111-1 性悪と、弱者に甘んじる者は救われません
(三人称)
『難題すぎて流石に俺も諦めた。貴様の何処に、誰かに好かれる要素がある? 俺達は人間より残虐で悪辣だと言われているが、そんな俺達から見ても貴様は醜悪だ』
言いたい放題言う魔族に、女は反論が出来ない。必死に酸素を吸おうと口を開き、絞められる首を掴む腕を惨めに引っ掻く。バタバタともがく足元に、水溜りの出来る音が響くまで、そう時間は掛からなかった。
『チッ……劣等種が。粗相がかかったら殺しているところだ』
べチャリ、と。自分が漏らした物で汚れた畳の上に、女は尻から落とされた。
臭いと湿りの不快感に顔を歪めるより先に、一刻も早く、そして多く、酸素を吸う事にしか気が回っていない。
そういえば……と。
魔族は周囲を見回した。
━━人の気配が無い……いや、1人だけ居るが……随分と脆弱? うん? 少し違和感が有るが何か分からんな。まぁ、後で確認すれば良い。唯、ほぅ……そういう事か。
『貴様、一族から見捨てられたのか』
「な、何で……っ」
『分からん方がどうかしている。呪いの事を聞かれた時、何処に喧嘩を売ったのかもバレたんだろう?』
馬鹿な女だと、声には出さないが目が語っている。まともな思考を持っている陰陽師なら、六華将を敵には回さないし、そんな事になれば墓まで持って行く。
『決めた。違約金は、貴様の家━━桐壺家だ。貴様にとっても悪い話ではあるまい?』
「私……の、体に入って、家を……の、乗っ取るつもり?」
『貴様のような汚れた女に誰が入るか。良いか? 貴様は今日から俺の奴隷だ』
魔族はそう言って、後方へと歩き出す。
目的は、女が普段から服を入れている押入れだ。引っ掻き回したのか、ボロボロになった引き戸を開けて、中に入っていた服を物色し始める。
女の方が上背があるため、少し大きな服が多いが、サイズを間違えたのか箪笥の肥やしと化していたスカートが丁度良さそうだった。
控えめなリボンの付いたブラウスと、偶然にもリボンと同色のロングスカートを纏った魔族は、まるで清楚な何処かのご令嬢である。
魔族はその場でため息をつく。
━━鞍馬家が手に入ると思い、あの体に固執したが、最初からこうしておけば良かった。
続いて、魔族はすぐ隣の襖を開けた。
この家にいる━━もう1人の存在を拝むために。
「……っ、……ぁ………………ぁ……」
その場で腰を抜かし、だが魔族から目を離せず小刻みに震え続ける少女が居た。夜凪と同じが、少し下くらいの歳の頃合いだ。着物は何年も新しい物を与えられていないのか見窄らしい。髪は乱れ、手はあかぎれが多く、全体的に痩せぎす。だが、整えてやれば確実に化ける顔立ちだと、魔族は判断した。
『良いな、お前も使おう。名は?』
「…………な……です」
魔族はしゃがみ、その手を伸ばした。
少女は一部始終を全て見ていた。魔族の向こうで呆然としている女と同じ目に遭わされると、恐怖が増幅した。しかし、
『聞こえなかった。もう一度言いなさい』
言い方は命令口調だが、その声は優しく、伸びた手は首では無く頭に乗り、ゆっくりと数回撫でる。
怖くて仕方ないはずだった。だが、目を瞬かせた少女の口は、
「き……桐壺 里春梛、です」
気づけば勝手に動いていた。
『ふむ、アレの妹か』
チラリと背後に目をやる魔族。
「……は、……はぃ」
尻窄みな声になったのは、姉妹である事を誰かに言うと毎度、この少女が暴力を振るわれていた事を意味する。
魔族は立ち上がると、再び女の元へと向かい、通常の人間なら頭が捥げる威力で蹴り飛ばした。
「がっ!?」
「お姉様━━ッ!」




