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ruth story  作者: Cy


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10-5「雪の国」




標高が上がるにつれ、大気は剃刀のように鋭い冷気を帯び始めた。

肺の奥まで凍てつかせるような乾いた空気が、呼吸のたびに白い塊となって吐き出される。小刻みに揺れる荷馬車の上で、ロイは御者台に座る老人に深く頭を下げた。


「ありがとう。ここまででいいよ」


「なんのなんの。アストリアを救ってくれた勇者様と、まさかこんな辺境の山道で相乗りできるとは。おかげでこの老い先短い身にも、忘れられんほど心強い道中になったよ」


「……?その言い様だと、やっぱり盗賊が出たりするのか?」


「いやぁ、この辺りじゃ滅多に聞かんね。魔王がいなくなって、魔獣が野山から姿を消してからは、商売も随分とはかどるようになった。これもあんたさんたちがもたらしてくれた平和の証だよ」


老人は快活に笑い、皺の刻まれた手で手綱を強く握り直した。ロイは肩にかけていた重い背嚢はいのうを背負い直し、目の前に続く白銀の道を見据えたあと、去りゆく老人へと精一杯の声を送った。


「気をつけて!」


「あんたさんもな。ノルディアにようやく春が訪れたとは言え、山の冷え込みは油断すれば容易に命を奪うぞ」


高く掲げられた骨張った手を見送り、ロイは独り、湿り気を帯びた泥混じりの山道へと足を踏み入れた。


『魔獣がいなくなっても、新たな問題は尽きないのかしら。以前は魔獣のおかげか盗賊なんていなかったのに』


脳裏に響く凛とした声に、ロイは小さく頷く。

「それも、この旅で確かめよう」


日はまだ高い位置にある。ロイはやたらと重たく感じる厚手の羊毛マントを強く羽織り直し、雪の残る急斜面を登り始めた。

かつてこの地を訪れた際は、膝を没するほどの無慈悲な豪雪がゆく手を阻んでいたものだ。今は所々に硬い氷の塊が残るものの、黒々とした土が顔を出し、合間から健気な新芽が春の陽光を求めて芽吹いている。


「やっぱり、まだ寒いなぁ」


凍てつく風が襟元から侵入し、もっと分厚い防寒具を用意すべきだったかと後悔が過る。だが、無意識にポケットへ滑り込ませた指先には、確かな熱が伝わってきた。


「ピィにも、直接見せてやりたかったな」


手のひらで壊れ物を扱うように包み込み、赤い卵を外へと取り出す。

眼下に広がるのは、白銀の残雪と若草色がモザイク状に混じり合う、ノルディア雪原国の壮大なパノラマだ。

ピィと出会ったのは、この険しい山路と海を越えた先にあるナンバル=ムウであったため、共に極寒の地を踏んだことはない。

もしも相棒がここにいたなら、なんと鳴いただろうか。

きっと「寒い!」と甲高い声で抗議し、マントの隙間へ強引に潜り込んで、互いの体温を分け合ったに違いない。

ピィの小さな身体には、驚くほど力強い鼓動と温かさを宿していた。


『きっと、寒い寒いと言いながら、卵の中から精一杯の文句を垂れているわよ』

「……俺も、そう思うよ」


苦笑いと共に卵をポケットの奥へと戻し、再び険しい岩場に挑む。

雪が消えたとはいえ、急峻な道は容赦なく体力を削り、気づけば額には冷たい汗が滲んでいた。

以前は、この地で生まれ育ったジークという卓越した案内人がいたとはいえ、これほどの難所を仲間と共に越えられた事実に、改めて驚嘆を禁じ得ない。

今思えば、滑稽なほど必死な光景も多かった。

全員で手を繋いで滑落を食い止め、クロエの長い髪は凍りついて繊細な氷細工のようになっていた。ナックは低体温症で錯乱し、極寒の中で服を脱ごうとしてジークに必死に止められていた。


『ロイ、今笑った?』

「……なんでもないよ」


やがて、雲を衝くようにそびえる氷結の塔の先端が視界に飛び込んできた。

午後のまろやかな陽光が透き通った氷壁に反射し、千の宝石を散りばめたように眩しく光り輝く。


冷たい風が一度、ひゅうと耳元を駆け抜けた。

寒気に身を震わせる。


「流石にこの辺りで野宿はできないな。急ご……う」


ふと、歩みが止まった。視線の先、崖の陰にひっそりと潜む小さな洞窟に目が釘付けになる。遠目にはただの暗い穴に過ぎないが、仄暗い影は、ロイの記憶を鮮烈に抉り出した。


雪崩に巻き込まれ、ナナミと二人きりで逃げ込んだ場所。

今振り返れば、少女への「いとしさ」が明確な形を結んだのは、閉ざされた暗闇の中での出来事だった。恋の種が埋められ、消えない灯火が胸に灯ってしまった場所だ。


そう言えばあの時の告白に対する答えは、結局何だったのだろうか。


「なぁ、ナナミ」

『なに?』

「……んや、なんでもない」

『そう?早く行きましょう。日が暮れてしまうわ』


隣を歩く幻影に問いかけようとして、寸前で言葉を飲み込んだ。

偽りの残像に問いかけたところで、返ってくるのは自分にとって都合の良い、甘い幻想の回答だけだろう。

それは一時的な気休めにはなっても、失った真実を埋めるものではないのだから。



***


ドワーフが統べる鉱山の入り口に辿り着くと、鉱脈を叩くツルハシの音が、心臓を直接揺らすほどの轟音で鳴り響いていた。とりあえず入り口を見つけ出し声を張り上げるが、返ってくるのは岩壁に反響する己の空虚な残響ばかり。かつては多くのドワーフが立ち働いていたはずだが、周囲に姿は見当たらない。


「誰かいないのかー!」


少しの間をおいて、地底から響くような野太い声がロイを呼び寄せた。

「んー!誰じゃー!中まで入ってこーぅい!」


声に導かれ、湿った岩肌を伝って奥へと進む。

そこには、特殊な厚いレンズの眼鏡をかけた、二人組のドワーフが仁王立ちしていた。


「あの、以前に立ち寄らせてもらった……その……勇者です」

「んんんー?ユウシャー?」


レンズ越しに巨大化した瞳が、ロイの全身を舐めるように覗き込む。ドワーフは眼鏡をずらし、何度も目を擦ったあと、つぶらな地眼でロイを凝視した。


「こりゃあたまげた!」

「大変じゃ大変じゃ!急ぎジークを呼んでこい!」


ロイが言葉を発する間もなく、彼らは重いツルハシを放り出し、弾かれたようにそれぞれ別方向へと走り去っていった。

静寂が戻り、ロイはポツリとその場に取り残される。


『そういえば、ジークの村の人たちはどうなったのかしら?』

「たしかに気になるな。……まずは剣を預けて、氷結の塔の方へ行ってみよう」


別の階層で火花を散らす鍛冶職人たちに声をかける。丸太のような逞しい腕は、幾星霜もの年月を赤熱する炎と共に生きてきた証だ。


「こりゃあ、また見事な欠け具合だ。魔王との戦いは凄まじかったようだな」


「すまない。俺がもっと剣の達人だったら、折らずに済んだのかもしれないけれど」


苦虫を噛み潰したような顔で、刃の毀れた愛剣を差し出す。ドワーフはそれを手に取ると、豪快に笑い飛ばした。


「なぁに、魔王相手にこの程度で済んだこと自体が驚きだよ。流石はグランパルの叔父貴が丹精込めて鍛え上げた業物わざものだ」


「そ、そうだったのか……?むしろ、グランパルさんに怒られるかと思っていたよ」


申し訳なさに顔を上げたロイに対し、ドワーフは武骨な手に似合わないほど優しく、欠けた刀身を指先で撫でる。

「だが、このままにしておいてはドワーフの名がすたるというもの。どれ、少し時間をくんな。元通り、いやそれ以上に直してやるよ」


名工の手に愛剣を託し、ロイは一つ大きく伸びをした。

高山の冷気を吸い込み、かつて村人たちが非情な氷の壁の中へと閉じ込められていた氷結の塔へと足を向ける。


以前は一面が深い雪に覆われていたこの地も、今はすっかり様相を変えていた。一歩一歩、濡れた地面を踏み締める。

日没が近づき、空は濃密な橙色に染まり始めていた。


『直してもらえるようで良かったわね』

「あぁ……良かった。グランパルさんがせっかく鍛えてくれた剣を、俺の不甲斐なさで台無しにしたんじゃないかと思っていたけど。不可抗力だって言ってくれて、少し救われたよ」


憑き物が落ちたように、肩から重苦しい力が抜けていく。例えそれがドワーフたちの気遣いによる嘘であったとしても、彼らの優しさは今のロイには何よりの薬だった。


『嘘なんかじゃないわ。魔王はそれほどまでに強大だった。あなたは圧倒的な力を持つ魔王に打ち勝った本物の英雄なんだから。もう少し胸を張ってもいいはずだわ』

「そんなんじゃないよ。俺一人じゃ……どうにもならなかった」


手柄など、どうでもよかった。

たった一人、一番守りたかったものすら守り通せなかった自分には、どんな賞賛の言葉も過ぎた贈り物だ。感傷が胸を締め付けた刹那、正面からドスンと硬い衝撃が走った。ロイはなす術もなく、冷たい地面に尻餅をつく。


「な、なんだ!?」

「ん?あんたダレ?」


目の前には、透き通るような白い肌にそばかすを散らした少女が立っていた。

アイスグレーの髪を揺らし、希望の光を閉じ込めたようなライトブルーの瞳がロイを射抜く。強烈な既視感が脳内を激しく駆け巡った。


『ロイ、この子もしかして……村の子?』

「あっ、お前、もしかして、コールドスリープから目覚めた村の人か?」

「は?なにいってんの?」


年にそぐわぬ、冷ややかな一蹴。この氷のような対応には無性に覚えがある。


「俺はロイ。お前の名前は?」

「あたしフリーダ。にいちゃんと遊んでたのに、どっかいっちゃった。あんた、知らない?」


途方に暮れるロイの後方から、地面を踏みしめる懐かしい足音が響いた。

「フリーダ!ついてこいって言っただろう!」


ロイが振り返り、一拍、時が止まる。

「……ロイ?ロイなのか!?」

「にいちゃん!」


少女が勢いよく飛びついた先には、かつて死線を共にした、自分より小柄ながらもドワーフのようにたくましい戦士の姿があった。


「……ジーク!」

「お前……!一人でここまで来たのか?ドワーフたちが血相を変えて呼びに来たから、もしやと思ったが……」

「ああ、久しぶり。神託が降りて、また世界を巡っているんだ」


ジークの膝にすがり付いたまま、フリーダが不思議そうにロイを見上げる。ジークの妹。その存在が何を意味するかを悟り、ナナミの幻影が静かに微笑んだ。


「もしかして、ジークの妹がいるってことは」

『村の人たち……ついに、目覚めたのね』

「……ああ」


ジークは深く、力強く頷いた。

「コールドスリープから、皆が戻ってきたんだ。奇跡が起きたんだよ、ロイ」


普段はクールで、感情を押し殺した鉄の仮面のようなジークの顔に、白く輝く歯が覗く。

喜びの深さに、ロイは言葉を失った。

魔王を討ち果たし、魂が剥がれかけたロイが正気を取り戻すべく旅路を遡った際、凍結から村人たちは解放されていなかった。

だが、氷の壁には大きなひび割れが生じていた。

僅かな希望を抱いたジークはそこでパーティを離脱し、独りこの雪原に残ることを決意した。

長い長い執念が、凍てついた時を再び動かしたのだ。




***


ジークの住まいは、氷結の塔から少し離れた荒涼とした雪原にあり、古びてはいたが確かな温かみに満ちていた。長らく人の気配がなかったため傷みは目立つが、至る所に新しい修繕の跡が見て取れる。暖炉の火はぜる音と共に、芯まで凍えたロイの身体をゆっくりと解きほぐしていった。


「ジークの父さんと母さん、めちゃくちゃ若いな……!」

ロイが小声で耳打ちすると、ジークは苦い顔で応じる。


「凍結されている間は時間が止まっていたんだから、当然だろう。自分と大差ない若々しい親と向き合うのは、ものすごく妙な気分なんだ」


ジークの母ミシャは、エプロン姿で大鍋を両手に抱えながら、楽しげに会話に割って入った。


「あら、嬉しいことを言ってくれるわね!でも本当に驚いたのよ。目が覚めたら、あんなに小さかったジークが、こんなに立派な大人になっていたんですもの。まるでお伽話のようだわ」


「母さん、子供扱いはやめてくれ」


「ほら、これよ。ついこの間まで『ママ、パパ』と呼んでいたのに。成長を見届ける間もなく背を抜かれてしまうなんて、母親としては寂しくて仕方ないわ……」


ミシャは悔しそうに奥歯を鳴らしながら、自分よりも遥かに大きくなった息子の頭を、強引に引き寄せて撫で回す。


「やめろって!フリーダの成長が見られれば充分だろう!」


「フリーダはフリーダ。あんたはあんたなの!」


まただ。

かつて守りたかった、何気ない家族の風景。果たされたはずの幸福。

それなのに、ロイの胸には言いようのない鋭い痛みが走る。

灰色の瞳を伏せ、燃える炎をぼんやりと見つめていると、不意に肩へ重みが加わった。


「本当にありがとう、勇者様。あなたがいなければ、私たちは今も暗い眠りの中にいたでしょう」


ミシャは何度も深々と頭を下げ、瞳を潤ませながら感謝を口にする。


「い、いや……俺は……」


『皆で、勝ち取った景色よね、ロイ』

「あ、ああ……」


そうだ、なんでも受け止めると決めたのだ。ナナミの優しい声に、ロイは消え入りそうな声で頷いた。今はまだ胸が痛くとも、いつかきっと心からこの光景を喜びたい。


その夜、ロイは久しぶりに「人の温度」が通い合う夜を過ごした。暖炉の爆ぜる音、隣の部屋から聞こえる誰かの呼吸。雪原の静寂は孤独ではなく、安らぎとして身体に浸透していく。窓から覗く満天の星空はあまりに美しく、包まる毛布の温もりは至福そのものだった。




***


翌朝、冬が本格的に訪れる前に村の修繕を終えねばならず、村人やドワーフたちが総出で立ち働いていた。


「ロイ、無理はするなよ」

「身体を動かしている方が、余計なことを考えなくて済むんだ」


不幸中の幸いか、この周辺は魔王の攻撃による被害は少なかった。重い木材を肩に担ぎ、ロイが汗を拭った時、凛とした声が現場に響いた。


「その木、組み方が逆だよ。そっちは支柱にする側でしょう?」


振り返ると、そこには泥にまみれた作業着姿のネイシュカが立っていた。かつての“氷の女王”のような威厳にそぐわぬ、無造作に束ねた白銀の髪。巫女の身分には似合わない、汚れの目立つ服装だ。


「ネイシュカさん!?」


「なんだ、ロイだったのか。久しぶりだね。魂の揺らぎがだいぶ治まっているようで安心したよ」


「その節は……じゃなくて!その格好、巫女様が何を……」


かつては近寄りがたい神秘をまとっていた彼女も、今や驚くほど柔らかな笑みを浮かべている。

ロイがツクヨの国から預かってきたお土産を渡すと、中身は大量の雪見饅頭だった。作業の手を止め、皆でそれを分かち合う。彼女は饅頭を一つ手に取ると、豪快に口へ放り込んだ。


「元はこういう性分なんだよ。それに冬はすぐそこだ。動ける者は皆で動かねば、厳しい冬は越せないからね」


「ネイシュカちゃんは、村一番のお転婆娘だったものねぇ!」


周囲の村人から野次が飛び、彼女は照れくさそうにはにかむ。ジークと同じように、彼女も子供扱いされることがむず痒そうだった。


『……ずいぶん、印象が変わったわね』

「……ああ」


今の彼女には、かつての冷徹な静寂ではなく、共に生きる者の熱い温度があった。さらに饅頭を口にし、お茶で流し込んだあと、ネイシュカは真剣な眼差しをロイに向けた。


「君が戻ってきてくれて、本当に嬉しい。アストリアを救ってくれて……ありがとう。本当によく頑張ったね、ロイ」


畳み掛けられる温かい言葉。両手に持ったマグカップに反射するロイの表情は、暗く沈んでいた。その変化を、魂を見通す彼女が見逃すはずもなかった。


「……どうしたの?魂を削ってまで戦った英雄が、何故そんな顔をする」


「本当は、そんな言葉をもらう資格なんてないんだ。一番守りたかったものすら、守れなかったから……」


「……あの子のこと?」


ロイが沈黙すると、ネイシュカは目を細め、曇り空へと視線を投げた。傷だらけの手を伸ばし、何も掴めぬ空を掴もうとする。


「ひとつ、不思議なことがあるんだ」

彼女は自分の手のひらを凝視した。

「あの子の……ナナミの魂を、どうしても感じられないんだよ」


「それって、どういう……」


ネイシュカは魂と語らう力を持つ。

死者の残滓ざんしを綿に触れるように捉えることができるはずの彼女が、どれほど探しても、ナナミの気配は微塵も存在しないという。


「魔族のように塵となったとも思えない。あれほど女神エデルに愛されていた魂だ。神に愛されすぎた魂は早々に召し上げられると言うし……。兎に角、期待はしないで欲しいが、どこかで生きている可能性はないのだろうか」


生きている可能性。

あの日、ナナミが光り輝く粒子となって消滅した光景を、ロイは確かに見た。

だがもし生き返らせる方法がこの世のどこかにあるとしたら。

魔王をも討ち果たした男の胸に、猛烈な「野心」が芽生えた。

女神エデルから奪ってでも、地の果てを暴いてでも、彼女を連れ戻す。やれることは、まだ残されていたのだ。


「ネイシュカさん!……すみません、俺……!」


心臓が、鐘を叩くように激しく脈打つ。絶望で凍りついていた心に、強烈な希望の火が灯った。

ロイはなりふり構わず走り出した。

息が切れても、喉が焼けても止まらず、村外れの小高い丘へと駆け上がった。


「ナナミ……お前、どこにいるんだ……?」


『ロイ、そんな幻想を抱いてはダメよ。私はあの日、確かに消えたの。存在が抹消されたから、彼女は見つけられなかっただけ……』


「……可能性は、欠片もないのか……?」


『……旅立った死者が蘇ることはない。もう、奇跡は起こせないのよ』


ナナミの幻影が指し示した先には、大きな岩でできた無骨な墓標があった。

ロイは呼ばれるように、その石の前に立った。

悴む手で触れて、刻まれた名前を読み上げる。


「グ、ランパル……これ、グランパルの墓なのか……?」

「ロイ!?どうしてここに」


傍らには、武骨な墓標に可憐な花を供えようとするジークが立っていた。






***



「俺が帰ってから間もなく、女神エデルの元へ逝っちまった。だが、じいちゃんは三百年近く生きたんだ。俺が帰ってくるのを待っててくれたんだろうな」


「三百年……流石はドワーフだな。でも、あんなに元気そうだったのに」


「寂しいよな。ナナミのことも……挨拶もせずに逝っちまって。こんなことになると分かっていたら、もっと色々と伝えておけば良かった。後悔ばかりだ……」


ジークが絞り出すように本音を零す。


ロイの胸には、もはや疑いようのない決意が宿っていた。

嘆くだけでは、何も変わらない。

伝えきれなかった想いがあるのなら、世界の隅々まで探し尽くして、必ず彼女をこの手に取り戻す。どんな禁忌に触れようとも、己の魂を代償にしようとも。


『ジークからそんなセリフが聞けるなんて意外よね?ね、ロイ。ロイ……?』


「俺も、同じ思いだ」


燃えるような静かな決意を見透かしたのか。

隣に立つナナミの幻影は、今にも消え入りそうなほど悲しい顔で、彼の背中を見つめていた。

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