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聖母令嬢はお布団に帰りたい ~完璧王太子に素顔がバレたら、全力でお世話されそうです~  作者: 春樹凜
聖母の作戦

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23.甘すぎる公開処刑



 空気が柔らかくなった密室。

 しかしアイリスにとって、この甘すぎる余韻はあまりにも心臓に悪すぎた。


 ジュリアンは体を離したものの、アイリスにぴったりとくっついたまま、普段のキラキラ王子の時よりもさらに甘い視線をこちらに向け続けているのだ。


 ……これ以上この空気のままだと、心臓が爆発しそうだ。


 キャパシティはとっくに超え、顔から火が出そうになっていたアイリスは、火照る頬を両手でパタパタと扇ぎながら咳払いをした。


「こ、こほん! と、とにかくですね! ただ守られるだけじゃないって証拠に……私、今日のお茶会で結構色々引き出せたんですよ?」


 とりあえず、話題を強引に報告へと切り替え、ふんすと得意げに胸を張ってみせることにした。


「は? 引き出したって……」


 突然のアイリスのドヤ顔に、ジュリアンはきょとんと目を丸くした。


 空気が甘くなくなったのを少し寂しいと思いつつ、アイリスはこれ幸いと立て板に水のごとく令嬢たちから聞き出した情報を並べ立てた。


 隣国のゴルド商会とのつながりを持つ貴族の話、領民への支援金をごまかした横領と脱税疑惑や、それ以外のいくつかの情報。

 それを聞いたジュリアンの目が、驚きで大きく見開かれる。


「おいおい……世が世なら優秀な諜報員になれそうだぞ」

「えへへ、でしょう? 頑張りましたから!」


 ジュリアンからの手放しの称賛に少し気を良くしつつも、アイリスは「でも」と表情を引き締める。


「ただ残念ながら、一番欲しかった情報は得られなかったんですが……その代わり、ロゼッタ様から直々に、今度宰相の邸宅で開かれる『仲間内だけの特別な集まり』に招待されました」

「――!?」


 ジュリアンが今度こそ完全に言葉を失い、信じられないものを見るように固まった。


「特別な集まりって……どうやってそんなもん引き出したんだ」


 まさかの結果に取り乱すジュリアンへ、アイリスはガゼボでの経緯をかいつまんで話した。


 想定外にロゼッタ本人がやって来て、最初は聖母の仮面で乗り切ろうとしたものの、全く通じず見限られそうになったこと。

 そのため、色々と考えた結果、彼女の興味を惹きつけるために、あえて自分は純粋な聖女などではなく、『ジュリアン殿下を後ろで操って国を動かすために、聖母の皮を被っている野心家』なのだと匂わせたこと。


「そうしてちょっとだけ悪い顔を作ってみせたら、見事に釣れたんです」

「…………」


 ジュリアンは両手で顔を覆い、しばらく深くため息を吐いた後――やがて、ポン、と優しくアイリスの頭に大きな手を乗せた。


「無理させたな」

「えっ」

「相手はあのロゼッタだ。心の中では震え上がってたんだろうに、俺のためにそこまで腹を括って立ち回ってくれたんだな。……本当に、よくやってくれた」


 優しく頭を撫でるその手つきと心からの労いの言葉に、アイリスは泣きそうになるのをグッと堪えた。


「こ、これで私がお荷物じゃないって分かっていただけましたか?」

「荷物だって思ったことは一度もない」


 ジュリアンはアイリスの頭から手を離すと、再び表情を引き締め、アイリスを真っ直ぐに見据えた。


「その特別な集まりってのがすぐに闇オークションに繋がるものだとは思えないが、おそらくその場にはデイモンの息のかかった連中しかいない、完全に敵陣のど真ん中だ。 それに、本当にあっちがアイリスのその悪女の顔を完全に信じているかもまだ分からない。 いくら招待されたとはいえ、一人で行かせるわけには絶対にいかないな」


 ジュリアンの懸念はもっともだ。


 相手は海千山千のデイモン一派である。

 もしアイリスが少しでもボロを出して探りを入れていると気づかれれば、容赦なく敵対派閥として切り捨てられるだろう。

 最悪の場合、不慮の事故に見せかけて物理的に口を塞がれる可能性すらある危険な場だ。


「分かっています。私だって、一人でそんな恐ろしい場所に乗り込む勇気はありません。ですので侍女のクララを連れていきます」

「武に秀でたベアトリス家の三女か」


 ジュリアンの言葉にアイリスは頷く。

 クララもまた、ジャックと同じく護衛も兼任している従者である。

 騎士を多く輩出する家系であり、それもあってクララがアイリスの専属の侍女に任命されているのだ。


「クララはすごく強いので頼りになりますから」

「なあ、一つ提案があるんだが」


 ここでジュリアンは不敵な、そしてどこか楽し気な笑みを口元に浮かべて、アイリスに向かって身を乗り出した。


「会場内には、クララじゃなくて俺を連れていけ」

「ええっ、殿下をですか!?」

「ああ。普段化けているジンの変装なら、よほどなことがない限りばれることはない。それに、俺もそれなりの腕だ。護衛役としては申し分ないだろう?」

「それはそうかもしれませんが……」


 それなりどころか、ジュリアンは間違いなく強い。

 加えてジュリアンの提案は、非常に危険な綱渡りだが、同時に彼自身がボルトス家の尻尾を直接掴むための千載一遇のチャンスでもある。


 けれど、万が一のことがジュリアンの身に起こったら大変だ。

 なにせ彼はこの国を背負う王太子なのだ。


 そう言ってアイリスが断るべきだと口を開いた時だった。


「なんて言われても引かないぞ。敵陣にアイリスがつっこんでいくなら、俺が横にいるのは当然だろ」


 アイリスは思わず言葉を失った。

 反論しようとしていた台詞が、そのまま喉の奥に引っ込んでいく。


 だから素直に、今思っていることを言葉にした。


「……危険な役回りを押し付けて申し訳ありませんが、殿下が一緒にいてくださるなら、これほど心強いことはありません」

「押し付けられたわけじゃない。アイリスが文字通り体を張ってこじ開けてくれた扉だ。ここからは、俺も一緒に並んで戦う番だからな」


 ジュリアンが力強く頷き、二人が視線を交わして笑い合っていると、公爵邸へと到着したのか、馬車がゆっくりと止まる。


 すると、ジュリアンは長椅子から立ち上がり、アイリスの前に片膝をついて芝居がかった手つきで彼女の小さな手を取った。


「どんな敵からも必ず貴女をお守りいたしますよ、俺の可愛いお嬢様?」

「っ……! あ、あまりからかわないでください!」


 気障すぎる台詞に鼓動が一気に跳ね上がり、アイリスは金切り声で叫ぶ。


「本気で言ってるんだがな」


 一方のジュリアンはさらりとそう言ってのけた後、恭しい騎士のフリをして手の甲に口づけを落とす。

 アイリスは一瞬で顔を真っ赤にして、頭が沸騰しそうになる。

 今の素の状態で、しかも冗談でないとするなら余計に心臓に悪い。


 何も言えず口をパクパクさせていると、控えめなノックオンがする。


「到着いたしました、お嬢様」

「え、ええ」


 扉が開き、声をかけてきたクララの前で、アイリスは立ち上がろうと足に力を入れる。


「ひゃっ!?」


 しかし、あまりにも心臓に悪い極上の甘さのせいで完全に腰が抜けてしまっていたアイリスは、立ち上がるどころか、そのままガクンと膝を折ってしまった。


「大丈夫ですか、アイリス」

「も、申し訳ありません。足に力が……」


 見事に腰から砕け落ちそうになったアイリスを、光の粒子をまき散らす王太子になったジュリアンが素早く、かつ軽々と抱き留める。


 そしてアイリスが立ち上がれないと分かるや否や、ジュリアンはなんの躊躇いもなく、そのまま彼女の膝裏と背中に腕を回し、ふわりとお姫様抱っこの体勢で持ち上げたのだ。


「えっ!? で、殿下!? ちょっ、待っ……」

「具合が悪い婚約者を運ぶのは、当然の務めですから」


 ジュリアンはキラキラスマイルを顔に貼り付けたまま、ご機嫌な様子で歩き出す。


「っ……!」


 馬車の外には、クララだけでなく、出迎えに出てきていた公爵家の使用人たちがずらりと並んでいる。

 そんな大勢の前で王太子にお姫様抱っこされるという超特大の公開処刑に、アイリスの顔は限界を超えてさらに赤く染まった。


「殿下、お優しすぎますわ……!」

「アイリス様、顔が真っ赤ですね」


 使用人たちが感動と興奮でざわめく中、アイリスはこれ以上赤くなった顔を見られないよう、恥ずかしさのあまりジュリアンの胸元に顔を埋めるしかなかった。




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