24.侍女の謝罪
あのお茶会から数日後。
アイリスの元に、ロゼッタから秘密裏に招待状が届いた。
「お嬢様、こちらを」
クララから受け取った封筒に差出人の名前はなかった。
が、蝋封の紋章からボルトス公爵家のものであることは一目瞭然だ。
中には、日時と場所だけが簡潔に記されていた。
おそらく、例の特別な集まりのお誘いだろう。
開催は一週間後の夜、場所はデイモン家の別邸だ。
アイリスはすぐにジュリアンへと知らせた。
するとその日の夕方に早速、ジュリアンが、愛しい婚約者の顔が見たくてという表向きの完璧な理由を引っ提げて、ジャックと共にレンフェルト公爵家へとやって来た。
周囲も含めて完全に人払いをした客室に集まっているのは、ジュリアンとジャック、そしてアイリスとクララの四人のみである。
クララが有能で信頼できる侍女であることは、すでにアイリスからジュリアンたちへ事前に説明している。
違法賭博と闇オークションに関する一連の事態も、この四人の間では共有されていた。
「殿下。この度は、私の独断と手引きによって、お嬢様をこのような危険な場に引き込んでしまったこと、誠心誠意お詫び申し上げます」
密室の空気が張り詰める中、口火を切ったのはクララだった。
彼女はジュリアンの前に進み出ると、深く頭を下げる。
けれどクララがそう言った瞬間、アイリスは慌ててジュリアンの前へ進み出ると、頭を下げるクララを庇うように両手を広げた。
「ま、待ってください殿下、クララは悪くありません! クララは最初、ちゃんと止めてくれました。それでも、私が強引に意見を押し通したんです……!」
「お嬢様……」
「だから、悪いのは私です。どうかクララを責めないでください!」
ジュリアンから何もしなくていいと言われていたのに、それでも情報収集をしたいと言ったのはアイリス自身だ。
クララは主であるアイリスに従っただけで、何も悪くない。
そんな思いで必死に訴えかけるアイリスだったが、クララは少しだけ頭を上げると、静かに首を横に振った。
「いいえ。お嬢様がいくら仰ろうと、最終的に手を貸したのは私の判断です。侍女として、お嬢様の安全を第一に考えるのであれば、殿下に報告してでも止めるべきでした」
そしてクララはアイリスの腕をそっと下ろさせると、再びジュリアンに対して深く頭を下げる。
「私には重々処罰を与えていただいて構いません。どんな罰でも受けます。ですがこれだけは言わせてください。――お嬢様は、戦う殿下の力になりたいと、心から願っておいででした。私は侍女として、その切実な願いを叶えたかったのです。……お嬢様は、それほどまでに殿下を深くお慕いしておられるのですから」
クララの言葉に、アイリスは思わず頬を赤く染める。
人として尊敬し、婚約者として慕っているのは事実だ。
だが、今のクララの熱を帯びた声色だと、まるで一人の女性として熱烈に恋い焦がれていると言われているようだった。
実際のところ今抱いている感情に、それ以外のものが含まれているのかは分からないが……。
今は曖昧な感情に戸惑っている場合ではない。
アイリスはキュッと唇を引き結び、熱を持った頬を落ち着かせるようにすっと居住まいを正す。
もしもクララに何か罰が下されるなら、自分がそれを受けるべきだという思いで、アイリスはジュリアンを見つめる。
しかし、固い表情のクララとアイリスとは反対に、ジュリアンは優しげな表情を浮かべた。
「謝る必要はありませんよ、クララ。どうか顔を上げてください」
その命にクララがゆっくりと頭を上げると、ジュリアンが目を伏せる。
「あなたを罰するようなことは決してしません。むしろ、クララには感謝しているくらいなんです。……本当に愚かだったのは、私の方でしたからね」
「殿下が愚かだなんて、そんな」
しかしジュリアンは、言いかけたアイリスの台詞を手で制す。
「私も、最初はただ彼女を危険から遠ざけ、巻き込みたくない一心でした。だけど、それは彼女の覚悟に対する何よりの侮辱だと気づかされたんです。アイリスは、私が思っていたよりもずっと強い女性でしたから」
ジュリアンはそう言うと、ふわりと柔らかく微笑んだ。
王太子の仮面を被っていても、その笑顔は彼自身の素直な感情からくるものだとアイリスには分かった。
恥ずかしくなって下を向くと、ジュリアンはアイリスへと歩み寄り、そっと頭を撫でる。
突然のスキンシップにアイリスがさらに動揺して固まっている間にも、ジュリアンは続ける。
「極度の人見知りで、本当はずっと布団の中で丸くなっていたい性格なのに、それでも王太子の婚約者という重圧に耐え、必死に頑張ってくれている頑張り屋で可愛いアイリスに、これ以上負担をかけたくなかったんですけどね。……だけど最後には結局、彼女のその強さと優しさに甘え、こうして頼ることになってしまいましたね」
ジュリアンの甘い声と、髪を撫でる優しすぎる手つき。
せっかく公爵令嬢としての冷静さを取り戻そうとしていたアイリスだったが、これにはとうとうキャパシティが限界を突破した。
「わーっ! も、もう、無理ですっ!!」
アイリスは耐えきれずジュリアンの手から逃れると、部屋の隅の壁際へとダッシュし、両手で真っ赤な顔を覆い隠してしゃがみ込んだ。
「い、いきなり人前でそんな、か、かか、可愛いとかっ、甘いこと言ったり撫でたりしないでください! 私の心臓の限界をとっくに超えてます! もう今すぐお布団にダイブして引きこもりたい……」
ジュリアンがこの屋敷に来てまだそんなに時間が経っていないにもかかわらず、すでにアイリスの何かがゴリゴリ削られているのを感じる。
「ははっ、ごめんね。私のためにあんな危険な橋を渡ってくれた君を、ただ心から労わりたかっただけなんですけどね。それに、可愛いというのも本音ですよ」
「っ――!!」
追いうちをかけるようなジュリアンの言葉に、アイリスはビクゥッと背中を跳ねさせた。
今はクララがいるので、婚約者を深く愛しているキラキラ王子の擬態モードだと理解はしている。
公の場でもこういう甘いセリフは散々言われてきた。
しかし、本性を知ってからのこれは、破壊力が桁違いだった。
これでは労われているのか、遊ばれているのか分からない。
恥ずかしさで頭が真っ白になり、アイリスの思考は完全にショートした。
「も、もうやめてください! これ以上言ったら、本気で壁と一体化しますからね……」
アイリスは両手で顔を覆ったまま、さらにギューッと体を小さく丸め、物理的に壁にめり込もうとするかのように壁面に頭を擦りつけた。
そうしながらそっとジュリアンの方へ視線を向けると、彼は壁際で丸くなるアイリスを見て、楽しげに笑っている。
ちなみにジャックは、少し呆れたような顔でメガネをクイッと直し、ジュリアンを見ている。
その光景を見ていたクララが、ピクリと片眉を動かした。
「……殿下。恐れ入りますが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんですか?」
「殿下とジャック様は、お嬢様の奇行を見ても全く驚かれませんでした。それに、殿下は先ほどお嬢様のことを『布団の中で丸くなっていたい性格』と仰いましたが……まさか、お二人とも既にお嬢様の中身をご存知なのですか?」
クララの鋭い問いに、壁際でしゃがみ込んでいたアイリスはそっと壁から体を離す。
……そういえば、クララにはジュリアンたちにアイリスの残念な中身がばれてしまってたことを、まだ伝えていなかった。
アイリスは顔を覆っていた指の隙間からクララを覗き込むと、気まずそう口を開く。
「実はねクララ……。色々とあってバレちゃってたの」
アイリスは、これまでの経緯を簡単に説明する。
話を聞き終えたクララは即座にアイリスにジト目を向けた。
「あれほど外ではお気を付けくださいとお伝えしておりましたのに」
「それは私も、その、反省しているってば」
「あまりアイリスを叱らないであげてください。あの日の夜会は招待客も多いうえに、私たちはあのデイモンに長々と詰め寄られていましたから。無理もないですよ」
ジュリアンが笑顔を浮かべてすかさずそう言うと、ジャックも、
「アイリス様の擬態の精度は、長年見ていた私も全く見破れないほど完璧でした。我々以外に知る人間はおりませんのでご安心を」
とフォローに回ってくれた。
かくして、この四人の間においてだけは、アイリスの本性が完全に共有されることとなった。
ただし、ジュリアンの裏の顔については、まだクララには秘密にされている状態である。




