還ってきたのは…
「いやぁ、本当に良かった!!」
「はぁ」
「君が亡くなったなんて信じられなかったからね!やっぱりそうだ!君は死んでない!」
目の前で恰幅の良いの中年男性が、満面の笑みで私に捲し立てる。
赤い服に豪華で繊細な金の刺繍がされている。
もしかして偉い人なのか?
この人と私は、どういう関係だったのだろう。
親子なら、これほど他人行儀な訳ないし…。
疑問に思っている、傍で控えていた秘書らしき人が、「学園長」と一言声を掛けた。
この人は学園長なのか。
じゃあ、なおさらなんで私のところに…?
灰色っぽい服を着た若い男性が叫んだせいで、人が集まり、私はあれよあれよという間に取り囲まれ、ここに連れてこられた。
部屋を抜けた建物の中はまるで、ベルサイユ宮殿のようだった。
廊下は等間隔でチューリップのような花弁の灯りがあって、柱には何のモチーフなのか分からない精密な彫刻がされてあった。天井には所々に宗教画のような絵が描かれていて、この建物の豪華さが際立っていた。
人々が私を避けて通る。
時折、英雄という言葉が聞こえてくる。
英雄?
質問しようにも、視線を合わせると途端に逸らされる。
これじゃあ、ここがどこだかも尋ねようもない。
だけど、悪意は感じなかった。人の気持ちが分からないと常々言われる私でも、そこには高揚と好意が見て取れた。
どうやら、私を知っている人はたくさんいるらしい。
良かった。これで情報収集には困らない。
今困っているのは、視線と動きがぎこちなくなることだ。
なにせ普段より頭一つ分以上は高くなっている。それに、身体の動きがいちいち外に向くからそれに振り回されそうになる。人型有人ロボットに乗った気分だ。
人知れずため息を吐く。これは、慣れるのに相当かかるぞ。
案内された場所は、応接室みたいだ。華美だが目に痛くなく、シックで心地が良い。
「ああ、そうだった。何人かに会ってくれないか?君と面会したい人からの問い合わせが山ほど来てるよ。それから、健診もしないといけない。何かあってからでは遅いからな!」
一人で完結して、うんうんと頷く学園長に、私は焦りを覚え始めた。
ここまでなし崩し的にきてしまったけど、もう通用しないだろう。
何も覚えてないし、別人の意識が入っているし、貴方が誰かも分からない。
そう口にするには、勇気のいることだったが、今の状態のままいるよりは間違いなくマシだった。
「あの、貴方は誰でしょうか?ここはどこでしょうか?私は誰でしょうか?」
「何を冗談を言っているのかね。死んでからさらにジョークが上手になられたな!ジョークと言えば、貴方が祝賀会で話されたスピーチは秀逸だった!ウェットに富んで、クスっと笑えて、感動する。スピーチとはかくあるべきという見本!素晴らしい!!」
なにやら一人で満足げに回想している学園長に、少し語気強く言ってみた。
「あの、本当に貴方のことが分からないいんです」
「またまた。冗談を…」
「本当に」
しばらく、胸が苦しくなるほどの沈黙が流れた。学園長は私の言葉を推し量っていた。
本気だと分かったのだろうか。少しずつ学園長の顔が青ざめていく。
周囲の緊張も高まる。
今度は秘書らしき人が質問した。
「自分が誰か本当に分からないのですか?」
「はい」
学園長が叫んだ。
「医師を!」
どたばたとまた忙しく、人が行ったり来たりする。
心臓が高鳴る。もちろん、嫌な意味でだ。
今度は白衣を着た人々が現れて、わらわら私を取り囲んだ。
五人以上は確実にいる。
それ以上にたくさんの人が出入りしていた。
なんなんだ。今の私は王子様かなにかなのか。
病室は広かったが、圧迫感で息が苦しくなった。
元の世界でいうところの補聴器みたいなものを当てられたり、頭や肩に不思議な、異様に口の長い瓶を当てられた。
分かってはいたが、改めて前の私の身体と全然違う。
筋肉の張った腕、足、割れている腹筋、部位の長さ、関節の強度、意識すればするほど、違うと分かって気持ち悪くなってしまう。
全身を隈なく見られた。気持ち悪さと共に羞恥を感じてしまった。なぜなら私の身体を診たのは、全員男性だったからだ。
見てほしくなかった。嫌だった。
だからといって、女性に診てほしいなんて言えるわけなかったが。
「お名前は分かりますか?」
「…いいえ」
思わず、神崎ツツジと答えそうになった。この身体の人物の名前は知らない。でも確実に神崎ツツジでないことは確かだ。
「ここはどこだか分かりますか?」
「いいえ」
「今は儀歴何年の何月何日か分かりますか?」
「いいえ」
「貴方の生年月日は分かりますか?」
「いいえ」
否定を重ねるたびに、朗らかだった多分医者の顔が曇っていく。
私は疲れただろうと、ベッドに横にならせてもらった。
「それで、ドミニク医。何か分かりましたかな」
学園長が、手をそわそわさせながら真剣な声で、ここでの代表なのであろう初老の医者に声を掛けた。
ドミニク医は目を閉じながら、神妙な顔つきで答えた。
「そうですな…。記憶喪失だと思われます。身体は健康そのものでした」
「なんてことだ!君に降りかかるのは苦難ばかりか!」
学園長が顔を覆う。
どこか劇じみたそれが、なんだか嫌だった。
「大丈夫だ!君の記憶が戻るまで、ここにいるといい。ここ、パルタモン学園に!」
学園長がぐっと、顔を近づけてきた。
丸っとした輪郭がより強調されて、ハムみたいだと、どこか他人事のように思った。
全てが素早く、何も追いついていない。
これからどうすればいいのか。
私は誰なのか。いや、神崎ツツジなのだけども。
学園長が大仰に手を動かす。その手の先には、何も知らない私がポツンと存在していた。
顔を真っ赤にして学園長が叫んだ。
「竜を倒し者の英雄、アルテ・ロードよ!!」
とりあえず、この身体の持ち主の名前は、アルテ・ロードというのが分かった。
そして私は、英雄に成り代わってしまったらしい。




