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主人公失格  作者: 月蜜慈雨


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3/6

混乱と出会い




 個室の部屋は静かだ。

 ここには暇をつぶすスマホも、本も、マンガもない。

 静かだ。

 不安だ。

 あんなにやかましかった人たちは、「また明日ゆっくり進めましょう」とだけ言って、そそくさと去っていった。

 私は全然現実から戻れなくて、料理を食べても、用意してもらったタオルで身体を拭いても、何も考えられなかった。

 窓から見上げた夜空は、とても美しく、一粒一粒が地球よりも生き生きと輝いているように見える。

 そのせいでふと、思ってしまった。

 私は二度と、地球には帰れないんじゃないか。

 


 「嫌だ」



 咄嗟に出た言葉に驚いた。

 何が嫌なんだろう。

 ここでは英雄として、扱ってくれるじゃないか。

 あんなに針の筵で、社会の片隅でこっそり生きているより、よほど有意義な人生が送れそうじゃないか。

 そうだろ、自分。



 強く、そう強く言い聞かせても、不安はとぐろを巻くばかりだ。

 窓を開く。

 無風なのか、何も感じない。

 それが悲しかった。

 嫌な雨の音。職場の軋んでいるような空気。冷めた弁当の味。肩にかかるバッグの重さ。

 全部、置いてきてしまった。

 嫌なはずなのに、あんなに肌に馴染んだあの感覚が、今はもうない。

 もう何に辛さを感じればいいのか分からないまま、ぎゅっと身体を縮めた。

 何もかも違う身体を抱きしめながら、ただ揺蕩う意識に身をゆだねて、いつしか眠りについた。




 朝になった。

 朝になっても、状況は変わらなかった。

 私はアルテ・ロードのままだった。

 今日は面会をするという。

 関係のあった人と会うことで、記憶が蘇るかもしれません。そう、朝の診察にきたドミニク医は言った。

 アルテと関係のあった人物。

 会いたくない。でも、会わなきゃいけない気がする。

 複雑な気持ちを抱えたまま、一人ドアをじっと見つめた。



 最初の面会者は、亜麻色の長髪に柔和な笑みを携えた男性だった。

 ドアをノックされ、「どうぞ」というと、ゆっくりドアが開かれた。

 そのまま丁寧にドアを閉めて、私の所へゆったりと足を運んだ。


 その人は白を基調とした服を着ていた。もしかしたら制服なのかもしれない。亜麻色の長髪に、困り眉、なだらかに開かれる瞳の色は青灰色に似ている。

 口元が優しく微笑んでいる。



 「こんにちは。君は知らないかもしれないけれど、私は君と懇意にしていた者だ。学園では生徒会長を務めている。名をウラール。ウラール・モルツァという。よろしくね、新しいアルテ・ロード。君とも仲良くなれると嬉しいよ」


 「よろしくお願いします」



 瞬間的に違う、と思った。この声は私の声じゃない。低い声から発せられる言葉がまるで私に意志に反しているようだ。

 ウラールはにっこりと微笑んだ。



 「君がドラゴンキラー。偉大な功績を果たしたことはもう知っていると思うけど、この功績は多分君の予想以上の功績だよ。誰もが君に英雄の姿を想像すると思う」


 「え」


 「でもそれをどうか重荷に思わないでほしい。新しいアルテ。例え覚えてないとしても、君はそれを成したんだから、誇りに思ってほしい。堂々と学園の英雄として生活してほしいんだ」


 「あの、それは難しい、と…」



 ウラールは笑みを崩さなかった。



 「もちろん、今は難しいだろう。でもいずれ君は知るだろう。君が英雄であることを。私は君に期待しているよ」



 呼吸が浅くなったような気がして、小さく「はい」という他なかった。



 「それじゃあ、これで失礼するよ。まだまだ君と会いたい人が山のようにいるからね。君を長時間独占してたら、恨まれてしまう」


 「あ、来てくれてありがとうございます」


 「また、学園で会おう」



 ウラールは来たときと同じように、ゆっくりドアを閉めて、帰っていった。

 思わずため息が出た。学園長といい、生徒会長といい、なんで皆あんなに大仰なのか。

 それにあの笑顔。ひどく胸がざわざわした。私はまたあの人と会話をしなければならないのか。

 出来れば、あまりもう会いたくない。



 次の面会者はアルテの幼馴染だという。

 どんな人物だろうか。

 入ってきたのは、明朗快活を絵に描いたような男性だった。

 


 「よう、アルテ!記憶がないんだって?気の毒だな!あんなことを成し遂げたあとだってのに!」



 そう言って男性は大きく口を開けて笑った。

 短い赤茶髪、力強い釣り眉は意志の強さを表しているようだ。眼孔の深い奥に琥珀色の瞳がある。健康的でたくましい体格には、やはり制服みたいなものを少し気崩して着ている。



 「俺の名前は、テフォン・コーポレイ!これからよろしくな!」



 肩を叩かれる。突然のことでびっくりした。



 「よ、よろしく」


 「なんだぁ、随分他人行儀だな。ま、最初はそんなものか!」



 テフォンがこちらをじっと見つめる。私も見つめた。

 少しの間だけだったが、なぜかお互いを見つめあう空間があった。

 テフォンの目が爛々と輝いている。それがなぜか、少しだけ怖かった。

 テフォンがまた笑う。



 「まだ疲れてんだろ!学園で会おうな!」


 「うん、また…」



 豪快にドアを開け閉めして、去っていった。

 なんかどっと疲れた。ウラールさんもテフォンさんも、私との距離を掴みかねている感じだった。

 それはそうだよな。

 私もまだ、全然二人のこと知らないし、これからか。

 まだ、面会者はいる。

 会話は緊張するけど、なんとかやろう。





 つ、疲れた。夕日の差し込むベッドで私は倒れ伏していた。

 あれから面会者は途絶えず、結局面談時間が終わるまで人が来た。

 ある人は本当に覚えてないのか訝し気にしていたり、ある人は尊敬していると目を輝かせて言ってくれたり、ある人は泣きながら感謝している人までいた。

 みんなアルテのことを、アルテ様と言い、前の記憶が戻ることを祈ってくれた。


 

 「アルテ様か…」



 この世界に切り花を忌む習慣はないらしく、たくさんの花を貰った。

 特に泣きながら感謝していた人から、花瓶に入りきれないくらいの花束を貰った。

 匂いを嗅ぐ。

 ツンと香しい。まるでさわやかなアイスみたいだ。

 天井を見上げる。

 何の変哲もない、照明がポツンとあるだけの天井だ。

 アルテはみんなに愛されていた。

 まだ見舞いの人たちだけだが、それでも十分感じることが出来た。

 正直、英雄と聞いていたから、もっと孤高の存在なのかと思った。

 恐れられていると思った。

 良かった。

 前のアルテが愛されていて。

 今のアルテが受け入れられるかどうか分からないけど、精一杯頑張ってみるよ。

 君の分まで。

 いつか地球に帰れる、その日まで。




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