第10話 ペット可物件
朝のローゼンベルク不動産。
ロギは今日もいた。
設計図を広げ、何かを書いている。
誰も雇った覚えはない。
レオンはもう何も言わなかった。
扉の鈴が鳴った。
入ってきたのは、若い男女だった。
男の方は長身で、旅慣れた革鎧を着ている。
腰には剣ではなく、
いくつもの召喚石がぶら下がっている。
女の方は穏やかな顔をしていた。
男の隣で少し緊張しているように見える。
「いらっしゃいませ」
レオンは立ち上がった。
「ランス・ヴォルクといいます」
男が名乗った。
「B級冒険者です」
「サモナーをやっています」
「こちらは?」
「妻のエラです」
「先月、籍を入れました」
エラが小さく会釈した。
「おめでとうございます」
レオンは微笑んだ。
「どのようなご用件ですか」
「定住したいんです」
「最近この街での依頼が増えて」
「いつまでも宿暮らしじゃ落ち着かなくて」
「なるほど」
レオンはペンを取った。
「ご家族は何名ですか?」
ランスが少し考えた。
「妻と」
少し間があった。
「召喚獣が八匹です」
沈黙。
事務所の隅から、
低い笑い声が聞こえた。
「家じゃなくて牧場じゃろ」
レオンは資料に書き込んだ。
「召喚獣の内訳を教えてもらえますか」
「はい」
ランスが指を折る。
「バトルホースが二頭」
「ボアファングが一頭」
「グリフォンが一羽」
「フォレストドラゴンの幼体が一匹」
「ムーンラビットが三匹です」
レオンはペンを走らせた。
書き終えて、静かに言った。
「普通の住宅は無理ですね」
「やっぱりですか」
「グリフォンとドラゴンがいる時点で」
「住宅地の物件は全滅です」
エラが申し訳なさそうに俯いた。
「エラさん」
レオンが穏やかに言った。
「気にしなくて大丈夫ですよ」
「合う物件を探せばいいだけです」
数日後。
三人で物件を巡った。
ロギもなぜかついてきた。
物件A。庭付き住宅。
グリフォンが庭に降り立った瞬間、
庭が終わった。
「狭い」
ロギが一言で切り捨てた。
物件B。郊外の農地。
フォレストドラゴンが
物足りなさそうに周囲を見渡した。
「森がない」
レオンが静かに言った。
物件C。牧場付き住宅。
グリフォンが空を見上げた。
天井が低い。
「グリフォンは無理じゃ」
ロギが腕を組んだ。
「人間中心に作っとるからな」
「召喚獣のことを考えておらん」
帰り道。
レオンがエラに聞いた。
「奥様はお仕事を?」
「裁縫をしています」
少し照れながら言った。
「いつか綿も育てられたらいいなと」
「思っているんですけど」
後ろを歩いていたロギの耳が、
ぴくりと動いた。
「綿か」
呟いた。
「面白い」
事務所に戻ったレオンは、
古い台帳を引っ張り出した。
ページを繰る。
繰る。
繰る。
手が止まった。
「ここですね」
資料を広げた。
ダンジョン付き農地。
元々は魔獣飼育用として使われていた物件だ。
現在は空室。
構造:4層
1層 :森林
2層 :草原
3層 :水場
4層 :平地
「四層構造です」
「元々は魔獣飼育用でしたので」
「設備も残っています」
ランスが食い入るように見た。
「森林がある」
「ええ」
「草原も」
「バトルホースには丁度いいかと」
「水場まで」
「グリフォンは水浴びが好きですよね」
ランスが目を丸くした。
「なんで知ってるんですか」
「調べました」
現地へ向かった。
一層、森林。
フォレストドラゴンの幼体が、
召喚された瞬間に走り出した。
木に登る。
枝を揺らす。
木から落ちる。
「ダメだぞ!」
ランスが慌てて駆け寄る。
ロギが腹を抱えて笑った。
二層、草原。
バトルホース二頭が、
のびのびと草を食んでいる。
ボアファングが土を掘り始めた。
三層、水場。
グリフォンが翼を広げ、
水面すれすれに飛んだ。
ムーンラビット三匹が、
水際で耳をぴんと立てている。
一匹が水に落ちた。
四層、平地。
エラが広い土地を見渡した。
「ここなら」
静かに言った。
「綿が育ちそう」
ロギがしゃがんで、
土を手で掬った。
「綿だけじゃない」
指の間から土をこぼしながら言った。
「麻もいける」
「染料草もいける」
「羊を入れてもいい」
「そんなに?」
エラが目を丸くした。
「もったいないくらいじゃ」
ロギは立ち上がり、
平地を見渡した。
「土がいい」
「水はけもいい」
「日当たりは申し分ない」
少し間を置いた。
「ここは布の産地になれる」
エラがしばらく黙っていた。
それから、静かに呟いた。
「布の、産地……」
遠くでフォレストドラゴンが、
また木から落ちた。
ランスが「ダメだぞ!」と叫んでいる。
エラは笑いながら、
もう一度、平地を見渡した。
事務所に戻り、
レオンは書類を並べた。
「家賃ですが」
一枚目を置いた。
賃料:150,000G/月
「無理です!!」
ランスが即座に言った。
「そう思うでしょう」
レオンは次の紙を置いた。
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【現在の月間支出】
宿代 :40,000G
レンタル厩舎代 :35,000G
グリフォン預託施設:30,000G
ドラゴン管理地代 :50,000G
飼料費 :20,000G
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合計 :175,000G
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「実は安いです」
ランスが固まった。
「……本当だ」
「自前の土地があれば」
「飼料費と施設費が大幅に下がります」
「さらにここから減ります」
エラが小さく「あら」と言った。
レオンはさらに書類を出した。
「火災保険についてご説明します」
「火災保険?」
「ドラゴン火災特約です」
「3,000G/月」
一枚の紙を置いた。
「加入必須です」
「そんなに危険ですか」
「ドラゴンですので」
当然のように言った。
「補償内容をご確認ください」
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【補償対象】
建物火災
飼育施設の損壊
倉庫・農地への延焼
第三者財物への損害
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【補償対象外】
ドラゴン同士の喧嘩による損害
芸の強要に起因する事故
求婚失敗による火炎放射
勇者との戦闘
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「求婚失敗……?」
ランスが目を細めた。
「昨年、四件です」
「四件も!?」
ロギが腕を組んだ。
「世の中には馬鹿がおる」
「また、森林特約もございます」
レオンは続けた。
「契約開始時の森林面積に対して」
「二十パーセントまでの損失を補償します」
「二十パーセント以上燃えたら?」
「対象外です」
「森全部燃やしたら?」
「保険会社が潰れます」
ロギが小さく笑った。
「正直でよろしい」
「年次報告についてもご説明します」
レオンはもう一枚置いた。
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【年次報告事項(義務)】
森林面積の変動報告
ドラゴンの成長記録
ブレス到達距離の測定報告
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「ブレス到達距離……」
「保険会社が重要視しています」
「成長とともに距離が伸びますので」
「毎年測定をお願いします」
ランスはしばらく書類を眺めていた。
それから、エラを見た。
エラが頷いた。
「……やります」
「ありがとうございます」
レオンはペンを差し出した。
契約書にサインをするランス。
そのとき。
机の上に、何かが乗った。
フォレストドラゴンの幼体だった。
召喚されていたらしい。
契約書をじっと覗き込んでいる。
「ダメだぞ」
ランスが慌てた。
ドラゴンが顔を上げた。
ぷしゅ。
小さな炎が出た。
契約書の端が、じわりと焦げた。
沈黙。
レオンは無言で引き出しを開けた。
新しい契約書を取り出した。
そして静かに言った。
「やはり加入してください」
「火災保険に」
「入ります」
ランスが即答した。
レオンは少し間を置いた。
「良かったです」
静かに言った。
「この物件は」
「長く住んでもらいたいので」
ロギが吹き出した。




