第11話 ダンジョン物件住み替え ~見積もり編~
冒険者ギルドの奥。
報告窓口のカウンターで、
トーマスは書類を捌いていた。
そこへ、見慣れた顔が来た。
エリックだった。
隣にマルク。
それから知らない顔が四人。
「久しぶりだな」
トーマスが顔を上げた。
「ご無沙汰してます」
エリックが頭を下げた。
以前より少し日焼けしている。
体つきも締まった。
「月次報告です」
分厚い書類を差し出した。
「メンバーが増えたな」
「はい」
エリックが後ろを振り返った。
「四人増えました」
「今は六人です」
トーマスは書類を受け取りながら言った。
「ダンジョンの方は?」
「おかげさまで順調です」
「素材の定期売却も軌道に乗って」
マルクが続けた。
「初心者依頼も安定してこなせるようになりました」
「そうか」
トーマスは書類をめくった。
数字は悪くない。
むしろ良い。
「ただ」
エリックが少し眉をひそめた。
「最近ちょっと手狭なんですよね」
「手狭?」
「倉庫がいっぱいで」
「寝床も六人だと足りなくて」
「訓練スペースも取れなくて」
マルクが苦笑した。
「二人の時はちょうど良かったんですけどね」
トーマスは書類から顔を上げた。
「お前ら、そろそろ中級ダンジョンでもやっていけるんじゃないか」
エリックが目を丸くした。
「中級、ですか」
「実力はある」
「問題は物件だな」
トーマスが腕を組んだ。
「中級は高いし」
「どれを選べばいいかも分からんだろ」
エリックとマルクが顔を見合わせた。
そのとき。
ギルドの扉が開いた。
月次報告書を抱えたレオンが入ってきた。
トーマスがにやりとした。
「ちょうどいい」
レオンは当然のように言った。
「引っ越しですね」
エリックが首を傾げた。
「引っ越し……?」
「ダンジョンの住み替えです」
「不動産の仕事ですよ」
マルクが隣で小声で言った。
「そういうもんなのか」
「そういうもんです」
レオンはカウンターの端に書類を置いた。
「少し聞かせてください」
ギルドの一角に場所を借りた。
レオンはペンを取り、
聞き取りを始めた。
「現在の月間収益は?」
「素材売却込みで大体二十万ゴールドです」
「パーティーの構成は?」
「剣士二人、弓使い一人、魔術師一人、回復役一人、俺がサポートです」
「将来的なパーティー規模は?」
「今の六人でいこうかと」
「倉庫に何を保管していますか」
「素材がメインです」
「あと装備の予備と」
「換金前の討伐証明書」
レオンは黙々と書き込んでいく。
エリックはその様子を見ながら言った。
「あの」
「はい」
「覚えてますか」
「俺たちのこと」
レオンは手を止めた。
エリックとマルクを見た。
「スライムダンジョンの方ですね」
「覚えてたんですか!」
「お客様は覚えています」
レオンはさらりと言って、
ペンを走らせた。
エリックとマルクが顔を見合わせた。
数日後。
ローゼンベルク不動産。
エリック達六人が事務所に詰めていた。
ロギが設計図を広げたまま隅に座っている。
「見つかりました」
レオンが地図を広げた。
街から馬車で二十分。
山の手前に位置するダンジョン。
「三層構造です」
「一層が鉱石採掘」
「二層が魔物狩り」
「三層がボス階」
「魔物構成はオーク系とトロール系が中心です」
「強くないですか?」
新入りの一人が聞いた。
「今のパーティー構成なら問題ないと判断しました」
レオンは淡々と続けた。
「立地も良い」
「街道に近く、素材の運搬コストが下がります」
「鉱石の買取業者が近くに三件」
「鍛冶屋も二件あります」
「一層の採掘素材はそのまま加工に回せます」
少し間を置いた。
「それから」
「はい?」
「二層でごくまれに」
「ジュエリーミミックの発生が確認されています」
「ジュエリーミミック!?」
六人がざわめいた。
宝箱型のモンスター。
討伐できれば高級宝石や希少素材が手に入る。
冒険者なら誰もが憧れる一発当たりの相手だ。
「ごくまれに、ですが」
「それでもいいです!」
「あとパーティーの構成を確認しました」
「魔術系が二人いますね」
「はい」
「この物件、魔素が安定しています」
「休息時のMP回復が他の物件より早い」
「魔術師二人のパーティーには特に有利です」
エリックがマルクを見た。
マルクが小さく頷いた。
エリックが地図を見つめた。
「いいな」
マルクが頷いた。
「条件は全部揃ってる」
「ただ」
レオンが一枚の紙を置いた。
「問題があります」
紙には現地の見取り図があった。
ダンジョンの入口。
周辺の地形。
だが。
拠点らしきものが何もない。
「寝床は?」
エリックが聞いた。
「ないですね」
「倉庫は?」
「ないですね」
「解体場は?」
「ないですね」
「訓練場は?」
「ないですね」
沈黙。
事務所の隅から声がした。
「だから作るんじゃ」
ロギが設計図から顔を上げた。
「作れるんですか?」
「当然じゃ」
「ワシは設計士じゃ」
ロギは筒から設計図を引き抜き、
机いっぱいに広げた。
共同寝室。
倉庫。
解体場。
鍛錬場。
浴場。
食堂。
事務室。
来客室。
予備部屋。
エリックが目を丸くした。
「豪邸じゃないですか」
「冒険者拠点じゃ」
「これくらい当然じゃろ」
レオンが一枚の紙を置いた。
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【建築費見積】
1,500,000G
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「無理です!!!」
六人が同時に言った。
レオンは表情を変えなかった。
「現在の月間収益は二十万ゴールドでしたね」
「はい」
「中級ダンジョンへ移転後の予想月収を試算しました」
次の紙を置いた。
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【収益試算】
現在
月間収益 :200,000G
家賃 :▲60,000G
食費(6人) :▲18,000G
消耗品費 :▲15,000G
装備維持費 :▲10,000G
雑費 :▲7,000G
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実質月収 :90,000G
移転後(中級ダンジョン)
予想月収 :320,000G
経費 :▲90,000G
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実質月収 :230,000G
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「実質の月間差額は約十四万ゴールドです」
エリックが紙を見た。
「年間だと……」
「約百六十八万ゴールドです」
マルクが息を飲んだ。
レオンはさらに紙を重ねた。
「利用できる支援制度があります」
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【適用可能な支援制度】
新人育成助成 :100,000G
討伐拠点整備補助 :200,000G
素材買取契約 :300,000G相当
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圧縮額合計 :600,000G
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「結成何年目ですか?」
「一年半です」
「では助成対象です」
「月の討伐回数は?」
「平均六回です」
「補助金対象です」
レオンは試算表を完成させた。
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【実質負担額】
建築費 :1,500,000G
支援制度圧縮 :▲600,000G
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実質負担 :900,000G
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「実質負担は九十万ゴールドです」
「九十万……」
エリックが頭を抱えた。
「無理です」
「無理ですね」
レオンは頷いた。
「無理なんかい!」
六人が同時に言った。
「現金では、ですが」
レオンはもう一枚紙を置いた。
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【冒険者拠点建築融資】
借入額 900,000G
返済期間 5年
金利 年3%
月額返済 約16,000G
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沈黙。
「……は?」
エリックが固まった。
「十六万?」
「一万六千です」
「安っ!?」
レオンは淡々と言った。
「冒険者ギルド保証付きですので」
「保証?」
新入りの魔術師が首を傾げた。
そのとき。
事務所の扉が開いた。
「その話なら俺の担当だな」
トーマスだった。
いつの間にか来ていた。
「なんでいるんですか」
「面白そうだったからな」
レオンは何も言わなかった。
慣れているらしい。
トーマスは紙を指差した。
「ギルドは討伐実績を管理してる」
「収入も分かる」
「どんな依頼を受けてるかも分かる」
「つまり」
エリックを指差した。
「お前らが返せるかどうか判断できる」
「なるほど……?」
「だから保証人になるんだ」
エリックが目を丸くした。
「ギルドが?」
「優良パーティ限定だがな」
トーマスは肩をすくめた。
「一年半継続活動」
「重大違反なし」
「月次報告提出」
「素材買取契約あり」
「討伐失敗率も低い」
少し間。
「貸す側から見れば優等生だ」
六人が顔を見合わせた。
なんだか照れくさい。
レオンが続けた。
「保証がなければ金利は上がります」
「どれくらいです?」
「八%ほどですね」
「高っ!」
「高いです」
即答だった。
「ですので皆さんにはこちらを推奨します」
エリックは試算表を見つめた。
「でも借金ですよね」
小さく呟いた。
冒険者は宵越しの金を持たない。
稼いで、使う。
そういう生き方をしてきた。
九十万ゴールドの借金。
正直、怖かった。
すると。
ロギが鼻を鳴らした。
「馬鹿じゃな」
「なんでですか」
「金を貯めてから建てる気か?」
「そのつもりでした」
「何年かかる」
エリックは少し考えた。
「五年……くらい?」
「じゃろうな」
ロギは設計図を叩いた。
「その五年」
「お前らはどこで寝る」
沈黙。
「どこで鍛える」
沈黙。
「どこで素材を保管する」
沈黙。
ロギは腕を組んだ。
「借金を見るな」
「建物を見ろ」
事務所が静かになった。
「五年待てば借金はない」
「だが五年失う」
設計図の共同寝室を指差す。
「今建てれば借金はある」
「だが今日から使える」
少し間。
「どっちが得じゃ?」
誰も答えなかった。
いや。
答えは分かっていた。
レオンが静かに口を開いた。
「借金は悪いものではありません」
全員がレオンを見る。
「返せる見込みがあるなら」
「未来を前借りする手段です」
エリックは試算表を見た。
設計図を見た。
仲間達を見た。
六人になったパーティー。
もうスライムダンジョンには収まらない。
マルクが小さく頷いた。
「俺は賛成だ」
新入り達も続く。
「私も」
「俺も」
「異議なしです」
エリックはしばらく黙っていた。
そして。
「……やります」
レオンは静かにペンを差し出した。
ロギは満足そうに笑った。
「よし」
「家を建てるぞ」
ローゼンベルク不動産、設計部。
初の建築案件が動き始めた。




