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主人公失格  作者: 月蜜慈雨


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8/9

暴かれる




 目がキョロキョロ動くのが自分でも分かった。

 口の中はカラカラに乾いていた。

 頭の中が漂白されたように何も考えられなくなった。



 キルケは三日月のような笑みを浮かべていた。

 それはまるで悪魔のようだった。


 

 「その反応、正解だな」



 カマをかけられていたと分かるも、何も反応出来ない。

 肯定も否定も、嘘も付けない。

 ただキルケを見つめるしか出来ない。

 この人は一体私をどうしたいんだろう。

 吹き抜ける風が冷たい。

 気が付けば、授業はとっくに始まっていた。

 みんな私を探しているのか、授業を受けているのかな。

 ただの現実逃避だ。



 キルケがゆっくり口を開く。



 「お前はアルテとまるで違う。そんなこと見れば分かる。例えば、一人称、お前はたまに自分のことを私と言いそうになる。歩き方だって妙にぎこちない。座る時、男は身体の構造上、開いて座ることが多いが、お前は極端に内股だ。味覚だって違う。前のアルテなら辛いのを好んで食べていた。今のお前は甘党もいいところだ。物に対する接し方も柔らかくなっている。女に下心がない。なにより違うのは目、意志の強いはっきりした目がぼやけている。だから分かった。お前は前のアルテとは違う。単なる小物」



 今まで自覚していなかった癖を一つ一つ暴かれて、眩暈がしそうになる。

 私が小物なのは、私が一番よく知っている。でも、他人にそれを指摘されて、一瞬悲しくなった。

 一瞬だけだ。

 後に残るのは、薄く張り詰めた緊張と、身体を暴れまわる恐怖だけ。



 「合っているか?聞くまでもないが…」



 せめてもの抵抗で、あるいは藁にも縋って言った。



 「そんなの…、誰が信じるんだ。僕は今、紛れもないアルテだ。そんな情報、きっと誰も信じない」



 信じないでくれ。アルテの居場所を奪わないで。

 そんな私をせせ笑うようにキルケが言った。



 「言ったろ、私は情報屋なんだ。この情報をばらまけばどうなるか。噂程度だって、ダメージだろ。特にお前を利用したい奴らにとってはな」


 「なんだって」


 「お前は英雄じゃないといけないんだよ」



 もし、もしこの情報が出回れば、もう二度と安穏とした学園生活は送れなくなるだろう。

 きっと周囲から疑いの目を向けられ、いずれ真実は白日の下に晒されるだろう。

 せっかくなんとかここまでやってきたのに。

 頭の中がどんどん絶望で染まっていく。

 キルケは逆に楽しそうだ。



 「それで、それで、僕をどうしたいんだ」


 「英雄アルテ様にしては弱気じゃないか」


 「僕、僕は…」


 「なんだよ。私が金を強請ったら、くれるとでもいうのかよ」


 「そんな、お金なんて、僕の勝手で動かせるわけないじゃないか」


 「ドラゴンキラー様が何を言っているんだが。ここの学費だってただじゃないんだぞ」


 「学園から去れ、と」


 「さぁな」



 キルケは嗜虐心に満ち溢れた顔で僕を眺める。

 僕はどんどん汗が止まらなくなって、キルケの顔が全然見れなかった。

 そもそも、僕は自分にどのくらいの資産があるのか分からない。

 なにやら組合があって、そこに僕の資産が入っていることぐらいしか。

 お金なんて渡しても、キルケが裏切らない保証はない。

 そして集りは、きっとこれで最後じゃない。これが最初なのだ。

 下手にお金なんて渡したら、骨の髄までむしゃぶりつかれる。

 じゃあ、退学するか。

 でもこの世界のことを何も知らない私が在野に出て、生き残れるだろうか。

 アルテが戻るまで、無事で居られるだろうか。

 だめだ。パニックで頭が働かない。

 どうしよう。

 どうしよう。



 突然、後方からチリチリと焼かれるような視線を感じた。

 そのとき、何かがキルケを貫く気がした。

 何かは分からなかった。

 直感だけが働く。

 頭の中は、スイッチが切り替わったかのように静かだ。

 身体が動く。自分のやるべきことが明確に分かった。

 世界がスローモーションのように写る。

 キルケを押し倒す。

 キルケの長い髪が、ブワっと広がる。

 キルケの驚いた顔がコンマごとにはっきりと映った。

 地面についた衝撃が襲う。

 腕が少し痺れた。



 キルケのさっきまで居たところに、小規模な爆発が起きる。

 魔法だろうか。爆弾だろうか。

 そんな一瞬の思考も塗りつぶされる。

 私には、その爆弾の軌道が分かった。

 肌で感じるピりつくような気配に向けて、石を一つ取り、そちらに思いっきり投げる。

 石は放物線を描いて、繁みの向こうに落ちていった。

 手ごたえがあった。鈍い音がする。

 だけど、襲撃者は熟練のものらしく、うめき声も上げず、撤退した。

 これら全て、僅か三秒の間に起こった出来事だった。








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