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主人公失格  作者: 月蜜慈雨


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6/7

夜風






 食事は、食堂で取るらしい。

 案内された食堂は、一面吹き抜けになっていて、教会に来たのかと思った。

 天井には華やかな人物画みたいなのが描かれている。

 柱には細かな装飾が施されていて、目に鮮やかだ。

 長い机がいくつか広間を横断して置かれており、皆その前にある椅子に思い思いに座っている。



 テフォンが食堂の使い方を教えてくれた。カウンターでどうやら食事を貰う形式らしい。よく見れば奥の方に、みんな並んでいる。 

 テフォンにはお世話になりっぱなしだ。

 後で何かお礼したい。まだ何も思いついてないけど。

 食事は具沢山のスープに、山盛りのパン、焼いた肉だった。

 肉と魚を選べて、肉を選んでみた。

 スープは塩気が効いて美味しい。パンも麦の香りが強くていくらでも食べられる。肉はかかっているソースが絶品だった。

 予想以上にお腹が空いていて、いつもとはけた違いの量を食べている。

 これが男子学生の食事量か…。

 密かに慄いていると、テフォンがリスみたいだなとからかってくる。

 それにちょっと睨みつけつつ、辺りを見渡す。

 沢山の食事の匂い、食器の擦れる音や咀嚼音、さざ波のような人々の声。

 なんだかフードコートにいるみたいだ。

 どこか人に飲まれそうなところまで、よく似ている。

 懐かしさでまた、脳が焼かれそうになるので、そっとその思いを封印した。

 


 「アルテ元気にしてた?てか、私の名前も覚えてないんだよね。私チェチェ!」


 

 ボブカットの女の子が話しかけてきた。チェチェはどこまで覚えてないの?と無邪気に聞いてくる。



 「まぁ全部かな」


 「え、うそウケる!」



 そう軽く笑ってくれるチェチェに、テフォンがウケないウケないと合いの手を入れる。



 「アルテはねー。よく騒動に首を突っ込む人だったんだ。最初みんな変な奴だと思ってたけど」


 「俺は違うけどな!」


 「うっさい私が今話してんの!」


 「それで?」


 「それで、同級生の一人が五人に絡まれているときも、一人で五人倒しちゃったんだよ!」


 「えー、信じられないな本当?」


 「ほんとだよ!」



 もー、信じられないのって言うチェチェに、思わず頬が緩む。チェチェは話し上手で、こちらまで聞くのが楽しくなってしまう。



 「でもさ、あんな明るくて、サッと助けてくれる人がいたら人気者になっちゃうよね。今じゃあドラゴンキラーだもん」


 「あんまり自分じゃよく分からないなぁそれ」


 「記憶ないんだったら実感ないよね。でもアルテの事はみんな好きだよ」



 チェチェはそう言ってにっこり笑った。

 私は頭を掻きながら言った。



 「でも前のアルテも変わり者だね。騒動に自分から首を突っ込むなんて」



 瞬間、空気が少し変わった気がした。チェチェの笑顔もなんだか一瞬前の違って見える。どこか硬くなった気がする。口角がひりついている気がする。

 素早く視線を動かした。みんな固唾を飲んでこっちを見ている。

 脳みそがフル回転する。

 多分、私なんか間違ったんだ。

 どうしよ。私間違っちゃったんだ。

 どうしよ。何か言わなきゃ。

 何を、何を言えばいい。何を。

 何にも言えずに黙り込んでしまった私を、テフォンが肩を叩いて助けてくれた。



 「おいおい、そんな薄情なこというなよ。以前の自分に向かってさー」



 チェチェが被せて言う。



 「そうだよー。ほんとアルテは冗談が上手だねー」



 膠着した空気がまた変わった気がした。



 「ごめん。そうだね」



 この発言が正解か分からない。頼む。合っていてくれ。

 テフォンがパンで私を示しながら、「今度なんかあったときは助けてやらねー」と言う。

 私は、「勘弁勘弁」と言いながら、またパンを食べた。

 みんな和やかな雰囲気に戻っている。 

 チェチェも前みたいに話してくれる。

 良かった。

 テフォンのおかげで窮地を脱することが出来た。



 前のアルテの話を聞くたびに、アルテの凄さに気づく。

 誰もアルテを悪く言うやつがいないのだ。

 太陽みたいな人だったんだ。

 今日の天気みたいな。

 青空みたいな人だったんだ。





 夜、ベッドに倒れ伏す。 

 疲れた。

 授業ではなく、会話が。

 人からあんなに話しかけられたこと、今まであったっけ。

 多分ないな。

 本当に人気者だったんだ、アルテ。

 すごいな。

 


 特に何もない木目の天井を眺める。

 何故か涙が出てきそうになった。




 私に、アルテは出来ないな。



 遂に一筋、涙が零れ出た。

 別人になったから、脳みそも別人になったから、この三日は何も問題なかったから、てっきり自分のASDは治っているんだと思った。

 でも違った。

 昼間の件、何が間違えなのか分からなかった。

 でも確実に何かは間違えた。

 灰色の学生時代を思い出した。

 そういえば、こんな感じだったな。

 私が発言するたびに、周りは困惑とため息に包まれていた。

 いつしかそうして、どんどん関わりが希薄になっていった。

 また、そうなるのかな。

 嫌だ。

 でも、アルテにはなれないな。



 不安が大きくなりすぎて、まるで像にでもなったみたいだ。

 でも、そんな私の気持ちに関係なく、フクロウもどきは鳴き、木々は騒めき、夜は更けてゆく。

 また朝が、来てしまう。







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