この世の理
信じられないことだが、ここまで誰にもすれ違うことなく、キルケと二人に図書室に来た。
キルケは、人の少ない道をよく知っていた。
授業はとっくに終わっていて、放課後だった。
こんなに学校をサボったことはないから無意味に緊張してしまう。
相談して、キルケに基本的なことを教えてもらえることになった。
有難い。
パルタモン学園の図書室はかなり広く、まるで大学の図書室みたいだ。
一階と二階があり、どちらも棚いっぱいに本がぎっしり陳列されている。
図書室は利用者が少ないらしく、二階の自主室にはほとんど人はいなかった。
いたとしても、熱心に本を捲るばかりで、こちらに目もくれない。
視線が突き刺さらない感じが懐かしくて、なんだか安心すらする。
床は板張りになっていて、キルケと歩くと、靴音が重なる音がする。
ある棚でキルケが止まった。
地理、歴史と分類されている棚だ。
その中から分厚い革の本を取り出す。
図書室の長机で本を開いた。
そこにはこの大陸の地図が、壮大に描かれていた。
キルケは大きな大陸の地図を指さす。
「ミル王国、酒が上手い。レミアナ王国、税金が高い。クレバ王国、この辺じゃまあまあマシ。ここは抑えておけ。この国はクレバ王国だ」
キルケが指差しで教える。クレバ王国は、なんだかクロワッサンみたいな形をしている。見れば見るほど、ますますクロワッサンに見えてきた。
「大体この辺の国は王政だが、クレバ国も王政だ。今の王朝は、コクーン家で、今代で27代目だ。パルタモン学園がこの辺だ。王都郊外にある」
私は真剣に聞いた。テストを受けるときなみに集中していたかもしれない。
「ここまでで何か質問は?」
「僕は英雄って言われているけど、ドラゴンってそんなに珍しいの?」
キルケが眉をしかめた。
「ドラゴンは大体標高の高い山に生息している。人里に降りてくることは滅多にない。滅多にないことだけに、珍しいといえば、珍しい。でもお前が英雄って言われているのは、ドラゴンを倒したことだけじゃないんだ」
「それは何?」
「ドラゴンの巣にある財宝も持ち帰ったんだ」
「へぇ」
「お前なぁ、まぁ、いいか。通貨はこれな」
キルケが麻色の巾着を取り出し、通貨を教える。
半銅貨、銅貨、銀貨、金貨と教えてくれた。
キルケの手の中にある、銅貨を見ながら唸る。
日本で銅貨がいくらくらいか、さっぱり分からない。
パン一つ買えるのかも分からない。
なんせ買い物にも出かけたことがないので、通貨の肌感覚がいまいち掴めない。
これは実際に経験してみないと。
ここでも円安とか、物価高とかあるのかな。
いやだなぁ。
異世界にきてもこんな発想しか出来ない自分が。
顔に出ていたのか、キルケが胡乱な眼差しでアルテを見る。
「アルテ、本当に大丈夫か」
キルケが私に対してなんて思っているのか、少し分かる気がする。多分、こいつ生きていけんのか、とか思われている。
散々情けないとこ見られているし、しょうがないかもしれない。
前世で二十五年生きても、この世界では何も知らない。
私は肩を竦めた。
「まぁ、頑張る」
「なんだよ、その気の抜けた返事」
「まぁでも…」
キルケは遠くを見やって、どこか想い馳せるように言った。
図書室は西日が差していて、キルケの金色の髪がキラキラ光っていた。
それを美しいと思った。
この世界にやってきた夜、星空を見つめて美しいと思ったように。
「お前は面白いやつだ。凡人の魂に、英雄の身体、どこまでやれるか、お手並み拝見だな」
どういう反応をすればいいか分からない。
ただ、キルケは最初より私のことを嫌ってはいないようだ。
それなら良かった。
「自分の稼いだ資金が知りたければ、獅子連合組合に行けばいい。大抵のハンターはそこに所属している。きっとお前も所属しているだろう」
「行ってみるよ」
次回更新は、8/1です。
鬱状態が激しく、次話書き上げられませんでした。
次回更新は未定になります。
申し訳ありません。
目途が経ちましたので、ご報告します。
次回更新は、8/22になります。




