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RUST RAIN  作者: 蓮川のあ
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雨宿りの来訪者

夜更けになっても、雨は止まなかった。


 窓硝子を叩く雨音を聞きながら、エリシアは深いため息を吐く。


「……どうしよう」


 視線の先。


 古びたソファの上では、白銀の青年が静かに眠っていた。


 ――いや。


 正確には、気を失っている。


 フィオラの路地裏で倒れていた青年を放っておけず、家まで運んだのはいい。


 でも。


「なんでこんな綺麗な人拾っちゃったんだろ……」


 ぽつりと零す。


 長い睫毛。


 白い肌。


 濡れた白銀の髪。


 眠っていても、

どこか近寄り難い雰囲気があった。


 まるで、

雨の中だけに存在する幻みたいに。



 エリシアは濡れ布巾を絞り、青年の額へ乗せる。


 熱が高い。


 しかも腕の傷も深かった。


「ほんと何があったの……」


 戦争。


 最近、よく聞く言葉。


 ルーメリア。


 ヴェルグレイヴ。


 遠い世界の話だと思っていた。


 けれど今、

目の前にいるこの人は、

その“遠い世界”の匂いがした。


 エリシアは小さく首を振る。


「……だめだめ。今は考えてる場合じゃない」


 考えるより先に、

助けたいと思ってしまった。


 それだけだ。



⠀雨は一向に止む気配はない。


⠀雨が降り続けているせいか、街の気温は下がり続けている。


⠀看病を付きっきりでしていたエリシアは張り詰めていた意識がゆっくりと沈みかけている。


 青年は眠っている最中、

何度も苦しそうに眉を寄せていた。


「……っ…」


 小さな呻き声。


 エリシアは慌てて顔を上げる。


「大丈夫!?」


 返事はない。


 ただ、

彼の指先が小さく震えている。


 まるで、

何かを必死に耐えているみたいに。



 ――雨。


 暗い部屋。


⠀冷たい床。


⠀動かぬ様にとつけられた鎖。


『魔力数値、安定しません』


『出力を上げろ』


『まだ耐えられるはずだ』


 知らない声が響く。


 身体が熱い。


 痛い。


 苦しい。


 逃げたい。


 でも逃げられない。


『君はルーメリアの希望なんだ』


 違う。


 そんなものになりたくない。


『ペルリニエ』


 その名前を呼ばないで。


『君は完璧でなければならない』


 やめて。


 やめて。


 やめて――。



「……っ!」


 青年が勢いよく目を開いた。


 紫水晶の瞳。


 荒い呼吸。


 額には汗が滲んでいる。


「えっ、大丈夫!?」


 エリシアが慌てて駆け寄る。


 青年は暫く呆然としていた。


 けれどやがて、

ゆっくり視線を向ける。


「……君は」


「昨日倒れてたの! 覚えてる?」


「……あぁ」


 静かな声だった。


 でもどこか、

酷く疲れている。


「ごめんね、勝手に連れてきちゃって……」


「いや」


見た事のない部屋。


⠀腕には手当をした後の包帯が巻かれている。


⠀状況は大体の予想が着く。


 青年は小さく目を伏せた。


「助かったよ」


 その言葉に、

エリシアはほっと息を吐く。


「よかったぁ……!」


 青年は少しだけ目を見開いた。


 そんな顔をされると思わなかったのかもしれない。



「お腹空いてない?」


「……空腹、か」


「え?」


「いや。なんでもない」


 不思議な人だ。


 エリシアは首を傾げる。


「名前、聞いてもいい?」


 一瞬。


 青年が黙る。


 雨音だけが部屋に響いた。


 やがて彼は、

小さく笑う。


「……ペル」


「ペル?」


「そう呼んで」


 本当の名前を、

言えなかった。


⠀本当の名前を言ってしまえば、彼女はきっと周りのように軽蔑するのではと思ったから。



 一方その頃。


 ヴェルグレイヴ国境地帯では、

騎士達が慌ただしく動いていた。


「未確認の高位魔術反応だと?」


「あぁ。しかも紫晶系だ」


 その報告に、

アルヴィスの顔が険しくなる。


「……場所は」


「フィオラ近辺です。フィオラのある方角に微かにですが………」


 空気が止まる。


 フィオラ。


 小さな街だ。


 軍事的価値はない。


 なのに。


「隊長?」


 アルヴィスは窓の外を見る。


 雨。


 止まない雨。


 胸騒ぎがした。


 嫌なほど。


「……最悪だ」



 深夜。


 エリシアは物音で目を覚ました。


 時計を見る。


 午前二時。


「……?」


 部屋の奥から、

何かが軋むような音が聞こえる。


 エリシアは静かに立ち上がった。


「ペル……?」


 扉を開ける。


 その瞬間。


 紫色の光が視界を染めた。


「――え……?」


 ペルリニエが苦しそうに俯いている。


 その身体には、

無数の魔法陣が浮かび上がっていた。


 禍々しい紫晶の光。


 空気が震える。


 窓の外。


 雨が一気に強くなる。


 まるで空そのものが泣き出したみたいに。


「っ、ぁ……」


 ペルリニエが小さく呻く。


 苦しそうだった。


 怖いくらいに。


 エリシアは息を呑む。


 でも。


 気付けば、

彼の元へ駆け寄っていた。


「大丈夫!!」


 その瞬間。


 ペルリニエの瞳が、

ゆっくりエリシアを映す。


 壊れそうな目だった。


 まるで。


 ずっと誰かに助けを求めているようなそんな悲しい目をしていた。

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