115-1 準備のお風呂です
(三人称)
そわそわ
ざわざわ
ぴるぴるる
桃の花の印を押された専用の箱の中、丁寧に包み込まれた彼等は小刻みに動いている。
否、彼等は動いているのでは無い。お喋りをしているのだ。
━━今年はちゃんと舞になってるって。
━━姫様、頑張ったね!
━━最初の年の変わってて楽しかったけど、やっぱり舞だよね。
この雛人形達は、付喪神━━では無く、人以外の誰かが『そう在れ』と願った祝福の一種である。
妖の使う雛人形は少々特殊であるが、それ以上に長く長く、大切に扱われる。
更に、六華将の一族が住む領地は、彼等の存在により領地を満たす妖力や霊力が濃くなり、付喪神が生まれやすい。
そう考えた者が、恐らく昔多く居たのだろう。
一見良い話に思えるが、一つ問題が起きる。彼等が本当の付喪神では無く概念的な存在で、大変悪戯好きで、且つ無垢な存在である事だ。
その悪戯が、正直シャレで済まない。
誰も居ない家に侵入して冷蔵庫の扉を開けっ放しにしたり、出店の商品を爪楊枝で滅多刺しにしたり……。悪戯では無く、親切で持ち主達に夜食を作ろうとしたのだろう、味噌汁にプカプカ浮かぶ人形が発見された例もある。
だが彼等は、生まれたばかりどころか生まれてすらおらず、赤子と同じなのだ。
誰が、頑張って作った積み木の城を無慈悲に破壊する赤子を責められようか。特に最後の水没事件(Ver.味噌汁)……。
故に、奉納の展示会に出された雛人形達は最後、強い力を持つ六華将直系の娘が奉納舞を行う事で、草木を染める色や川のせせらぎ、小さな雨雲、夜空を駆ける流れ星の輝き等々……。付喪神擬きでは無く、本来成るはずだった世界の一部へと戻される。
尚、これまた不思議な事に六華将の領地であっても、直系女子が1人も居ない時、この現象は起きない。
初雷領では、七夜月の前の直系は先々代の頭領、つまり彩雲の母親であった。故に彼女の死後、その現象は起こらず奉納舞など暫く行われていなかったのだが、
「2年前は本当に大変でしたね」
「そもそも理屈の分かってない現象なのに、それまでお目溢しして貰ってた分が一気に来たアレねぇ」
普段1人で風呂に入っている七夜月だが、今日ばかりは大人しく、2人係でピカピカにされていた。
上空が紅掛空色に染まる広い露天風呂。
七夜月の頭を丁寧に洗うのは麦穂と、風呂係の統率である。本人は余り話していないが、実は立派な蛇女の系譜で、七夜月は美魔女と認識している。
蛇女がポンと七夜月の小さな両肩に触れれば、元から白くきめ細やかな子どもの肌ではあるが、淡く光るように美しさが増した。
「おばちゃまのエステ、マジやばい」
キラキラしている両手の甲を見つめて七夜月は感動しているが、蛇女は苦笑を浮かべている。
「こんなの全然エステでも何でも無いさ」
「彼女に本気を出させたら、骨格も変わりますよ」
「いたい?」
「代々当主一族の女を満足させて来た秘伝の技だよ? 痛い訳無いさ!」
風呂場係の統率となると、必ず特殊なエステ技能を叩き込まれるようだ。
七夜月が他の使用人達と違い、蛇女を『おばちゃま』と敬意を込めて呼んでいるのは、そのエステ技能故である。
「ところで姫様、今年の奉納舞、やっぱりちゃんと踊るのかい? アタシとしちゃ一回目の時みたく、皆でまた姫様ブン投げまくりたいんだがねぇ?」
七夜月は「え〜」と明らかに嫌そうな顔をし、麦穂は怒りこそしないものの、困った奴を見る目を蛇女に向けた。
「アレは、お館様が奉納舞の件をお忘れになっていて、姫様が全く舞えなかった故の緊急措置です」
奉納舞が必要な行事であると初雷領で認識されたその年の三月。
雛人形の付喪神擬き達によって、初雷領は魔物の脅威より命に別状は無いものの、斜め上に突き抜けた珍事件で色々機能がストップした。
そうなれば当然原因を調べる。結果、3月の雛人形展示はしていたものの、すぐ奉納舞も必要なのだと判明した。
だが当然、『土壇場で幼児がいきなり舞えるか、無茶言うなや』となった訳である。
幸いにも、付喪神擬き達は多少話の出来る存在であった為、交渉の結果『じゃあお姫様は、神楽鈴をシャンシャン鳴らすだけで良いよ』となった。
ここで味噌なのは、『お姫様は』の部分だ。
きちんと舞をすれば付喪神擬き達が人形から抜けて、奉納舞をする姫の元に集まるのだが、神楽鈴だけだと人形から抜けても集まってこない為、結局逆戻りをしてしまう。
それを防ぐには、本来なら屋敷内の神楽殿で踊っていれば良いのだが、今回の場合は、領地中から人形達が集まった鞍馬邸のある大きな城下町を巡る必要があった。
一晩で!!




