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111-2 性悪と、弱者に甘んじる者は救われません

(三人称)


 (里春梛)の叫ぶような呼び声を聞きながら、女━━桐壺(きりつぼ) 藍真夏(あまなつ)の意識は遠くなって行く。



 ━━転生をした。2回もした。今回は当たりだった。だから私、沢山危ない橋を渡ったのに。鞍馬是是も梅雨守紙弦も呪って、魔物の改造にも手を貸した。鵺の姫(篠山 阿万寧)大天狗(鞍馬 彩雲)を排除する為に、鬼の王子としたくも無い見合いをした事だってあった。

 全部全部、ただ主人公と……結ばれたかっただけなのに……。クソッ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!! 

 全員ッ、私が幸せになる為の、私だけの為の! 踏み台の癖して……ッ!!


 そうして横たわり、動かなくなった姉の前で、魔族が笑顔で里春梛に告げた。


『これでお前の姉も、お前と同じ(奴隷)だよ』


 ━━鞍馬家への、復讐のためのな。


 残酷な事を言われたと分からない程、里春梛は愚かでは無かった。

 一度治りかけていた震えが再発する。

 姉がちゃんと生きているのか確認したいのに、動けない体に別の恐怖心が生まれる。今、姉のように蹴られたら自分は死ぬと。

 噛み合わない歯の音や、オドオドした目が魔族の気に触ったらどうしよう? と、頭のてっぺんから体が冷えた。


 自分をこの地獄から引き上げてくれる存在に思えた者は、怪物だったと。

 里春梛は、深く深く━━思い知らされただけだった。




 ***




「若様、ほら━━」


 血飛沫が、朧月夜の中で舞った。

 夜凪のものでは無い。

 そこは鞍馬家本邸の庭。最前線から戻ったばかりだろう汚れた軍服の者から、家の中で部屋の片付けをしていたのだろう女中まで、視界に入る家の者達━━今朝、玄関から出る際に『行ってらっしゃい』と言ってくれた面々が、光を失った目を開けたまま、骸と化している。


 また、肉と血管が無理矢理断ち切られる音と光景が映った。

 夜凪はただ目を見開くしか無い。


「━━俺をさっさと殺さねぇと、どんどん死にやすぜ?」


 ニコニコと。頬を汚す血を拭もせず言ったのは、紙弦だ。


「何で……こんな酷い事するんだ?」

「譲れないモンが、ありやして」

「……一つ、聞くぞ?」

「どーぞ」


 拳を握る描写が、強く、強く描かれていた。


「家の情報を陰陽師に流してたのは、お前か?」

「……ええ」


 目が開かれ、一瞬だけ冷たい表情を浮かべるも、紙弦は再び笑みを貼り付けた。


 それが嘘か本当か、本当に見せかけた嘘か。嘘に見せかけた本当か。

 分からない夜凪では無い。

 泣きそうで、目元が歪む。


「若様。貴方は狙われています」

「知ってんだよンな事は……! 誰のせいだと━━」

「だから俺は、彼奴等に鞍馬家や貴方に関する本当の事と……嘘を幾つも、それらしく教えました」

「…………ぇ」


 紙弦は傘を無造作に捨てる。


「代わりに、この家に入り込んでる鼠達の情報を得られた。俺の役割は、これにて仕舞いです」


 夜凪は、すぐに察して周囲の屍を見回す。だが、前方からの此処に今充満しているものとは違う、神気を帯びた血の匂いにまた意識を戻す。


 紙弦が、己の心臓がある位置に、手を突っ込んでいた。

 通常なら穴も何も無い、人の手首など入らない場所。


「紙弦ッ!!」

「━━……ッ、お達者で」


 心臓が、抉り出された。

 後ろに倒れる紙弦の体。

 手を伸ばす夜凪。

 目撃者は、空に浮かぶ大きな満月、ただそれだけ。




 これは鞍馬夜凪の見た夢であり。


 陰陽師の女が模倣したかった未来であり。


 鞍馬七夜月が知る━━━━




『碧空は今日も』 15巻 第133話『嘘つきの月』より

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