必死
救いの声に聞こえた。
テフォンがこちらを見ていた。
自分のグループに断ってから、こちらへ向かう。
テフォンはいつものように笑っていた。
その顔を見ただけで、胸の奥に詰まっていたものが少しだけ軽くなる。
大丈夫だ。
テフォンなら、きっと何とかしてくれる。
今までだって、そうだった。
私が何かを間違えるたび、彼は笑って取り繕ってくれた。
だから今回も、きっと。
相手が何を考えているのかなんて、刻一刻と変わるものなのに。
「え、何?どしたん?」
「あっ」
「えっとね。アルテくんが、サニライトさんのこと、どうでもいいって」
答えたのは、赤髪の人だった。非常に誤解のある言い方に、私は焦る。
今更だけど、不登校の人、サニライトって名前だったのか。そんな、今は思わなくていいことまで思考が走る。
「いや、そんな感じじゃないっていうか…」
「どういうこと?」
経緯を他の班員から聞いたテフォンは、みるみる顔をしかめていった。
テフォンは口を開いては閉じて、何かを言おうとして、やめていた。
私は緊張して、早くこの地獄のような空気を変えてくれなんて、身勝手なことを願った。
思い返せば、私が困っていると、いつも助けてくれた。太陽のようなアルテに似た、光の塊のような男だった。類は友を呼ぶとはこういうことなんだと思った。
そんな男が、私を見て、ため息を吐いた。
肩がびくつく。決定的なものが欠けていくような音がした。
テフォンの声が、ノイズ混じりのラジオの声のように、不規則に響く。
「アルテ、お前、本当にそう思って言ったのか?」
「違うよ。そんなつもりじゃなくて」
「じゃあ、どういうつもりだったんだ?」
「いない人のこと、悪く言うのは違うって言いたくて」
「だったら、そう言えばいいだろ」
「……うん」
「今まで言わないようにしていたんだけどさ、アルテ、最近お前おかしいぜ。前はそんなこと、思ったって言わなかった。思ってもなかったかもしれない。どうでもいいなんて、人を粗末に扱うようなこと、絶対に言うような奴じゃなかった。誰かが悪く言われていたら、黙ってそいつのところへ行って、何かしてやるような奴だった。前のお前なら、こんなところで話を終わらせなかった。サニライトがどうして来なくなったのか、自分で確かめに行ってたはずだ。良くないと思う。最近のお前は、特に」
人は嫌いだ。
人間関係なんて、体にまとわりつく鎖でしかない。
それでも、必死に笑顔を浮かべて周囲と話すのは、人は一人では生きていけないと、この二十五年で散々理解したからだ。
名前のつかない感情が、言葉になって口から溢れそうになる。
頭が爆発してしまいそう。
きっとアルテは人なんて、嫌いになったことなんてないんだろうな。
強いから、こんなこと思ったこともないんだろうな。
集団が苦痛なんて感じたこともないんだろうな。
ああ。
…。
私、アルテになれないな。
烏滸がましかったな。
じゃあ、アルテになれないなら、どうすればいい?
私はどう生きればいい?
この異世界で何を寄るべにしたらいいんだ!
迷子の羊ように、視線が彷徨った。
彷徨った視線は、一人の人物に行き着いた。
縋る先はやはり、テフォンだった。
震える声で、呟くように言った。
「テフォン…、今の僕を見てよ」
テフォンの顔から、すっと表情が消えた。
何かを聞き間違えたように、私を見つめている。
「……今の、お前?」
その声は、ひどく掠れていた。
テフォンは一歩後ずさった。
まるで、初めて私を見るような目だった。
数秒間、痛いくらいの沈黙が続いた。
自分の唾を飲み込む音さえ周囲に聞こえそうだ。固唾を飲んで見守る皆の視線が矢のように、私たちの身体を突き刺した。
その沈黙を破ったのはテフォンだった。
凄まじい音を立てて、長机が倒れた
筆記用具が床に散らばり、紙が宙を舞う。
私はただ、呆然とその光景を見つめていた。
突然の出来事に、誰かが小さく悲鳴をあげた。
テフォンは。
テフォンは、逆光に染まった黒い影の中で、私を射殺さんばかりに睨みつけていた。




