107-1 眠るように、夫婦はこの時を待っていたのです
五章タイトル回収でーす。
更新2日開いてしまい申し訳ありませんでした!
(三人称)
ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ
ガサリ ザッ ザッ ガサリ ガサリ
鞍馬是是の体の中から、ソレは外を見ていた。
視界がブレにブレて、酩酊しているように感じた。もっと違和感を覚えたのは、体が重すぎる事だ。
何故こんな状態なのに自分の体は枯葉や土を踏んで歩き、草木を胴で掻き分け何処かへ進んでいるのかと、ソレは不思議でならない。
いかに丈夫な妖の体といえど、無理をすれば欠損部が戻らない事もあり得るのだ。
両腕とも、少々差はあるが二の腕から先を失っている。
行くあてなく歩いて消耗などせず、治癒に専念したかった。だがやはり、体は言う事を聞かない。
━━この体の主導権は、俺が握っている。本物はとうの昔に━━
「『とうの昔に』? ……何? 気になるわぁ……続けぇや」
その声が聞こえた瞬間、ソレは、息が止まるかと思った。
触れ合っているとすら感じる程すぐ背後で、聞こえる訳が無いと、信じ切っていた男の声が聞こえたのだ。
低く、愉しそうに、怒り、冷たく、諭すように、淡々と、笑い……。
数多の感情が混ざり合い、読む事など叶わない声音であった。
━━あり得ない。鞍馬是是は完全に食い潰した。
ソレの背を、冷たい汗が流れる。
「ははははは! おめでたい頭やねぇ、自分」
ふわりと、白檀の香りがした。
思わず背後を振り返る。だがそこに、声を発する者は居ない。
「本当にそうやったら、オトンが5年前に気付いてブッ殺されてるとこやわ」
━━━━ぐさりっ。
ソレは、ずっと声に気を取られていた為気付けなかった。
背後から迫る、刃物を持った彼女に。
背中がジンワリと、熱を持ち、時の流れ方が変わったかのように、ソレは遅く振り返る。
そこで、刃物が抜かれる。真っ赤な刃とその手は、ドロドロに見えた。
桃紫色の髪が見えた。
しかしソレは、先ほどまで対峙していた少年の物のように短く無い。
瞳の色も天狗特有の紅では無く、伽羅色だった。
見慣れた色のはずだった。しかしソレは、伽羅色の瞳がいつも何処か遠くを見ている様しか知らなかったのに、今この時、己をシッカリと見つめている事に疑問を持つ。
否、抑もこの体に、刃物を突き立てた事に対して疑問しかない。
「……な、ぜ?」
無意識に問う。
憎しみに満ちた面持ちを隠しもしない彼女は、
「私の夫を、返してもらいに来たわ」
鞍馬 嗣聖は、一言そう告げた。
ソレの意識が、深い海にでも沈んでいくように黒に染まる。
体全体が地面に辿り着く直前、嗣聖を追ってきたらしき女中の「奥様!」という悲鳴と、真っ青な表情を見たのが、ソレが鞍馬是是として外を見た最後だった。
「おはようさん。……長い事、お楽しみやったようで?」
何処だか全く分からない暗い場所で、ソレは目覚める。
あの世では無さそうだが、上から見下ろすように、高い位置で上で胡座をかき、頬杖を突く自分が居ると、ソレは目を疑った。
「いつまで俺で居る気なん? 屑が」
最初は柔らかく、しかし最後は冷たく吐き捨てられる。
『本物、なのか?』
「おう、5年前に完全に魂食い殺したとか? 手前が面白い勘違いしとった男や」
『生きていた? 生きていたのに、俺に体を開け渡していた? 理解が出来ない』
「実際に、此処まで好きには動かれへんかっただけや。手前が寝てる間や無意識の間には干渉してたけどな」
心当たりがあった。
鞍馬夜凪との戦いに、錫杖の仕込み刀で挑まなかった事。
刺した藤紫に、治癒無効の効力を発揮し無かった事。
━━何よりも、あの邪魔でしかない妻と娘を早々に処分しようと、俺に思わせなかった。思った途端に、意識を別の事に塗り替えられていた感覚が今も残っている。
黙り込むソレに構わず、是是はそこで立ち上がると、ゆっくりと降りてきた。
「よくもまぁ、俺の嫁さんに暴力振るったり、息子半殺しにしようとしたり、娘をブチ殺しかけてくれたねぇ?」
ダンッと、ソレの頭部に草履を履いた足が乗る。
「━━楽に死ねると思うなよ?」
耳に泥でも流し込むかのような、執念の籠った声が、浴びせられた瞬間から、ソレの地獄は始まった。




