暴かれる
目がキョロキョロ動くのが自分でも分かった。
口の中はカラカラに乾いていた。
頭の中が漂白されたように何も考えられなくなった。
キルケは三日月のような笑みを浮かべていた。
それはまるで悪魔のようだった。
「その反応、正解だな」
カマをかけられていたと分かるも、何も反応出来ない。
肯定も否定も、嘘も付けない。
ただキルケを見つめるしか出来ない。
この人は一体私をどうしたいんだろう。
吹き抜ける風が冷たい。
気が付けば、授業はとっくに始まっていた。
みんな私を探しているのか、授業を受けているのかな。
ただの現実逃避だ。
キルケがゆっくり口を開く。
「お前はアルテとまるで違う。そんなこと見れば分かる。例えば、一人称、お前はたまに自分のことを私と言いそうになる。歩き方だって妙にぎこちない。座る時、男は身体の構造上、開いて座ることが多いが、お前は極端に内股だ。味覚だって違う。前のアルテなら辛いのを好んで食べていた。今のお前は甘党もいいところだ。物に対する接し方も柔らかくなっている。女に下心がない。なにより違うのは目、意志の強いはっきりした目がぼやけている。だから分かった。お前は前のアルテとは違う。単なる小物」
今まで自覚していなかった癖を一つ一つ暴かれて、眩暈がしそうになる。
私が小物なのは、私が一番よく知っている。でも、他人にそれを指摘されて、一瞬悲しくなった。
一瞬だけだ。
後に残るのは、薄く張り詰めた緊張と、身体を暴れまわる恐怖だけ。
「合っているか?聞くまでもないが…」
せめてもの抵抗で、あるいは藁にも縋って言った。
「そんなの…、誰が信じるんだ。僕は今、紛れもないアルテだ。そんな情報、きっと誰も信じない」
信じないでくれ。アルテの居場所を奪わないで。
そんな私をせせ笑うようにキルケが言った。
「言ったろ、私は情報屋なんだ。この情報をばらまけばどうなるか。噂程度だって、ダメージだろ。特にお前を利用したい奴らにとってはな」
「なんだって」
「お前は英雄じゃないといけないんだよ」
もし、もしこの情報が出回れば、もう二度と安穏とした学園生活は送れなくなるだろう。
きっと周囲から疑いの目を向けられ、いずれ真実は白日の下に晒されるだろう。
せっかくなんとかここまでやってきたのに。
頭の中がどんどん絶望で染まっていく。
キルケは逆に楽しそうだ。
「それで、それで、僕をどうしたいんだ」
「英雄アルテ様にしては弱気じゃないか」
「僕、僕は…」
「なんだよ。私が金を強請ったら、くれるとでもいうのかよ」
「そんな、お金なんて、僕の勝手で動かせるわけないじゃないか」
「ドラゴンキラー様が何を言っているんだが。ここの学費だってただじゃないんだぞ」
「学園から去れ、と」
「さぁな」
キルケは嗜虐心に満ち溢れた顔で僕を眺める。
僕はどんどん汗が止まらなくなって、キルケの顔が全然見れなかった。
そもそも、僕は自分にどのくらいの資産があるのか分からない。
なにやら組合があって、そこに僕の資産が入っていることぐらいしか。
お金なんて渡しても、キルケが裏切らない保証はない。
そして集りは、きっとこれで最後じゃない。これが最初なのだ。
下手にお金なんて渡したら、骨の髄までむしゃぶりつかれる。
じゃあ、退学するか。
でもこの世界のことを何も知らない私が在野に出て、生き残れるだろうか。
アルテが戻るまで、無事で居られるだろうか。
だめだ。パニックで頭が働かない。
どうしよう。
どうしよう。
突然、後方からチリチリと焼かれるような視線を感じた。
そのとき、何かがキルケを貫く気がした。
何かは分からなかった。
直感だけが働く。
頭の中は、スイッチが切り替わったかのように静かだ。
身体が動く。自分のやるべきことが明確に分かった。
世界がスローモーションのように写る。
キルケを押し倒す。
キルケの長い髪が、ブワっと広がる。
キルケの驚いた顔がコンマごとにはっきりと映った。
地面についた衝撃が襲う。
腕が少し痺れた。
キルケのさっきまで居たところに、小規模な爆発が起きる。
魔法だろうか。爆弾だろうか。
そんな一瞬の思考も塗りつぶされる。
私には、その爆弾の軌道が分かった。
肌で感じるピりつくような気配に向けて、石を一つ取り、そちらに思いっきり投げる。
石は放物線を描いて、繁みの向こうに落ちていった。
手ごたえがあった。鈍い音がする。
だけど、襲撃者は熟練のものらしく、うめき声も上げず、撤退した。
これら全て、僅か三秒の間に起こった出来事だった。




