俺たちだけの狩り場」
マルクは呆れたように鼻を鳴らした。
「夢見てんじゃねえよ。ダンジョンがいくらすると思ってんだ」
「知らね。でも、あったらいいだろ」
二人は連れ立って帰還した。
街に出ると、昼の喧騒が出迎えた。
露店の呼び込み。
荷馬車の軋む音。
冒険者ギルドの前には今日も仕事を探す顔が並んでいる。
エリックはその雑踏を抜けながら、何気なく路地へ目をやった。
そこに、看板があった。
木製の、少し古びた看板。
金文字で、こう書いてある。
『ローゼンベルク不動産 ―ダンジョン・土地・賃貸―』
エリックは足を止めた。
「……なんだこれ」
「不動産屋じゃねえか」
とマルクが通り過ぎながら言う。
「ほら行くぞ」
「ダンジョン、って書いてある」
マルクの足が止まった。
扉を開けると、鈴が鳴った。
こぢんまりとした事務所だった。
棚には分厚い台帳が並び、壁には地図が何枚も貼ってある。
机の上には書類の山。羽根ペンが一本、インク瓶の横に立っている。
そして、カウンターの奥に男が一人。
二十代後半か。細身で、背筋だけやけに真っ直ぐだ。
黒髪を無造作に流し、仕立ては良さそうだが少し擦り切れた外套を羽織っている。
男はこちらを見て、穏やかに立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
にこり、と笑う。
「ダンジョンをお探しですか?」
エリックはしばらく黙った。
「……探せるのか?」
「ええ」
男は当然のように言った。
「それがこの店の仕事ですから」
レオンハルト・ローゼンベルク。
名門ローゼンベルク家の出身。
その名は王都の社交界でも古くから知られている。
だが今の彼は、路地裏の小さな事務所で、一人でダンジョンを売っている。
社員は本人のみ。戦闘能力はゼロ。魔法も使えない。
持っているのは、土地とダンジョンを見る目だけ。
それだけで、彼はこの商売を続けている。
「予算はどのくらいですか」
レオンは台帳を開きながら、静かに聞いた。
エリックはマルクと顔を見合わせた。
「……買えるのか?ダンジョンって」
「買えますよ」
レオンはさらりと答える。
「この世界では、ダンジョンは土地と同じ扱いです。」
「発見されて、登記されて、所有権が生まれる。売買も賃貸もできます」
「賃貸も?」
「ええ。買い取りは難しくても、月々の賃料で借りることができます。」
「ご予算と用途に合わせて、いくつかご提案できますよ」
エリックは呆然とした顔で席に座った。
マルクが隣で腕を組む。
「で、相場はどんなもんだ」
「立地と規模によりますね」
レオンはページを繰る。
「ギルド近くの人気物件は高い。」
「逆に街外れや、まだ評判の立っていない物件は安く出ています。」
「お二人は冒険者の方ですよね。用途は狩り場でしょうか?」
「そう、そうなんだけど」
エリックが身を乗り出す。
「自分だけで使いたいんだ。誰にも荒らされない、俺たちだけの」
「わかりました」
レオンは一枚の資料を取り出した。
「では、こちらはどうでしょう」
物件は街から少し外れた丘の中腹にあった。
入口は岩に囲まれ、一見すると何もない斜面に見える。
レオンが先に立って歩きながら、淡々と説明する。
「一層構造で、主にスライム系が生息しています。」
「ですが、この物件…空きダンジョンです」
「空きダンジョン?」
「こちら、三年間空きダンジョンですね」
「人気ないんだな」
「帰るか」
「ち、ちょっと待ってください!」
レオンは慌てて資料をめくった。
「確かにスライムしか出ません」
「だろうな」
「ですが、スライム一体あたりの平均素材売却額は百二十ゴールドです」
エリックとマルクが顔を見合わせる。
「一日二十体ほど狩れば二千四百ゴールド」
「ふむ」
「月換算で七万ゴールド前後ですね」
「家賃六万だったよな?」
「ええ」
レオンは当然のように頷いた。
「ですので普通に運用すれば黒字です」
「普通に運用できればな」
「できますよ」
さらりと言う。
「スライムですから」
「まぁ……それはそうだが」
レオンは一枚の資料を差し出した。
「あと、この物件」
「三年間空きダンジョンでしたので」
「うん」
「現在スライム多めです」
沈黙。
「……多め?」
「かなり多めです」
「それ大丈夫なのか?」
「スライムですよ?」
レオンは不思議そうに首を傾げた。
「むしろボーナスタイムですね」
「そんな言い方あるか?」
「あります」
レオンは資料を指差した。
「通常よりモンスター密度が高いため、初年度は想定収益を上回る可能性があります」
「お前それ投資物件みたいに言ってるだろ」
「投資物件ですよ?」
即答だった。
「ダンジョンは狩場であり、資産です」
「素材を安定供給する生産拠点でもあります」
「運用次第では十分利益が出ます」
エリックは思わず入口の方角を見た。
三年間放置されたスライムだらけのダンジョン。
さっきまでハズレ物件だと思っていた。
だが。
「……悪くないかもしれんな」
「でしょう?」
レオンは初めて少しだけ得意げに笑った。
「ぜひ一度内覧いきませんか?」
「内覧?」
「ええ、見てもいないのに決めれないでしょう」
「ちょっと馬車とってきますね」
「街外れなので馬車で向かいましょう」
そういうとレオンは足早に馬車を取りに行った。
※
街道を少し進むと物件が見えてきた。
エリックとマルクはダンジョン入口を覗き込んだ。
確かに立地はよくない。
だが、ひんやりとした空気。
奥から微かに青白い光。
スライムが蠢く気配。
怖くはない。むしろ、なんだか落ち着く。
「……悪くない、な」
「ギルドまでは徒歩十五分。騎士団の巡回路からは外れていますが、このあたりは治安が安定しています」
マルクが低く唸った。
「本当に、こういう商売が成り立つのか」
「成り立ってますよ」
レオンは微かに笑う。
「ダンジョンを中心に、街ができる。」
「鍛冶師が集まり、商人が集まり、冒険者が集まる。」
「土地の話をするとき、ダンジョンを抜きには語れません」
事務所に戻り、契約書を広げた。
エリックはペンを持ったまま、少し迷った。
「なあ、本当にいいのか。俺みたいな若造が、ダンジョンを借りて」
「良い物件はありません」
レオンはまっすぐ言った。
「合う物件があるだけです。あなたには、あのダンジョンが合っている。それだけです」
エリックはペンを走らせた。
扉を開けて、エリックとマルクが出ていく。
「ありがとうございました」
とレオンは頭を下げる。
「良いダンジョンライフを」
エリックが振り返った。
「ダンジョンライフ?」
「ええ」
レオンは静かに、でも確かに言った。
「人生を変えるのは、家だけじゃありませんから」
扉が閉まる。
事務所に静寂が戻る。
「スライムダンジョン成約、と」
「悪くない買い手だったな」
レオンは台帳に今日の成約を書き込んだ。
羽根ペンが紙の上を滑らせ、台帳を閉じる。
するとタイミングよく迷宮管理局から手紙が届く。
開封。
『所有者不明ダンジョン発見』
『競売予定』
『迷宮管理局 競売案件管理部トーマス』
「っふ。トーマスの案件か…。」
「面白い」
「明日、ついでに管理局寄ってみるか」
ふとレオンは外を眺めた。
窓の外では、街が動いていた。
冒険者が歩き、荷馬車が行き交い、ギルドの旗が風に揺れる。
この世界には、ダンジョンを売る仕事がある。
剣も魔法も持たない、少し変わった男の仕事が。
これは、ダンジョンと人を繋ぐ不動産屋の物語。




