25.作戦会議
四人がテーブルを挟んで座ったところで、
「さて、では本題へ入りましょうか。これから一週間後に、デイモン家の別邸で謎の集会が開かれる件についてですが」
ジュリアンが王太子の凛々しい声で切り出すと、室内の空気が再びピリッと引き締まる。
「まずは、敵陣でのアイリスの立ち位置についてまとめておきましょう。基本はアイリスがロゼッタに見せた通り、『表向きは聖母の仮面を被っているけど、実は私を操って国を支配しようと企む野心家な令嬢』という設定でいこうと思います」
「分かりました」
ガゼボでのその場しのぎで作った、いかにも腹黒い悪役令嬢像がそのまま採用されることになった。
「アイリスにとっては、聖母と悪女という二重の仮面を被ることになります。精神的にかなり負担になるかもしれませんが……大丈夫かい?」
気遣うようなジュリアンの言葉に、アイリスは力強い笑みを浮かべた。
「大変じゃないと言えば嘘になります。でも、これでも長年、ジュリアン殿下の隣で完璧な聖母役を務め上げてきたと自負してますから。演じ切ることにかけては誰にも負けません!」
「そうでしたね。とても頼もしいです」
アイリスの堂々とした返答にジュリアンは安心したように頷くと、言葉を続ける。
「その悪女設定ですが、レンフェルト公爵家すら知らない極秘事項ということでお願いします。つまりアイリスが個人的な動機で動いているということになります。ただクララだけはそれを知っていて裏で動いている『アイリスの手先』という立ち位置ですね」
「承知いたしました。腹黒いお嬢様の有能な手先ですね。腕が鳴ります」
クララがノリノリで頷いた。
「あとは、怪しい夜会にアイリスが向かうなら、護衛は付けておいた方がいいと思います。そういうわけで、私がその護衛に変装して、アイリスと一緒に行こうと考えています」
「――ええっ!?」
アイリスは事前に聞かされていたとはいえ、これにはさすがにクララが驚きの声を上げた。
一方でジャックの方もアイリス同様聞かされていたのか、はたまた知らなかったとしても予想していたのか、諦めにも似た表情でそっと息を吐いていた。
「殿下ご自身が自ら潜入なさるおつもりですか!?」
「はい」
「さすがにそれは危険ではありませんか? ジャック様、お止めにならなくてよろしいのでしょうか」
クララの問いかけに、ジャックは力なく首を横に振る。
「殿下はこういう時、誰が何と言おうと絶対に引かないお方なんです」
「相手はデイモン派の人間ですからね。確実に尻尾を掴むなら、私が直接この目で見るのが一番早いだろう? 私の剣の腕は一般的な騎士に引けを取らないと自負していますし。それに、アイリスの護衛を他の人間に任せるなんてできませんよ。……いや、任せたくない、という方が正しいのかな」
そう言って、ジュリアンは至近距離で甘く熱を帯びた視線をアイリスに向けた。
ただでさえ先ほどキャパオーバーを起こしたばかり
なのだ。
甘すぎるジュリアンの眼差しに耐えきれず、隣に座っていたアイリスはジリジリと無意識に長椅子の端へと逃げようとする。
しかし、ジュリアンはすっと手を伸ばし、アイリスの小さな手をギュッと握りしめた。
「あっ……で、殿下……」
振り払うわけにもいかず、されるがままのアイリス。
そんな二人の様子を見ていたクララは、深く納得したように頷いた。
「――つまり、愛する婚約者のことは、誰の力も借りずにご自身の手で直接お守りになりたいと、そういうことですね」
「その通りです。決してあなたの腕を信用していないわけではありません」
クララの真っ直ぐな解釈に、ジュリアンはアイリスの手を握ったまま、なんの照れもなく満面の笑みで肯定した。
アイリスは羞恥で爆発しそうになるなか、ジャックに向かって助けを求めるような視線を向ける。
だが彼は、諦めてくださいと言わんばかりの表情を向けてきただけだった。
ひとしきり二人のやり取りを見届けた後、クララはふと真顔に戻り、真っ当な疑問を口にした。
「しかし殿下。護衛に変装すると仰いますが、殿下のお姿はあまりにも目立ちすぎます。髪色や目の色を変えたところで、その洗練された身のこなしや、王族としての隠しきれない高貴なオーラはどうするのです? 少し動けば、すぐに只者ではないと見破られてしまいます」
「大丈夫ですよ。絶対にバレないように、完璧に偽装しますから。昔からそういうのは得意なんです」
自信満々に答えるジュリアンを見たクララは、「本当に大丈夫でしょうか……」と不安げな視線を向けている。
しかし、ジュリアンの裏の顔を知っているアイリスは、その心配は全くしていなかった。
その後、細かな打ち合わせを詰め終えると、ジュリアンたちは王宮へと戻ることになった。
アイリスたちは見送りのために、玄関へと向かって廊下を歩く。
ジュリアンとアイリスが前を並んで歩き、少しだけ距離を空けて、クララとジャックが後ろからついてきていた。
この距離なら二人の声は後ろのクララには届かない。
アイリスは周囲を気にしながらも、隣を歩くジュリアンに抗議の視線を向けた。
「あの、殿下!」
「ん?」
「表向きの王太子としては、婚約者を大切に思っているという設定なのは分かります。でも、あんな風に公の場じゃないところでまで、婚約者を溺愛しているような演技を見せなくてもいいじゃないですか」
先ほどは限界まで恥ずかしい思いをさせられてしまった。
少しは手加減してほしいというアイリスの切実な抗議だった。
しかしジュリアンは何を言っているのか分からないと言いたげに、不思議そうに小首を傾げる。
「演技? なんのことを言っているんですか?」
「何って……! あ、頭をポンポンって撫でたり、か、可愛いって言ったり……私の手を、あんなふうにギュッと握ってきたり……そういうのです! いくらクララを騙すためでも、心臓に悪すぎます!」
アイリスが小声でまくし立てると、ジュリアンはなぜか嬉しそうにふっと息を吐いた。
「そんなつもりは微塵もなかったんですが」
「え……?」
「――演技なんかじゃありません」
ジュリアンは優雅に歩く速度はそのままにアイリスの方へ体を向けると、その青い瞳で真っ直ぐに見下ろした。
「本当のアイリスを知る前は、義務と演技だった部分はあったかもしれません。でも今は違います」
ジュリアンはアイリスの耳元に顔を寄せ、低く熱を帯びた声で囁いた。
「王太子の姿だろうが、素の姿だろうが関係ない。今、俺がアイリスに対して向けている言葉や行動に、嘘なんて一つも混じってない」
「っ――――!!?」
予想だにしなかった言葉をくらい、アイリスの頭から一瞬にして湯気が出そうなほどに体中が熱くなる。
ショートした頭でアイリスがあわわわわと声にならない悲鳴を上げて後ずさると、ジュリアンは喉の奥でくくっと楽しげに笑った。
「そういうところも、本当に可愛いよな」
「――っ!!」
ジュリアンは完全に限界を迎えたアイリスの頭を最後にもう一度ぽんと撫でると、何事もなかったかのように王太子の顔に戻り、
「では、また一週間後に」
とだけ言い残して、颯爽と馬車へ乗り込んでいった。
玄関に取り残され、燃え尽きた灰のように真っ白になった主を見て、何も知らないクララが、
「仲がよろしいようで」
と言ってきた。
だがアイリスはその言葉にすら反論する気力もなく、即座に布団に飛び込んでいったのは言うまでもない。




