第17話 A級クランの引っ越し
朝のローゼンベルク不動産。
ロギは今日もいた。
設計図を広げ、黙々と何かを書いている。
レオンは台帳を開き、
今日の予定を確認していた。
扉の鈴が鳴った。
入ってきたのは、大柄な男だった。
三十代半ば。
鍛え抜かれた体。
傷だらけの手。
胸には金色のクランバッジ。
A級の印だ。
男の後ろに、もう一人。
銀髪。
軽装の革鎧。
腰に一本の剣。
レオンは立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
そこで気づいた。
銀髪の女が、
少し笑っていた。
「お久しぶりです」
レオンは少し首を傾げた。
「……以前お会いしましたか?」
アイリスの笑顔が、
ほんの少し固まった。
「はい」
一拍置いた。
「討伐依頼の報告でお伺いしました」
「ああ」
レオンは頷いた。
「307体の方ですね」
「覚えています」
アイリスは少し目を細めた。
「……それだけ覚えてるんですね」
「討伐数は記録に残りますので」
隣でロギが小さく笑った。
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大柄な男が名乗った。
「ダグラス・クロイツ」
「クラン「蒼穹の牙」のクラン長だ」
「レオンハルト・ローゼンベルクです」
「ローゼンベルク不動産、代表です」
「知ってる」
ダグラスは腕を組んだ。
「アイリスから聞いた」
「物件を探しているなら、ここだと」
レオンはアイリスを見た。
アイリスは視線を逸らした。
「ご紹介いただいたんですか」
「……まあ」
「ありがとうございます」
「なんでもない」
アイリスはそっぽを向いた。
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「今日は相談がある」
ダグラスが椅子に座りながら言った。
「クランを引っ越したい」
「現在のご状況を聞かせてもらえますか」
レオンはペンを取った。
「今の拠点は三層構造のダンジョンだ」
「二年前に借りた」
「当時はメンバーが三十人だった」
「現在は?」
「五十八人だ」
レオンは少し間を置いた。
「倍近く増えましたね」
「増えすぎた」
ダグラスが苦笑した。
「食堂が足りない」
「寝室が足りない」
「訓練場が足りない」
「倉庫が足りない」
「全部足りない」
「なるほど」
「だから引っ越したい」
レオンはペンを走らせながら言った。
「引っ越しだけですか?」
ダグラスが目を細めた。
「どういう意味だ」
「規模が倍になったということは」
「組織として次の段階があるはずです」
少し間。
「移転だけが目的ですか?」
「それとも」
レオンはダグラスを見た。
「クランを大きくしたいのですか?」
ダグラスはしばらく黙っていた。
それから、低く言った。
「……後者だ」
「わかりました」
レオンはペンを置いた。
「では話が変わります」
「引っ越しではなく」
「組織改革のご相談ですね」
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レオンはお茶を出した。
ダグラスが一口飲んでから言った。
「実はな」
「相見積もり中だ」
レオンは頷いた。
「承知しております」
「驚かないんだな」
「A級クランですので」
ダグラスが笑った。
「大手三社にも依頼してる」
「当然かと思います」
「ただ」
ダグラスがアイリスを見た。
「うちの副団長がな」
アイリスが微妙な顔をした。
「なかなか認めてくれん」
「?」
「前回もそうでした」
「五件提案しました」
「全部却下です」
レオンはアイリスを見た。
「理由は?」
「嫌だった」
「……理由は?」
「嫌だった」
沈黙。
事務所の隅でロギが吹き出した。
ダグラスが肩をすくめた。
「こういう奴なんだ」
「目は確かなんだが」
「説明が苦手でな」
アイリスは視線を逸らした。
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聞き取りが続いた。
「メンバーの内訳を教えてください」
「S級が一人」
「A級が四人」
「B級が十二人」
「C級が二十七人」
「支援職が十五人だ」
レオンは書き込む。
「支援職の内訳は?」
「鍛冶師が二人」
「治癒師が三人」
「解体師が四人」
「事務が二人」
「その他が四人だ」
「将来的なメンバー規模は?」
ダグラスが少し考えた。
「百人は超えたい」
「時期は?」
「五年以内だ」
レオンは頷いた。
「わかりました」
台帳を閉じた。
「いくつか物件をご提案します」
「少しお時間をいただけますか」
「かまわない」
「一つだけ聞いておきたいのですが」
レオンは静かに言った。
「予算はどのくらいですか」
「買えるなら買いたい」
「相場を教えてくれ」
「A級クランの拠点ですと」
「五百万から一千五百万ゴールド程度です」
ダグラスは眉をひそめた。
「高いな」
「立地と規模によります」
「ただ」
レオンは少し間を置いた。
「一つ、変わった物件があります」
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翌日。
レオンは三枚の資料を並べた。
ダグラスとアイリスが向かいに座っている。
「物件Aです」
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物件A(安め)
構造:3層
収容:最大45名
価格:3,500,000G
特記:鉱脈あり・安定収益
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「手狭ですが予算を抑えられます」
「物件Bです」
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物件B(広め)
構造:6層
収容:最大120名
価格:12,000,000G
特記:街道近接・設備充実
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「将来の百人規模にも対応できます」
「ただし価格は高い」
「そして」
レオンは三枚目を置いた。
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物件C(事故物件)
構造:5層
収容:最大100名以上
本来価格:5,000,000G
現在価格:1,200,000G
特記:要注意
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「なんで安い」
ダグラスが資料を見た。
「理由があります」
レオンは静かに言った。
「黒龍が出ます」
一瞬の沈黙。
「なお」
レオンは続けた。
「黒龍ダンジョンは購入後に大規模改修が必要です」
「概算で一千五百万ゴールド程度になります」
ダグラスが眉をひそめた。
「安くねぇじゃねぇか」
「物件は安いです」
レオンは静かに言った。
一瞬の沈黙。
「…………出るのか」
「半年周期で再出現します」
「そのため現在空室です」
ダグラスが腕を組んだ。
「却下だな」
アイリスが即答した。
「安い」
ダグラスが隣を見た。
「お前、今なんて言った」
「安いって言った」
「普通逃げるぞ」
「逃げない」
ダグラスが頭を掻いた。
「だからお前はそういうところだ」
アイリスはすでに資料を読み込んでいた。
「見に行けますか?」
「もちろんです」
レオンは静かに答えた。
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帰り際。
アイリスがレオンに小声で言った。
「ちゃんと紹介してくれた」
「ご依頼ですので」
「討伐数しか覚えてない」
「記録に残りますので」
「私じゃなくて?」
レオンは少し考えた。
「アイリスさんでしたか」
「遅い」
アイリスは先に歩き出した。
レオンはしばらくその背中を見ていた。
「……?」
ロギが横から言った。
「お主、本当に不動産しか見とらんのう」
「何がですか」
「なんでもない」
ロギは設計図に視線を戻した。
それから、台帳に書き込んだ。
蒼穹の牙 案件・視察予定。




