夜風
食事は、食堂で取るらしい。
案内された食堂は、一面吹き抜けになっていて、教会に来たのかと思った。
天井には華やかな人物画みたいなのが描かれている。
柱には細かな装飾が施されていて、目に鮮やかだ。
長い机がいくつか広間を横断して置かれており、皆その前にある椅子に思い思いに座っている。
テフォンが食堂の使い方を教えてくれた。カウンターでどうやら食事を貰う形式らしい。よく見れば奥の方に、みんな並んでいる。
テフォンにはお世話になりっぱなしだ。
後で何かお礼したい。まだ何も思いついてないけど。
食事は具沢山のスープに、山盛りのパン、焼いた肉だった。
肉と魚を選べて、肉を選んでみた。
スープは塩気が効いて美味しい。パンも麦の香りが強くていくらでも食べられる。肉はかかっているソースが絶品だった。
予想以上にお腹が空いていて、いつもとはけた違いの量を食べている。
これが男子学生の食事量か…。
密かに慄いていると、テフォンがリスみたいだなとからかってくる。
それにちょっと睨みつけつつ、辺りを見渡す。
沢山の食事の匂い、食器の擦れる音や咀嚼音、さざ波のような人々の声。
なんだかフードコートにいるみたいだ。
どこか人に飲まれそうなところまで、よく似ている。
懐かしさでまた、脳が焼かれそうになるので、そっとその思いを封印した。
「アルテ元気にしてた?てか、私の名前も覚えてないんだよね。私チェチェ!」
ボブカットの女の子が話しかけてきた。チェチェはどこまで覚えてないの?と無邪気に聞いてくる。
「まぁ全部かな」
「え、うそウケる!」
そう軽く笑ってくれるチェチェに、テフォンがウケないウケないと合いの手を入れる。
「アルテはねー。よく騒動に首を突っ込む人だったんだ。最初みんな変な奴だと思ってたけど」
「俺は違うけどな!」
「うっさい私が今話してんの!」
「それで?」
「それで、同級生の一人が五人に絡まれているときも、一人で五人倒しちゃったんだよ!」
「えー、信じられないな本当?」
「ほんとだよ!」
もー、信じられないのって言うチェチェに、思わず頬が緩む。チェチェは話し上手で、こちらまで聞くのが楽しくなってしまう。
「でもさ、あんな明るくて、サッと助けてくれる人がいたら人気者になっちゃうよね。今じゃあドラゴンキラーだもん」
「あんまり自分じゃよく分からないなぁそれ」
「記憶ないんだったら実感ないよね。でもアルテの事はみんな好きだよ」
チェチェはそう言ってにっこり笑った。
私は頭を掻きながら言った。
「でも前のアルテも変わり者だね。騒動に自分から首を突っ込むなんて」
瞬間、空気が少し変わった気がした。チェチェの笑顔もなんだか一瞬前の違って見える。どこか硬くなった気がする。口角がひりついている気がする。
素早く視線を動かした。みんな固唾を飲んでこっちを見ている。
脳みそがフル回転する。
多分、私なんか間違ったんだ。
どうしよ。私間違っちゃったんだ。
どうしよ。何か言わなきゃ。
何を、何を言えばいい。何を。
何にも言えずに黙り込んでしまった私を、テフォンが肩を叩いて助けてくれた。
「おいおい、そんな薄情なこというなよ。以前の自分に向かってさー」
チェチェが被せて言う。
「そうだよー。ほんとアルテは冗談が上手だねー」
膠着した空気がまた変わった気がした。
「ごめん。そうだね」
この発言が正解か分からない。頼む。合っていてくれ。
テフォンがパンで私を示しながら、「今度なんかあったときは助けてやらねー」と言う。
私は、「勘弁勘弁」と言いながら、またパンを食べた。
みんな和やかな雰囲気に戻っている。
チェチェも前みたいに話してくれる。
良かった。
テフォンのおかげで窮地を脱することが出来た。
前のアルテの話を聞くたびに、アルテの凄さに気づく。
誰もアルテを悪く言うやつがいないのだ。
太陽みたいな人だったんだ。
今日の天気みたいな。
青空みたいな人だったんだ。
夜、ベッドに倒れ伏す。
疲れた。
授業ではなく、会話が。
人からあんなに話しかけられたこと、今まであったっけ。
多分ないな。
本当に人気者だったんだ、アルテ。
すごいな。
特に何もない木目の天井を眺める。
何故か涙が出てきそうになった。
私に、アルテは出来ないな。
遂に一筋、涙が零れ出た。
別人になったから、脳みそも別人になったから、この三日は何も問題なかったから、てっきり自分のASDは治っているんだと思った。
でも違った。
昼間の件、何が間違えなのか分からなかった。
でも確実に何かは間違えた。
灰色の学生時代を思い出した。
そういえば、こんな感じだったな。
私が発言するたびに、周りは困惑とため息に包まれていた。
いつしかそうして、どんどん関わりが希薄になっていった。
また、そうなるのかな。
嫌だ。
でも、アルテにはなれないな。
不安が大きくなりすぎて、まるで像にでもなったみたいだ。
でも、そんな私の気持ちに関係なく、フクロウもどきは鳴き、木々は騒めき、夜は更けてゆく。
また朝が、来てしまう。




