終わりの始まり
緩やかな風が吹いていたのを覚えている。
私にとって、グループワークは最も苦手な授業形態の一つだ。
何を言っても地雷になるような気がするし、何を言っても人とずれていることを言ってしまう気がするから。
神崎ツツジが学生だった頃、グループワークはいつも黙って過ごす時間だった。時折、質問され、それに答える。その回答がおかしかったのか、みんな沈黙し、やがて誰も私に話を振らなくなる。
でも今は違う。
私はアルテになった。アルテは人気者だ。多少おかしな言動をしてもみんな受け入れてくれるし、フォローしてもらえる。
いつもそのことに安堵して、感謝して、反省して、また会話する。
その繰り返し。
だからだろうか。
気が緩んでいたのかもしれない。
その時は必然的にやってきた。
グループワークのお題は、災害が起きたときの避難措置について、だった。
各グループで、海や山、川などの災害の発生しやすい地域で、どのように避難や支援を行うかというグループディスカッションが行われていた。
異世界らしく魔獣の出やすい地域、なんてものもある。
私のグループは森だった。
「それじゃあ、森を想定した災害を考えようか」
「森林火災とか?」
「倒木なんかもあるね」
「魔獣が出やすい地域も多いし」
意見がどんどん集まり、ノートに書き写していく。
「次は対策かぁ」
「森だと対策しづらいんじゃないか」
「森林火災なんてどうやって対処すればいいんだ」
「定期的に森が乾いてないか確認するとか…」
「まぁそんなところか。魔獣の被害の対策は出来るな」
「防壁を厚く、武器を揃え、魔獣を狩って間引きする。基本は武器かな」
森林火災の対策で先生に突っ込まれそうだなと思ったが、この土地の森林がどう管理されているのか分からないので、ろくに代案が出せない。そうしている間にもディスカッションは進んでいき、大体の答えは出揃った。
「逃げ道を最初から作っておけばいいんじゃないかな」
「逃げ道?」
「森の中に、木が生えていない道を作っておくとか」
「ああ、避難経路か。それなら火災以外でも使えるな」
発表までまだ時間がある。会話は、ディスカッションから雑談に移行していた。
どこどこのお菓子が最近流行っている。
技術科の先生に想い人がいるらしい。
次のテストは難解だから気をつけよう。
そんな話の流れの中で、その話題は自然と出た。
「そういえばさぁ、あの子」
最初に話題を出したのは、赤髪の女の子だった。
「あの子?」
「ほら、不登校の」
「あぁ、あの子か」
このクラスには、不登校の子が一人いる。一回も見たことはない。名前は確か、サニなんたらだったような気がする。
教室の机は長机で自由席だから、日本みたいにポツンと机と椅子がその不在を証明しているわけではない。
だから余計存在感がなかった。
何度か先生が、まだ来てないのか、気にしていたので、それでかろうじて覚えていたくらい。
その子が一体どうしたのだろうか。
「いよいよ学園辞めるらしいよ」
「まじか」
「何やったんその子」
「確か学園の規則に抵触して停学じゃなかったっけ。そこからずっと来てない」
「えー、犯罪とかだったらどうしよう」
「怖いから辞めて欲しいかも」
「まぁちょっと不気味だよな」
まるで囁き合うような言葉が響く。
一瞬みんなの顔が歪んで見えた。
確証のない針のように鋭い言葉たちが、ここにはいないその子に突き刺さった幻想を見た。
気持ち悪い。
昔を思い出す。
あの頃、囁き合う声が全て自分への中傷に聞こえた。
取るに足らない私のことなんて誰も気にしない。
でもたまに思い出すのだ。
みんな、私の至らなさを。
重ねて見ることは良いことではない。
この人たちは、今の私に優しい。
それでいいじゃないか。
それでいい、はずなのに。
気がつけば、口が勝手に開いていた。
「ねぇ、みんな、そんな人のことはいいから、課題に集中しよう」
瞬時に場の空気が凍ったのが分かった。
「…そんな人って」
「あ、どうでもいいとかそんなんじゃなくて」
「うん、そうだよね」
赤髪の子が引き攣った笑みで私に返した。
何か言い募ろうと思って口を開いて閉じた。
その子の名前も知らないことに気がついたから。
分からない。
分からない。
分からない。
分からないけど、何かを致命的に間違えたことだけは分かる。
唾液を飲み込む。
風はまだ穏やかにカーテンを揺らしていた。
次回更新は、10/21(水)です。




