112-2 天狗夫婦の話し合いです
(三人称)
「あの子を下がらせるわね」
白練は少し先へと進む。
1番奥の左手にある撫子と流水模様の描かれた障子越しに憩を呼べば、応じた憩がすぐに出てきた。
是是の存在にいち早く気付いて身を固くしたが、白練が首を左右に振ってその必要は無い旨を示唆する。
「では坊ちゃん、話し合うならきちんとですぞ。昔みたいに巫山戯るのは無しです。もうこの老ぼれは助けられませんからな」
孫の前ではオネエ口調を封印しているらしい白練は、笑いを含んだ声で憩を連れ、障子とは反対側にある木製のドアから出て行った。
部屋の中に入る。
嗣聖の身支度は既に整っていた。
淡い紫の着物にショールを肩からかける彼女は、是是もそうだがとても夜凪程の子が居る親とは信じられないほど若く美しい姿だ。七夜月のと言われれば『お若いご夫婦ですね』と珍し気に言われるだけかもしれないが。
窓越しに畳の上の座布団に座って花見をしている彼女に、是是は言葉が一瞬出なかった。名前を呼びたかったのに、喉の辺りでつっかえた。
頬が痩せこけている訳では無いが、少し小さくなった肩幅と、明らかに細い手首が、長い事心労をかけた事を、彼にありありと見せつけていたからだ。
そんな彼の心境を知ってか知らずかは不明瞭だが、
「━━お帰りなさい」
嗣聖は、困った奴だと呆れたように。
しかし、とても嬉しそうに微笑んでいた。
「……」
「……あら? どうしたの? 頭なんて下げて」
急に無言で頭を下げた夫に、嗣聖は疑問符を浮かべる。
「長い事……無理させたから」
「まぁ、当初打ち合わせしてた予定と少し違ったけれど……、ゼロから演技するより、意外とやり易かったわよ」
元々嗣聖は、是是を殺す際に気が触れた振りをする予定だった。だが、七夜月が生まれた事により予定が変わったのだ。
天狗の雌特有の現象によって気が本当に触れてしまった事と、正常に戻っても、懸念が生まれたからだ。
是是の中の魔族の気が変わって、七夜月だけで無く夜凪まで殺してしまうかもしれない。
監視しなければと、彼女は判断した。
その為に嗣聖は、狂った演技を続けて現世の本邸に居続けたのである。
「怒って、へんの?」
「ソレは何に対して?」
「薬まで、飲んでたって……」
「素がこれなのよ? ボロが出そうだったから、私が決めて使ったの。何故貴方に怒るの?」
心底呆れた声である。
だが是是には、千里眼を使わずとも今彼女の中に燻る怒りが見えていた。
そうでなければ、是是を生かした説明が付かないから。
そして嗣聖の顔面のソレは、もう儚気な笑みでは無かった。
ポンポンと、白い手がすぐ隣に座るよう促す。
大人しく是是はそこに座った。この後何が起こるかは、大方理解している面持ちで。
そして一拍開けて━━、
バシッ!!
右から引っ叩かれ、
バチンッ!!
左手からも平手打ちが決まり、
ダンッ!!
頭のてっぺんの髪の毛を引っ掴んだ手が、畳にその顔面を強打させた。
「まさか……生まれたばかりの子の事を全く考えてなかったなんて思わなかったわ。『流産か死産の予定でした』?? 私がそんなヘマをすると思って?」
「その……でも千里眼で……」
「お黙り」
据わった目で手を離さない彼女は、もはや完全に無慈悲な女王様である。
「貴方、あの子達にはもう会いに行った?」
「まだ……です。いたたたたたた! 頭蓋! 頭蓋割れちゃう!! ミシミシ通り越してバキバキ聞こえるうぅぅ!」
手を離した所で顔を上げられない程折檻した後、嗣聖は漸く手を離した。
「私の方に来てる場合じゃ無いでしょう?」
「だって……あの子等は、俺になんて会いたないやろ……?」
「父親にあるまじきヘタレ具合」
「俺の何処に、あの子等の父親名乗る資格があるん?」
畳から紫がかった黒髪の頭が上がる。
しかし視線は、やはり畳に向けたままだった。




