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主人公失格  作者: 月蜜慈雨


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9/9

軟化

 



 まるで何事もなかったかのように、木の葉はさざめく。

 生温い風が頬を撫でた。

 遅れて、今まで嗅いだことのない、硝煙のようか匂いが鼻腔を擽る。

 キルケがいた方を見ると、そこには小さく、でも深い穴が空いていた。

 もしキルケに着弾したかもしれないと思うと、ゾッとする。



「なんだったんだ、今の」


「お前…」



 キルケが立ち上がり、訝しげに僕を見る。

 近くで見るキルケの榛色の瞳がキラキラ輝いていた。

 敵、敵なのか分からないけど、敵は明らかにキルケを狙っていた。

 あの爆発は嫌がらせではなかった。

 確実に命を狙いに来ていた。

 首筋にじっとりと汗が流れる。

 命のやり取りは、これが初めてだった。

 こんなに神経が削れるものなのか。

 出来れば、もう二度としたくない。



 キルケはさっきまでの笑みとは裏腹に真顔になっていた。

 それもそうか、命を狙われたんだから。

 あちこちに土埃が付いているのも構わず、キルケは私を睨む。

 少し口も戦慄いていた。

 キルケは声を潜ませながら言った。



「なんで私を助けた?」


「なんでって…」



 僕は口を籠らせた。何でって言われても、分からないからだ。

 ただ、あのときは身体が勝手に動いた。

 まるでヒーローみたいだ。

 怖い。

 まるで私の身体じゃないみたいだ。

 いや、私の身体ではないのだけど。



 あ、アルテ。

 もしかして、アルテの意思が働いたのかもしれない。

 でもそれを今ここで言うの違う気がして、正直に言った。



「身体が勝手に動いたから分からない」



 キルケは鼻で笑った。

 なぜか腹は立たなかった。

 思えば、キルケには醜態をさらしてばかりな気がする。

 それにもうアルテではないことはバレているんだ。だから、気が抜けているのかもしれない。

 脅してきた相手にそう思うのは、よくないこおかもそれないけど。



「そうか、お前にはまだ、英雄の力があるんだな。そうか…」



 まるで安堵したかのような顔に、何か事情があるのか聞きたかったが、我慢した。

 ここで口を開いて、失敗した経験は数知れず。



 そのまま黙っていると、キルケが口を開いた。



「助けてもらった礼をする。何か要望はあるか?」



 礼?別にいらない。でもここでいらないっていうのもきっと、なんか違うんだろうな。

 物?物なんて貰っても、私にはその価値は分からない。金?金なんて貰っても、どこで使えるのか分からない。

 それで気がついた。私には、圧倒的にこの世界の知識が不足していることに。

 今欲しいのは、情報だ。

 この世界で生きてゆく為の。

 私は慎重に言った。



「ええっ、なんだろ。…この世界のこと、教えてほしいかな」


「この世界?」


「常識的なところとか」



 この世界の単位や、通貨、国の名前くらいは分かるが、その他はまるで分からない。学園の勉強もあるし、いつも人に囲まれているせいで図書室にも行けない。

 そんな私の事情に思い至ったのか、キルケは納得したような顔をした。

 ポツリ呟く。



「ああ、そうか、本当に別人なんだな」



 もしかして、キルケとアルテには何か因縁があったのかもしれない。

 でも私には関係ないことだ。



 キルケはまた、三日月みたいな笑みをして、手を差し出した。

 何だろうとぼけっとそれを見ていると、キルケが強引に手を掴んできた。

 握手だった。



「交渉成立だ」





ストックが切れたので、毎日更新が終わります。

次回更新は、7/25です。

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