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交錯 ~クロージング~

 何度目になるかわからない五十路の天使の小言をマギーは苦々しい顔で聞き入れている。


 自分を過信して単独行動は禁物、きっちり連絡はしておけと耳が痛い。

 終いにはマギーは正座して謝罪する事になった。確かに今回の行動は不用意で全体を危険に晒してしまう自分勝手な判断だった。マギーは下位の者に頭を下げるという恥を持って自分の失態を反省するのであった。


 だが、彼らはそれでも部隊の指揮をなお任せてくれた。突然の小鬼(タイニーデビル)との混戦で、死傷者が出てもおかしくない状況であるのにも関わらず犠牲者を出さなかったその能力を評価しているのだろう。


 マギーは与えてもらったチャンスをしみじみとした思いで噛み締め、地下水道内の探索を継続した。


 「各員、人間の血痕をよく調べて。私には仮説があるの。それを証明できたら事態は今より良くはなるはずよ」


 マギーの仮説はこうだ。


 ヨハンが言った捜索者の目を欺くためにわざわざ死体を発見しやすいところに置いたという話だ。


 アルザス市警によれば死体は死亡時刻と発見された時刻が大きくずれているという。何故ずれているのか。それは一旦殺してからどこかに保管している可能性が高いからだ。


 だからどうしたという話だが、それでも五里霧中を手探りで進むようなこの難事件のさらなる足がかりにはなるはず。マギーはそう信じたかった。


 血痕の調査と同時に倒した小鬼(タイニーデビル)の死体も数えられているのが見える。


 マギーはそれを尻目にさらに思索にふける。

 欺くなら何を欺く?

 被害者がこれまで通りile soleの関係者である事となんの関係がある?

 魔物共の、いや、魔物の統率者の思惑は一体何だ。

 

 私怨か?私怨で魔物を操る事などできるのか?この魔法が廃れたご時世に一般人がそんなものを学べるはずがない。だとすれば専門家の犯行か?しかし、魔法使いは滅んだ。今や文献の中での存在だ。教会が使う魔法は絞りかすの化石のようなものだ。それでも現段階の最高機密に他ならない。魔物の使役はその術が存在する時点で教会の魔法レベルを遥かに超越している。


 「力天使様、地下水道の人間の血痕の調査が終わりました。現段階で3つです」

 「3つ?そんなに少ないの?」

 「ええ、恐らくここに巣食って間もないかと」

 「…ひとまず案内して」


 マギーは報告に上がった天使に連れられ、1つ目の血痕のそばに屈む。血は当然の事ながら乾いていた。手を伸ばし、”眼”を開いて血が辿った道を見つめる。


 ヨハンがやった知覚の集中のさらに発展した技だ。マギーの視界には薄っすらと赤い糸のようなものが見え始めていた。


 それは洞窟内にあるどの死体にも結びつかなかった。ならば、と今度は目を瞑り、妖精の目で血液の痕跡、赤い点をたどり始めた。


 建物の間を抜け、草木の根を縫ってその血が落とされた原点にまでささかのぼり…


 「……今までに発見された死体の位置と同じ?」


 その後、マギーは血痕を三つとも確認したがいずれも今まで見つかった三人の被害者の位置に、地下水道での血痕の痕跡が確認された。


 「一体どういう事なんだ…」


 マギーは額を抑え、その場にうずくまった。先ほどの戦闘と能力の連続使用で疲弊したのだ。頭痛がして思考が回らない。

 つまり…出血した状態でここにいた?

 あるいは運ばれたか。


 いや、これはヨハンの考えの通りだろう。殺してからここに一定期間隠していた。そして必要になった時に遺体を地上に置いたのだ。本当の目的を隠すために…。


 では魔物どもの本当の目的とやらは一体何なのだ。今回の地下水道掃討で先手を打ったように見えたがそれもいかがなものか。

 

 結局のところ、手にした収穫は喫茶Ilesoleの従業員を狙って殺しているという仮設が全く無意味になった事だ。


 「だめだな、まだ情報が足りない」


 マギーは鈴を取り出し、ヨハンに連絡を取ることにした。



 ■■■■■



 聖堂ではちょうど昼食が終わった所だった。自分は食べるどころではなかったが、ミネストローネの芳しいにおいがまだ建物の中に漂っている。

 モモは少し新鮮な空気を吸おうと建物の外に出た。車いすの車輪を手で回し、陽の光が差し込む庭に出る。すう、と胸いっぱいにおさめてからふう、と吐き出す。草木のみずみずしいにおいと、花の甘い香りがした。

 結局気が付いた時よりも包帯の数は増えていた。怪我が治ってないのに無理をしたせいだ。


 (…でも、どうしてあんなに力になりたいって思えたんだろう)


 誰かの助けになりたい、その考え自体は常に心の中にある。自分の事なんてどうでもいいから献身できる。だから結局はむなしいだけ。

 だけれどさっきのは違った。心が動いていた。心から助けたいと思った。死んでほしくないと思った。ヨハンに死んでほしくないと思った。

 あれは、心が、

 心が動かない体を動かしたのだ。


 (どうしてだろう……)


 考えてもわからない。まだ15の少女には芽生え始めた感情の正体はわからない。ただ胸に手を当ててとりとめもなく不思議がるだけだ。


 後ろから近づく足音がした。モモは座ったまま体をひねる。

 ヨハンだった。が、なぜかトップスを肩にかけたまま上裸で歩き回っている。彼はモモに気づくと陽気に手を振ってあいさつした。

 モモは挨拶を返すどころではなかった。


 「なっ……」


 鍛え抜かれた胸筋と腹筋が視線を吸い込む。広い胸板は実に男らしく、大きな肩幅は優男な顔つきと相まって安心感を覚える。綺麗に六個のブロックに分かれた腹筋、そしてボトムズの革のパンツに消える腹斜筋の色気。


 「どうしたのモモちゃん」


 声をかけられてはっとする。モモは慌てて体を戻した。


 「ふ…服ちゃんと着てくださいっ」

 「あ!ごめん!」


 ヨハンも焦って背中を向けた。また浴室の全裸対面を思いださせてしまったかもしれない。水に流そうと言ってくれたのにどうしてすぐにこんな不注意な事を自分はしてしまうのだろうか。


 あくせくとシャツやジャケットを着なおすヨハンを、ちらとモモは見ていた。

 髪はわずかに湿り気を帯びていた。ジェリィの体液まみれになったからまた体を清めてきたのだろう。普段の彼の髪は若干パーマがかかっていて直毛状態は新鮮味があった。


 と、自分がまじまじと観察していることに気づき、なぜか恥ずかしくなった。着替え終わったのを見るとまた姿勢を戻して背中を向ける。


 「………天使が半裸でうろつくのって大丈夫なんですか」


 照れ隠しの嫌味。


 「…まずいね、だいぶ。本当にごめんなさい」


 ヨハンは深々と頭を下げた。


 「あの、頭下げなくていいですよっ」

 「ごめんなさい」


 天然か。

 モモは車いすを回してヨハンと対面した。自分より大きい犬に出会って怖がっている子犬のような顔をしている。思わずモモは吹き出す。


 「もういいです。それより、どうしてここに?」

 「え、ああ。マギーに資料館でアルザスの歴史を調べて欲しいって言われて。この出口、お風呂から近いから着替えながら出ていこうかと」

 「そういう事だったんですね」


 うん、とヨハンは頷く。


 「よければ資料を探すの、お手伝いしましょうか?そこにはよく通って」

 「いいよ、大丈夫」


 ヨハンはモモの言葉を遮った。

 彼はある種の負い目をモモに感じている。うっかり裸を見てしまったのがきっかけでもあり、それはジェリィに敗れかけた際に知覚できるようになった。

 傷だらけで自分のために言葉をかけてくれた少女。本来であれば守らないといけないはずなのに、むしろ傷つけているような気さえする。

 あの時、包帯を血に染めながら駆けてきたモモに、ヨハンは確かに心を痛めたのだ。


 「モモちゃんは怪我を直すことに専念して。俺は平気だからさ」


 にっ、と笑ってヨハンは足早にその場を去った。隣を過ぎる時に肩に手を置こうかとも考えたが、車いすの背もたれ越しに、軽く背中を押した。

 モモは言葉をかけることもできず、黙って微笑みを浮かべて見送る。

 

 ゆらゆらと振っていた右手はやがて閉じ、胸に当てられた。

 彼の広い背中が見えなくなると、少し息苦しいことに気が付いた。呼吸ができないというよりは、胸が締め付けられるというか。

 どうしてかはわからない。ヨハンが気遣ってくれたのはうれしいのにどうしてこんなに辛いのだろうか。


 その時、きい、と車いすが動いた。突然の出来事にモモは驚いて椅子から落ちそうになる。車いすは建物中から芝生に降り、庭を進み始めた。後ろを見るとメアリが車いすを押していた。


 「もう、ちょっとメアリ。おどかさないでよ」


 モモは少し笑うような口調で言った。メアリはしてやったりという顔で車いすの速度を速める。

 庭を進む車いすは春の穏やかな日差しに包まれ、モモは目をつむって暖かさを味わう。


 「だいぶ元気になったね、モモお姉ちゃん」

 「うん。…体はボロボロだけど」


 足を動かそうとして、痛くてやめる。


 「すぐによくなるわ!モモお姉ちゃんは昔から怪我が治るのが早かったじゃない」

 「そうだね。…治るというか、治してるっていうか……」


 メアリはきょとん、と首を傾げた。すぐになんでもない、と訂正する。モモはメアリに祖父の容態を聞こうとしたが遮られる


 「あ、そうそう、お茶を持ってきたわ!」


 後ろからにゅっと伸びてきた水筒を受け取る。フタを開けると香ばしいにおいがした。以前に言ったとおりの作り方をしているようだった。そのことを指摘し、ほめてあげるとメアリは抱き着いてくる。


 「ねぇねぇ、モモお姉ちゃん」

 「なぁに?」

 「さっきのかっこいい男の人はだれなの?」

 「ヨハン・オクトーバーさんだよ。”教会”の天使さん。すごく強いの」

 「好きなの?」


 突然の爆弾発言にお茶が変なところに入り、むせる。


 「げほっ、な、なんでそう思ったの?」

 「ふっふっふっふっふ……」


 メアリの不気味な笑い方に必要以上に動揺している事に気づく。


 「賢いメアリ様にはお見通しなのよ」

 「待って、全然好きとか、そういうのじゃない、です」


 慌てすぎて呂律が回っていない。


 「じゃあどう思ってるの?」

 「どうって……」


 いきなり聞かれてもすぐには答えられない。彼と出会ってほんの数日しか経っていないのだ。それに、いろんな事がありすぎて自分の心だって落ち着いてない。


 だけど、だけれど。


 不思議と昔からヨハンの事を知っているような、そんな気がするのも確かだった。


 「心配…かな」


 気がつけばそんな言葉が口をついた。その事に戸惑いはしたものの、段々とおぼろげな感情が形になっていくような感覚がする。


 「オクトーバーさんはすごく頑丈で無敵かって思うぐらいすごいの。でも、心まで無敵じゃない。彼は……たぶんどんな事にでも心を痛める優しい人」


 そう、戦いに向いてないぐらい。

 それでも彼は自分の力を人のために役立てようとしたのだろう。


 「だから…守ってあげたい。私は戦え………………………ないけど、心ならきっと支えてあげられると思う」


 メアリははっきりと言い切ったモモに呆れとも感心とも取れるため息をついた。


 「そのボロボロの体でよくそんな事言えるわね。あたしが自分の事を完璧にしてから人の心配しなさいって言ったの忘れちゃった?」

 「ううん。覚えてるよ。だけど……」

 「自分を大事にできなきゃ人も大事にできないわ」


 鋭い言葉が心の隙間に刺さり、ヒヤっとした。


 「まぁこれはアサド婆からの受け売りなんだけどね。でも今のモモお姉ちゃんにはぴったりな言葉よ」

 「そんな事言われたって………」


 モモは頭を抱えて膝に頭をつけた。きっと自分に自信さえ持てれば大したことない話なんだろう。でもわからないものはわからない。


 「ねえ、モモお姉ちゃん。占ってあげようか」


 これまた唐突に話が変わった。メアリはいつの間にかタロットカードを取り出し、シャッフルをし始めている。鮮やかなカード捌きの後、二枚をメアリはモモに見せた。

 

 一つは棒にくくりつけた小さな荷物を担いだ男のカード。メアリが指をずらすと古代の戦車を駆る勇者が描かれた一枚が現れる。


 「正位置の『愚者』と『戦車』。愚者は新しい始まり、戦車は努力の末の勝利という意味があるの」


 メアリはふふ、と笑ってカードを仕舞った。


 「だから、モモお姉ちゃん。自分の心に従って」

 

 後悔のないように、ね。


 「……私の心」


 胡乱な雲が覆う曇りに眩い光が差し込む。自分が今やりたい事。自分に今できる事。

 なんとなく、わかったような気がした。

 自分で考えて、

 自分の心がやりたいと思って、

 使命感でも強迫概念でもない、体の奥底から自分を動かすものに目を背けず、深みから掬い上げて胸に抱くことが、自分を大事にするってことなんだ。


 「わかったよメアリ。私は――――」

 「モモちゃん」


 ふと、後ろからアサド婆に声をかけられる。


 「外にいると危ないよ。中に入っておきな」

 

 アサド婆はくいっ、と顎を動かして入り口を示した。


 「…いえ、私、資料館に行ってきます」

 「どうしてなんだい?」

 「オクトーバーさんを手伝いたいからです」


 迷いなど感じない真っ直ぐな声でモモは自分の意見を伝えた。声の震えも一切ない。

 これが朝には今にも不安で潰れそうな少女と同一人物か疑うくらい今のモモは立派に見えた。


 「……そうか。じゃあうちの修道士に送らせるよ」

 「いえ、大丈夫です。メアリがいますから」

 「メアリ?」


 アサド婆は周りを見回すがそれらしき人影は見当たらなかった。


 「どこにもいないが…」

 「あれ?さっきまで話してたんですけどね」


 そういえば、モモはメアリに付き添う形で外出したとマギーから聞いた。今日は魔物を何とかすることに全力で集中していて、もう一人の少女の安否を確かめるのを忘れていた。

 

 …得体のしれない感覚がした。モモが話していたメアリは本当に存在するのか?


 「それじゃ、一人呼んでくるから待っておいで」


 はーい、という返事を背にアサド婆は聖堂内に戻った。通りすがりの一人にモモを資料館に連れて行くように言い、アサド婆は再び街に繰り出した。

 

 確かめないといけないことがある。


 

 

 


 

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