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RUST RAIN  作者: 蓮川のあ
4/6

残響

夜のフィオラは静かだった。


 雨音だけが、

古い屋根を叩いている。


 暖炉の火は小さく揺れ、

部屋の中には穏やかな熱が残っていた。


 エリシアは眠っている。


 毛布を抱き寄せるようにして、

小さく寝息を立てていた。


 その姿を、

ペルリニエは少し離れた場所から見つめていた。



 昼間の光景が、

頭から離れない。


 赤錆へ変わっていく鉄看板。


 怯えた人々。


 空気を震わせた紫色の魔術。


 そして。


 “怖い”と、

誰かが呟いた声。


「……っ」


 ペルリニエは俯く。


 細い指先に、

淡く紫晶の紋様が浮かんでいた。


 抑えきれていない。


 まただ。


 また、

誰かを巻き込む。



 窓の外を見る。


 止まない雨。


 カルタスト大陸を覆い続ける、

呪いみたいな雨。


「……やっぱり」


 静かな声が落ちる。


「ここにいてはいけない」



 ペルリニエは立ち上がる。


 音を立てないように、

静かに。


 机の上へ、

小さな袋を置いた。


 中には金貨。


 それから。


 市場で買った焼き菓子が一つ。


 少し迷ったあと、

ペルリニエは小さく笑った。


「……甘い物を食べると幸せになる、だったかな」


 エリシアの声が、

耳に残っていた。



 扉が開く。


 冷たい夜風。


 湿った空気。


 雨。


 ペルリニエはフードを深く被り、

静かにフィオラの街へ消えていった。


 一度も振り返らないまま、

エリシアの家を後にした。



 翌朝。


「……ペル?」


 エリシアは眠たげに目を擦る。


 返事はない。


「ペルー?」


 部屋は静まり返っていた。


 嫌な予感がする。


 エリシアは慌てて立ち上がった。


 空っぽのソファ。


 開いた窓。


 冷たい空気。


「……え」


 机の上に、

金貨と焼き菓子が置かれている。


 そこでようやく、

理解した。


 いなくなった。


「……うそ」


 雨音だけが、

やけに大きく聞こえた。



 一方その頃。


 ヴェルグレイヴ騎士団は、

フィオラへ到着していた。


 雨の中、

黒い軍馬が石畳を踏み鳴らす。


 先頭を歩く男。


 黒灰色の外套。


 腰には長剣。


 アルヴィスは静かに街を見渡した。


 小さな街だ。


 だが。


 空気が妙だった。


「隊長」


 部下が近付く。


「例の高位魔術反応、

この辺りで確認されています」


「……そうか」


 アルヴィスは短く返す。


 胸騒ぎが止まらない。


 まるで。


 遠い過去が、

すぐ後ろまで迫ってきているみたいに。



 騎士団は街の聞き込みを始めた。


「最近変わったことは?」


 アルヴィスが八百屋の店主へ尋ねる。


 店主は腕を組みながら唸った。


「変わったことねぇ……」


 少し考え込み、

やがて口を開く。


「そういや妙な旅人が来てたな」


 アルヴィスの視線が動く。


「旅人?」


「あぁ。白ぇ髪した綺麗な兄ちゃんでな」


 その瞬間。


 アルヴィスの表情が、

僅かに強張った。



「あと変なこともあった」


「……なんだ」


「紫色の光だよ」


 雨音が強くなる。


 店主は眉を顰めた。


「古い看板が急に錆びちまってさ」


 アルヴィスは黙る。


 紫。


 赤錆。


 その組み合わせを起こせる存在を、

彼は一人しか知らない。



 脳裏に、

昔の記憶が過った。


 森。


 木漏れ日。


 笑い声。


『また来たのか、アル』


『お前こそ』


 白銀の少年が、

少しだけ笑っていた。



 雨音で、

現実へ引き戻される。


 アルヴィスは静かに目を伏せた。


 そして小さく呟く。


「……ペルリニエ」


 その名前は、

まるで長い間閉じ込めていた記憶を

呼び起こすみたいだった。



 その頃。


 フィオラを離れた街道を、

一人の影が歩いていた。


 白銀の髪。


 黒い外套。


 雨に濡れながら、

ペルリニエはただ前だけを見る。


 戻らなければならない。


 ルーメリアへ。


 自分がいるべき場所へ。


 たとえそこが、

檻だったとしても。

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