109-2 桃の節句の片付けです
(三人称)
「まだ此方の文化に疎いようですから、縛首は勘弁しましょう」
「私はやっぱり転職先を間違えたようだ……縛首が普通にある職場なんて聞いた事が無い」
大講堂の上にある6畳ほどの小部屋で、2人は茶を淹れて向かい合う。
「……直系女児への大体50セットの雛人形がですね、正真正銘の一親等でなければ注文出来ない規則があるのですよ。ほら……孫馬鹿の御老人達が暴走して更に数十体追加とかになったら、流石に人形職人の皆様、過労死しますから」
現状、既に過労死しててもおかしくないレベルである。
「彩雲氏なら色々と抜け道を見つけて100セットくらい買い与えそうだが……?」
「姫様が、金に物を言わせて理を捻じ曲げないでほしいと、拒否されたんですよ。幼いのにご立派でした」
「沢山の人形の出し入れが面倒臭かったんじゃ無いかな??」
「…………」
麦穂は、少々心当たりがあるのか視線を逸らすと、ズズっと態とらしく音を立てて茶を啜った。
「それでまぁ、姫様は御両親がアレでしたでしょう?」
「私の初仕事で一命を取り留めた2人だね。夫人はともかく、血と火傷でグズグズな肉塊持ってこられた時は、流石の私も狼狽えたよ」
医者を呼ぶよりも、鞍馬邸に着いたばかりのアルジエルを引っ張って来る方が早かったらしい。
地底都市のテレビ局との争いに勝利し、常世の海を渡って初雷領に来た最初のアルジエルの仕事は、是是の体に魔改造しまくった最新のエリクサーをぶっ掛ける事だった。是是の腕は、それでも生えなかった訳だが。
「私は彼らがまともでは無い姿を実際に見た事が無いのだが、そこまで酷かったのかね?」
「未だ、私を含め邸内の9割が当主様をゴミ扱いするくらいには」
「キミも含まれてるのか、全く隠してないが良いのか?」
余りにもド直球過ぎる麦穂に対し、アルジエルはそこそこ引いた。
「私の今の主は姫様です。どんな理由があろうと姫様を傷付けた者は許しません。それに確実に己の子の安全性が保障されていないのに、魔族に体を開け渡すなど、論外ですよ」
鞍馬家では既に、是是が体を乗っ取られていた件について情報共有がされていた。
だが同時に、七夜月の扱いついて千里眼で視えていなかったのに、何の対策もしていなかった事まで広がっていた。
「にしても、何故七夜月君について彼は視る事が出来ないのだろう? 気になるねぇ? 研究者魂が疼くねぇ!」
「黙れ。自分の部屋に戻ろうとするな」
「おっと足が勝手に、失敬」
再び向かい合う2人は、雛人形についての話に戻る。
「そういう訳で、『ご両親が買い与えていないのに、自分達が最初に人形を贈るのは……』と、他の分家連中も姫様への雛人形を自粛した結果が、貴方も気付いた通りの事です」
かと言って、実は七夜月の雛人形が全くゼロという訳では無い。
展示用の物が無いだけで、七夜月の部屋では、彩雲が特注した金・銀・螺鈿に宝石等が所々使われている━━恐ろしい値段の7段飾りの雛人形1セットが、毎年出し入れされていた。
「という事は、今頃七夜月君は自室でその人形の片付けをしているのか……」
「いえ、もう3月3日の内に終えられていますよ。せっせと片付ける姿はとても可愛らしかったです」
飛べる種族だと、7段飾りだろうと子どもだって余裕で片付けが出来る。
「手伝っていた藤紫の存在が五月蝿かったですが」
「本当に彼ヤバいな……。ほっこり系の絵面が思い浮かぶのに、適齢期が来たら絶対に入籍するという強い意志を感じる」
アルジエルは上を見た。
実はこの部屋、上が天窓になっている。
そんな窓の長方形の中を、見覚えのある影が通過して行った。
実際に通過した速度は素早過ぎた為、何が通ったのか常人であれば判断出来なかっただろう。だが、アルジエルの網膜にはしっかりと、不自然に袖を風に遊ばせ、藍染の寝間着のまま飛ぶ天狗の姿が焼き付いていた。
━━両腕を失った天狗だ……目が覚めたのか。




