108-2 隠居と当主です
(三人称)
「オトン……? え、ガチ切れ??」
「おうよ。お前さんが胸糞悪い上に気ッッッ色悪ぃ一人称使ってる手紙寄越してくれたせいでな」
「気色悪さなら魔族入ってた時の口調の方が勝ってたんやない?」
「ンな事ぁ今どうでも良いのよ。ソレよりお前さん、この手紙は何だ?」
長年に及ぶ、魔族による精神的軟禁生活から脱したと思いきや急な説教に、全く思う所が無い訳では無い。
だが突きつけられた文面に難癖をつけられている理由が、是是には全くわからなかった。
「……このままの意味やけど、何か問題あ「七の名前が書かれてねぇ」
余りにも被せすぎな台詞と圧に、是是は「ほあ?」と、思わず間抜けな声が出た。
「一度も名前を呼んでやれなかった事悔やんでる割に、何で文字くらいにはしねーんだ?」
「ええと…………実は、知らへんのよ」
彩雲の眉が、ピクリと微かに動く。
完全に機嫌が悪いソレだ。
「お前さんが(※厳密には魔族)中々トークアプリ入れねぇからよぉ? 古風ゆかしく手紙で知らせたよな? 名前」
バキリと、血管の筋が見える、片方の手の指の関節が軋んだ音を放つ。
「そのぉ……魔族の奴、あの子の存在を是が非でも認めようとせんでな」
「それが?」
「名前の入ってるモン絶対視界に入れへんし、聞いても流すねん」
「お前さん意識あったんだろ?」
「頑なに意識して彼奴が覚えた無いって思った情報は、何でか俺にも入ってこない仕様でした」
バツが悪そうに頬を掻く是是と、蔑んだ視線の際分との間に、暫しの沈黙が降りる。
「…………はぁ。7月生まれだから、七夜月にした」
「なんちゅうキラキラネームを……。もうちとシンプルに文月とか織姫とかいう発想無かったん?」
「七は気に入ってんぞ」
「マジか」
常世基準なら然程浮かなかった為受け入れられただけであり、特段気に入っている訳では無い。
「お前さんが刺されて意識を失ってから、……もう5ヶ月経った」
「5日や無く? めっちゃ寝たやん。通りで体動かん訳やわ」
彼の体がうまく動かない要因は、それだけでは無いのだが、今は敢えて其処を言及しなかった。
「……でな、先月まで暗殺避けに簪姫を家で預かってたんだが、流石に王家のゴタゴタも片付いて帰っちまった」
「それ重要案件やん。何で俺知らへんの?」
「魔族が聞き流してたんじゃねーか?」
「いや絶対嘘やろ。言うん面倒くさかっただけやろ」
「さぁて、どうだったかねぇ?」
彩雲は窓辺に寄り、外を見た。
つまらなそうに縁側で足をプラプラさせながら、五色の普通の物だけに留まらず、金魚を模していたり、柄が入っていたりする何種類もの紙風船、そして自作したのであろう花くす玉まで、神通力で幾つも浮かせて遊ぶ七夜月の姿があった。
「七の奴……ちぃとばかり元気が無ェのよ。少し、話してみねーか?」
その瞬間、明らかに是是の様子が変わった。
「どの面下げてや……」
絞り出したようなその声は、低い。
「中身は俺や無かったけど……意識が無かった訳や無いんよ。そんで俺の顔で、俺の声で、……あの子を傷付ける事しか……せぇへんかったんよ? あの子が、1番見た無い面やろ?」
「そうやって一生逃げんのか? 逃げ切れると思ってやがんのか?」
是是は黙った。
生き残る未来など、視えていなかったからだ。
この先のプランが、何も無い。
━━そや……世界中巡る旅にでも出て、どこかの紛争地帯で爆弾にでも当たったろうか。
そう考えた所で、両の二の腕から下の感覚が虚無である現実から、目を背けられない。
妻━━嗣聖に刺される為、治癒に専念しなければならないところを無理に移動した代償として、彼は両腕の再生を諦めざるを得なかったのだ。
これでは旅どころか、日常生活も難しい。
「しゃーねぇな。んじゃ、先に嗣聖さんに会ってこい。あの子も、さっき目が覚めたんだとよ」
「え……? つーちゃん、もしかして怪我してたん?」
「あの子、気が触れたように演技してただろ?」
推し黙る是是。
彩雲は「夫婦揃って世話が焼ける……」と、眉間を揉んでいた。
「ソレっぽく見せる為に、強い薬を服用してたらしい。……行ってやんな」




