軟化
まるで何事もなかったかのように、木の葉はさざめく。
生温い風が頬を撫でた。
遅れて、今まで嗅いだことのない、硝煙のようか匂いが鼻腔を擽る。
キルケがいた方を見ると、そこには小さく、でも深い穴が空いていた。
もしキルケに着弾したかもしれないと思うと、ゾッとする。
「なんだったんだ、今の」
「お前…」
キルケが立ち上がり、訝しげに僕を見る。
近くで見るキルケの榛色の瞳がキラキラ輝いていた。
敵、敵なのか分からないけど、敵は明らかにキルケを狙っていた。
あの爆発は嫌がらせではなかった。
確実に命を狙いに来ていた。
首筋にじっとりと汗が流れる。
命のやり取りは、これが初めてだった。
こんなに神経が削れるものなのか。
出来れば、もう二度としたくない。
キルケはさっきまでの笑みとは裏腹に真顔になっていた。
それもそうか、命を狙われたんだから。
あちこちに土埃が付いているのも構わず、キルケは私を睨む。
少し口も戦慄いていた。
キルケは声を潜ませながら言った。
「なんで私を助けた?」
「なんでって…」
僕は口を籠らせた。何でって言われても、分からないからだ。
ただ、あのときは身体が勝手に動いた。
まるでヒーローみたいだ。
怖い。
まるで私の身体じゃないみたいだ。
いや、私の身体ではないのだけど。
あ、アルテ。
もしかして、アルテの意思が働いたのかもしれない。
でもそれを今ここで言うの違う気がして、正直に言った。
「身体が勝手に動いたから分からない」
キルケは鼻で笑った。
なぜか腹は立たなかった。
思えば、キルケには醜態をさらしてばかりな気がする。
それにもうアルテではないことはバレているんだ。だから、気が抜けているのかもしれない。
脅してきた相手にそう思うのは、よくないこおかもそれないけど。
「そうか、お前にはまだ、英雄の力があるんだな。そうか…」
まるで安堵したかのような顔に、何か事情があるのか聞きたかったが、我慢した。
ここで口を開いて、失敗した経験は数知れず。
そのまま黙っていると、キルケが口を開いた。
「助けてもらった礼をする。何か要望はあるか?」
礼?別にいらない。でもここでいらないっていうのもきっと、なんか違うんだろうな。
物?物なんて貰っても、私にはその価値は分からない。金?金なんて貰っても、どこで使えるのか分からない。
それで気がついた。私には、圧倒的にこの世界の知識が不足していることに。
今欲しいのは、情報だ。
この世界で生きてゆく為の。
私は慎重に言った。
「ええっ、なんだろ。…この世界のこと、教えてほしいかな」
「この世界?」
「常識的なところとか」
この世界の単位や、通貨、国の名前くらいは分かるが、その他はまるで分からない。学園の勉強もあるし、いつも人に囲まれているせいで図書室にも行けない。
そんな私の事情に思い至ったのか、キルケは納得したような顔をした。
ポツリ呟く。
「ああ、そうか、本当に別人なんだな」
もしかして、キルケとアルテには何か因縁があったのかもしれない。
でも私には関係ないことだ。
キルケはまた、三日月みたいな笑みをして、手を差し出した。
何だろうとぼけっとそれを見ていると、キルケが強引に手を掴んできた。
握手だった。
「交渉成立だ」
ストックが切れたので、毎日更新が終わります。
次回更新は、7/25です。




