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律動 ~ネバーギブアップ~

投稿時間変更申し訳ないです。雰囲気出しのためと、単純に編集が遅れました


 マギーは刺された脚をひきずり、懸命に広場の”腕”から遠ざかろうとしていた。

 あの”腕”が蠢く度に空気は揺れ、異常なほどの()()()()()()()()()()()()()()()()。マギーには何が起きているのか全く理解できていないが、逃げたほうがいいのは本能で察知していた。

 たまたま持ち合わせていた治癒術式の描かれた包帯で腿をキツく締める。簡易な止血を施し、再び這っていこうとするがアサド婆が倒れているのが見えた。


 豹変し、襲ってきたとはいえ自分の師匠だ。深い感情を抱く人間を放っておくことなどできるはずがない。

 俯き、痛みで荒れる呼気を3つほど吐くと意を決して立ち上がった。

 アサド婆の所まで脚を庇いながら向かい、老女の身体をどうにかして抱える。

 

 (ああくそっ、脚に太いパイプでも刺さったみたいだ)


 尋常ではない痛みだ。こんなものをモモは何回も食らったというのか。専門職で、怪我には慣れっこの自分でさえ耐え難い物だというのに。


 「頭がおかしくなりそうだよ、全く。…アサド婆!そろそろ起きろ!」


 そろそろ洒落にならなくなってきた。肩を揺さぶって起こそうとする。怪我人とはいえ彼女にも歩いて貰わないとこのままでは二人共倒れだ。


 どう……とまた空間が軋む。風景がたわみ、津波のような衝撃が波紋状に放たれた。マギーはもろにそれを喰らい、倒れ込んでしまう。

 思いっきり肘を打ってしまい、左腕がしびれた。悪態をつきながら起き上がろうとするとアサド婆がぴくりと動いた。


 「あぁ…なんだいこりゃ、あちこち痛いじゃないか…ええ?」

 「覚えてないの?自分がやった事?」

 「洗いたてのシャツみたいにまっさらだよ」

 「そうかい」


 クソつまらないギャグを言うあたり、アサド婆はまだ元気があるようだ。


 「で、これは…間に合わなかったようだね」

 

 地面の揺れは激しくなり、連日の戦闘によってもろくなった建物が次々に崩れていく。舗装された道路も軒並み剥離し、むき出しの土砂はさらに噴き上げられ、砂嵐の様相すら現し始めていた。


 「そうよ。今は…できることをするだけ」


 二人で協力し、立ち上がる。マギーが振り向くと、手首の先しか出ていなかったあの腕が二の腕のあたりまで露出し始めていた。明らかに太さまで増しているように見える。


 空はもう見えない。月に照らされた濃紺のスクリーンは黒雲に覆い尽くされ、不気味に灯る赤紫の稲妻が時折周囲を照らすだけである。

 もしかしたら逃げ場などないのかもしれない。黒雲は外界とここを分断するかのように広範囲にわたって広がっているからだ。


 マギーは足を止めた。呼吸の間隔をむりやり遅めて、深く深呼吸をする。

 また、自分は一人勝手な行動をしようとしている。

 あの下水道で諫められたというのに、結局一人でアサド婆を助けに来てしまった。

 今もまた、そうしようとしている。

 自分のせいで誰かが死ぬというのが嫌なのだ。それが無関係な人であったとしてもだ。だから、危険な事はいつも一人でやる。マギーとはそんな人間だ。


 「アサド婆。あんた、先に行ってて」

 「マギー、何を言ってるんだ」

 「あたしはやるべきことがある」

 「何があるって言うんだよ、ええ?」


 アサド婆は急にマギーを突き飛ばすようにして身体を離した。


 「得体のしれないものが甦って、お前は足を怪我してる。ヨハンのように体が頑丈なわけでもない。何ができるんだよ」

 「銃がある」


 マギは背中に背負ったリボルバーライフルを前に持ってきた。


 「そんなオモチャでどうにかできる相手だと思うかい?」

 「思わないが、あんたが逃げる時間ぐらいは稼げるかもね」

 「馬鹿言うんじゃないよ!こんな老いぼれよかあんたの方が生きるべきだろう!」

 「あたしだって死ぬつもりはない」


 少し間が空く。


 「責任を取るだけだ」


 


 ■■■■■




 同時刻。

 ライン川の野営地にも異変が起きていた。

 あちこちで獣が吠える声がするのだ。昨日までは静まり返っていたというのに、今や共鳴が共鳴を呼びもはや魔物の大合唱だ。


 姿は見えないのに音だけがする。四方八方から音で取り囲まれる。野営地の兵士達は素早く戦闘態勢を取った。しかし、一向に会敵しないため精神力を削られている状態だ。

 送った斥候は総じて重傷で帰還し、囲まれている事だけがわかっている。


 顎ひげを神経質に擦るシモン。先日の凱旋の空気は霧散し、極度の緊張に、まるで身を焼かれているかのような焦りすら覚える。

 

 どうしたらいい。

 そればかりをずっと考えている。

 

 ふと、近づく足音があった。思わず体ごと向き直る。

 

 セルギウスだ。甲冑を纏わず教会の野戦服に身を包んでいる。


 「シモン少佐。兵の準備が整いました。軽装ですが魔物用に鎧をつける時間を襲われるよりマシでしょう」

 「ならば接近戦は不利か……しかし、銃でなんとかできるものか」

 「近づかれた際の迎撃は我々天使が致しましょう。通常の人間は銃で援護してくれればいい。それからガトリング砲の類はありますか」

 「ああ。それならとっておきのものが」


 シモンはなおもあごひげを弄りながらテントを出た。近くにある山積みの木箱に向かうようだ。


 「ところで熾天使殿、なぜ敬語なのです?」

 「なに、気分だ。客将らしさでも出そうかと思ってな」

 「では控えていただきたい。心臓に悪い」


 がこん、と木の蓋を取り外し、藁を取り払うとそこには黒光りする金属部品が顔をのぞかせていた。セルギウスが見たことのない重機関銃だ。特徴的なカバーと…管のような部品が目を引く。


 「これは…新型か?」

 「ええ。ガトリング砲の一種でマキシム重機関銃というものです。まず、こいつは手回し式ではありません。発砲の際の反動を利用した人力要らずの機関銃です。それに水冷式のために長時間弾幕を張ることができます。欠点としては…」

 「水の補給、か」


 二人はライン川を見た。この重機関銃を活用するには川に布陣するしかない。以前の戦闘では川の向こうに追い返したが今では敵の位置すらわからない。要所を制圧しつつ360度の防御態勢が必要だ。


 「ふむ、ライン川で迎撃をする作戦で行こう。この戦いでは生き延びることが大事だ。殲滅戦ではなく撤退戦を意識しよう」

 「撤退戦…」

 「良いか。撤退戦とは敗走ではない。負けないための戦いなのだ」


  本当は犠牲を出してでも魔物の殲滅に努めるべきだ。しかし、昨今は命の価値が高まり、平和ボケした人間が口うるさく糾弾をしてくる。教会の面子を保つには撤退を選ぶしかない。


 (…だが生きて帰るだけでは終わらせんがね)


 セルギウスは各分隊長を招集し、シモンと話し合った結果の作戦を伝えた。

 まず、ライン川にマキシム重機関銃を四門配置し、正面から来る魔物を抑える。夜戦のため命中率は期待できないが照明弾を投げることによって緩和する。そして左右は天使隊が前衛、接近戦で食い止めるのを銃で援護してもらう。射手は天使が支援につき、敵味方の判別の助けを行う。

 最後にライン川の後方はセルギウスが単独で抑え、頃合いを見て、ライン川を渡るのだ。

 

 魔物の包囲網は人間とは違って一点突破でどうにかなるようなものではない。強靭性において人間を上回る彼らに通常の作戦は通用しない。

 極力数を減らし、包囲を薄めてから突破をするのだ。


 「号令!準備ができた部隊からラッパを吹いて合図しろ!」


 シモンの吹くラッパに八つ続く。指示を下してから十五分も経っていない。

 優秀な軍隊だ。彼の顔に少し余裕が戻る。

 徴兵した人間と専門の軍人、および天使隊の混成部隊だが、ここまで統率がとれるとは思っていなかった。


 後は、敵が見え次第こちらから仕掛けるだけだ。

 シモンは吹きさらしの本丸から周囲を見渡した。

 

 セルギウスは、と西の方を向くと彼はどこか遠い場所を見ていた。

 双眼鏡を取り出し、彼の見る方角を覗くとちょうど月が雲に隠れてしまうところだった。

 不穏な気配を感じ取った瞬間、セルギウスがとてつもない敵襲を叫んだ。


 魔物の叫び声が止まり、てんでばらばらになって聞こえ始める。

 木々をなぎ倒し、砂利を蹴散らし、仲間を踏みつけながら森から人間目掛けて突っ込んでいく!


 「総員!迎撃!迎撃せよ!!」


 静寂なる河川は一瞬にして混沌の濁流と化した。




 ■■■■■



 再びアルザス。


 片足を引きずり、最強のリボルバーライフル、”ペイルライダー”を構えたマギーの前に、緑色のローブを纏った人物が立ちふさがる。

 先ほどマギーの足を刺した人物。人間なのか定かではないが、敵なのは間違いない。

 マギーはふっと笑い、リボルバーライフルを足元に落とした。


 「お前が邪魔をするってことは…今、そのナメクジより酷い見た目の腕に何かされると困るってことね」


 答えは返ってこない。しかし、この沈黙は肯定だ。


 マギーは深呼吸をした。

 

 空を仰ぐようにして胸の奥まで息を吸い、脱力して上体を前に倒して吐く。

 

 今、あたしがやるべきことはなんだ。

 考えるのは一瞬、勝利条件の反芻を行う。


 あたしの勝利条件は、命をかけて―――


 

 ジャケットの内側に手が走る。一瞬で留め具を外し、自動拳銃を引き抜く。

 その速度は凡人が何年かかっても到達できない領域だ。

 たとえ動体視力に優れたハヤブサでさえ()()()()()()()()()()()()()()()―――速さ。

 

 そして人間が刺激に反応できる速度は0.2秒。なにかした、と認識した頃には音速の弾丸が身体を抉っている。


 マギーは二つ引き金を引いた。一発ではストッピングパワーに欠ける。確実に障害を排除し、あの腕に二十ミリ銀弾を叩き込む。

 マギーの強みは躊躇わないところだ。やるべきことが明らかであれば彼女はまっすぐ進もうとする。それこそ銃弾のように。


 緑ローブは半瞬にすら満たない時間で行われた攻撃を前にして、一切のアクションもとらなかった。反応ができていないのか。右手に構えた剣はぴくりとも動かない。


 マギーは勝利を確信しかけた。最速での先制攻撃。互いに棒立ち状態で放った銃弾など、行動が遅れた状態で躱せるはずがない。

 確定していない未来の幻視。マギーの口角があがる。


 虚空に二つ火花が散った。マギーは目を疑う。しかし、次いで排莢以外の二つの金属音がしたことでそれは現実となった。


 ()()()()


 人間の反応速度を超えた攻撃が通用しなかった。音速の弾丸はそれ以上の何かで叩き落されたのだ。

 

 緑ローブは剣を持った腕を掲げ、先端で円を描くようにして構えをとった。

 マギーは演武のようなその動きに一瞬見惚れていたことに気づく。気圧(けお)されている。目の間で銃弾を叩き落すという芸当に加え、自身の早撃ち以上の速度を見せつけられて怯まないわけがない。


 (そう考えるな。戦いは心が圧倒されたら終わりだ)


 弾倉に入った銃弾は残り五つ。

 撃ち方を変えるか、それとも”ペイルライダー”の威力を信じてぶっぱなすか。


 決める前に緑ローブは距離を詰めてきた。

 ゆっくり、一歩ずつ、一歩ずつ近づいてくる。歩みは堂々と、剣は絶望を携えて迫ってくる。

 貴様の攻撃など通用しない。銃弾どころか何一つ自分の後ろには到達させない。空気すら切り裂くような覇気がマギーに迫る。


 (選ぶ暇はない――!)


 マギーは自動拳銃をまず撃った。まずは二発。即座に足元のリボルバーライフルを蹴り上げ、左手につかむ。続けて三連射、面での攻撃、左半身を前に出し、狙いを定める。


 先ほどの攻撃の結果を分析し、ワンアクションでは弾けないやり方で撃った。最初の一撃で剣を動かし、次の面攻撃で仕留める。それでもだめなら緑ローブごと”ペイルライダー”でぶち抜く。いや、だめならではなく、確実に殺す。


 着弾を確かめる前にマギーはハンマーを引いた。リボルバーが回転し、破壊的威力を持った弾丸が解き放たれるべき場所に着く。


 引き金に指をかけた瞬間、緑ローブの姿がブレた。

 銃弾はあたらず、背後に通り抜けていく。

 当然だろう。剣で弾く余裕があるのならば回避など朝飯前だ。


 マギーはこの時点で自分に勝ち目がないことを悟った。


 だが―――それでも、勝利条件は満たしている。


 「あたしの勝利条件は―――」


 ハンマーが着火し、恐ろしい反動で銃身が跳ね上がる。狂暴な一撃が敵を食い殺すべく駆けだした。

 緑ローブはその軌道すら容易く読み、身体をかがめると一気にマギーへと接近した。

 片方は弾切れ、リボルバーライフルはシングルアクション。次弾を撃つにはハンマーを下ろさなくてはならない。


 チェックメイトは明らかだ。

 緑ローブはこの哀れな無謀者が血を拭きながら倒れるところを幻視した―――。


 「命を懸けて―――」


 マギーは前に踏み出した。


 予想外の行動に緑ローブは一瞬思考が停止した。

 攻撃手段を一時的に喪失した状態で距離を詰めてくるなど正気の沙汰ではない。剣のリーチに潜り込もうと言うのか。しかし、弾より遅い人間の身で間に合うはずがない。


 緑ローブは確殺を期して突きの構えに変えた。斬撃と違って回避が難しく、防御も困難な攻撃。

 マギーが剣の最大威力を発揮する距離に入った瞬間、閃光と紛う速度で突きが繰り出された。


 (屠った)


 剣はまっすぐマギーの胸の中央に向かい―――


 「生き残ることだ!!」


 ()()()


 馬鹿な、と三文字を脳裏に浮かべる緑ローブの目に閃く結界の残骸が映る。

 あの驚いた一瞬でマギーは教会に伝わる結界の印を刻んだのだ。

 そして目論見通り、死は避けられた。

 

 伸びきった腕にマギーは体を絡みつかせるようにして抑え込む。

 剣は奪えなくとも、動きを封じることができれば上等だ。


 「貴様……!」

 「残念だったな。あたしは勝つんじゃなくて時間稼ぎが目的なんだよ」


 どう、と空間が別の力によって歪む。

 剣を輝かせ、必殺の一撃を放つ寸前のヨハンが広場に駆け込んできたのだ。


 緑ローブは空いている腕でマギーの顔面を殴打し、打ちのめすと即座にヨハンに向かって走る。

 だが―――もう遅すぎた。


 「ウェェェェェェエエエエエッッ!!」


 極銀の光が闇を裂き、一切合切を飲み込んでいく。

 マギーは荒れ狂う土砂が迫るのを見て静かに目を閉じた。

 

 


 




 


 

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