112-1 天狗夫婦の話し合いです
(三人称)
突然だが、彩雲や七夜月の部屋は邸の5階や3階にあるが、部屋にはベランダ……では無く、庭が付いている。
単純に植物を愛で季節を楽しむという意味もあるが、メイン用途は屋内から部屋に出入りするより、外から出入りする方が手っ取り早い時の離着陸用だ。
嗣聖自身は空を飛べないが、是是が出入りする事を想定し、彼女の部屋にもソレはあった。
桜と濃いピンクの木蓮が同時に咲く春めいた庭に、風が吹く。
黒い翼が勢い余って起こした旋風が、各々の花びらを舞い上げる。しかし、その翼の持ち主━━是是には気にする余裕など無い。春の色が舞い上がり、視界を遮る中走り、ガラス戸を開けようとした所で両腕の喪失を思い出す。
神通力で鍵と一緒にガラス戸を引けば済む話である為、少々煩わしく思ったがその問題はあっさり解決した。
だが、起きたばかりで本調子では無い足がもつれ、前方へ転ぶ姿勢に入った事は宜しくない。
━━しくった!
「慌て過ぎで御座います」
ポン、と。
両肩を支えられ、是是は床に這いつくばらずに済んだ。
体制を整え直して、彼は転ぶ寸前だった自分を支えた者を見る。
子牛尉の面を着けた小さな翁。
見覚えは無いはずなのに、どこか聞き覚えのある声であった為、是是は首を傾げたが、ふと見えた翁の手の甲に「あ」と一声零した。
「白ちゃん?」
手の甲にあったのは、小さなハート模様に見える少々特徴的なアザだ。
ソレは、是是の記憶の中に、随分とよく出てくる模様だった。
生まれつき有るらしく、その人物が可愛い物を好み、性格も女性寄りになったのは、そのアザがキッカケだったと言う。
生まれてから100年程ずっと世話係だった人物であり、体が丈夫になった彼が通い詰めたミルクホールの元マスター。
今は墨香の室へ繋がる道の管理人、通称『導き守』という家業に専念している老天狗━━白練。
「え? えええっ、何か小さくない!? 背丈、俺と同じくらいあったよな!?」
かつて、ウェイター姿が様になっていた男の姿と、今のチンマリした着物の老人の姿を頭の中で比較する是是は、兎に角困惑していた。
「歳をとると、生き物は縮むものでございます」
対して、白練の方は完全に落ち着き払っている。
「縮み方が昭和漫画に出てくる爺デフォルメ風やねんけど? 二頭身くらいやん。あと喋り方が違い過ぎ……」
「……ふぅ、しょうがないわねぇ。これで良いかしら? 孫には秘密よ?」
「あ、白ちゃんや。ホッとした」
安堵の息を吐く是是だが「それはこっちの台詞だわ」と、白練は両手を腰に当ててプンスコしている。
「魔族に体を乗っ取らせるなんて、考えあっての事でしょうけれど、馬鹿な真似にもほどが有るわよ! 魔族な坊ちゃんマジ屑野郎だったんだからね!」
「うぐっ、すんません。その節は大変ご迷惑をお掛けしました」
「まぁ、元々ヤリチン女泣かせ屑だったけどね!」
「反論出来ひん……」
「……」
胸を押さえて、引き攣った表情を背けた是是は、そこで一旦言いたい放題の嵐が止んだ事を不思議に思い、また白練を見据えた。
「……生きてるうちに、元の坊ちゃんに戻ってくれて良かったわ。……私の寿命はもう後20年、有るか無いかだから」
人間にとっては長い時間だろうが、妖にとって20年などあっという間である。
「今日は憩の着替えや髪飾りを持ってきたの。あの子ってば、年頃でしかも奥様の侍女のくせに全ッ然その辺無頓着だから」
「『年頃』?」
墨香の室で憩を見かけていた是是は首を傾げた。
「うちの下の子と変わらん年やないの?」
「やぁね〜、あの子はもう100歳過ぎてるわ。駄目になっちゃったけど、去年縁談だって一回まとまってたのよ」
人形族の現頭領の顔を久々に思い浮かべ、妖にも合法ロリの概念はあったなぁ……と、しみじみ思い出す是是。
「……奥様と話をする為に来たんでしょう?」
当初に目的を言われ、是是の纏う雰囲気が緊張をはらんだ。




