第8話 コードネームは刹那(第1部・全16話)
女の子だ。
女の子。
ちょうど、小学校六年か中学一年くらい。
第二次性徴期の微妙な年齢の女の子だ。
だがおかしい。
なんでそんな女の子が、今ここで、結界の圧が張り巡らされた中で、淡々と歩いている。
まるで迷子で迷い込んできてしまったのか?
普通の子の迷子であった方が数段結果としては良かったのだが。
おかしいのはもう一つ。
と言うか、こっちの方がおかしいのだが、ほぼ裸?
服は着ていないのか?
圧なのか、揺らぎなのか?
まるで水の中にいるように彼女の身体が揺らいで見える。
うっすらと光を放っているようだ。
どのようなシステム、どのような仕掛けなのかわからないが、自分にはそう見えた。
よく見ると、彼女の左右に、『刹那』の左右にまるでガードマンのように控えて歩く物があった。
狛犬?
狼?
よくわからない犬種の犬もどきが二匹。
片方が白く、もう片方は黒い姿であった。
二匹とも『主人』を護衛するため、警戒の目を緩めず、低く唸り続けていた。
「まさか二度も使い魔が排除されるとは思わなかったわ。まあ、あの子たち、下位の使い魔だから仕方なかったけど。」
彼女が口を開いた。
刹那は続けて言い放った。
「だからこそ、私自ら出張ってきたんだけどね。」
二度の使い魔? 二度の使い魔って、あれか。
電車の中でエリ先輩が戦った黒いモヤモヤ。
そして警察病院での千の手敵種の群れ。
そうか、こいつが、この見た目女の子の、こいつが放ったのか。
高圧的である。
さっきも思ったが、小六か中一だろ?
まだまだ、ませたガキだろ?
身長も140~150センチの幼児体型の小柄な女の子なのに。
だが彼女の態度は、その表情は恍惚的で自信を持ち、同時に妖しくも妖艶な表情を浮かべていた。
刹那は続けた。
「返してちょうだい。あなたたちが囲っているあの子は、私の眷属。私のモノなのよ。だから早く返して。」
その言葉に俺たちの仲間の、ガタイのいい山伏が叫び声をあげて襲い掛かる。
「この、化け物め!」
あっという間であった。
ぐっ!と言う声を上げたかと思うと、ガタイのいい山伏は『裏返った』。
裏返る。
そう、まさに、彼の体内が外に出て、外側が中へと捩り込まれる、なんとも奇妙な光景のオブジェと化してしまった。
肺やら心臓やら臓器が表に露出して、肉塊のように蠢き、苦しんでいる。
ボトッと床に落ちた肉塊は、まだ生きていた。
「おのれ! 化け物! 刹那!」
そう言って仏教系の法師が錫杖を手に襲い掛かる。
だが法師の攻撃は刹那にあたる事なく、法師自身の身体ごと吹き飛ばされ、あたりの柱や壁をぶち壊していく。
呆気に取られる一同。
怯む事なく教会系のシスターが剣を手に構え叫ぶ。
「刹那は、この私が討つ!」
刹那に吹き飛ばされた仏教系の法師は錫杖を使って身体を起こし、教会系のシスターと並んで叫ぶ。
「刹那を討つのは、この私よ!」
二人の挑発的な態度に、まだあどけない少女・妖艶な魔少女の刹那が不愉快そうな表情を浮かべて答える。
「私をその名で呼ぶな。私には百合と言う華麗でかわいい名前がある。」
二対一の激しい戦いが始まった。
「新人クン、あの二匹の犬は私たちが!」
泉さんがそう言って二丁拳銃を俺に投げてよこす。
いや、俺、如月って名前なんですけど、憶えてくれてないんすね。
だけど、あれ? どこかで見た光景が。
「ちっ。なんだよ、またおめえかよ。」
しゃべる呪いの拳銃であった。
しかも。
「あらっ、男! 男じゃない!」
この間一緒に戦ったじゃないですか、警察病院の緊急特別室で。
んな事会話している場合じゃない。
黒と白の二匹の魔犬は牙を剥き出しにして襲いかかってくる。
俺は銃を投げてよこしてくれた泉さんに感謝するまもなく、邪悪な黒と白の魔犬に向かって発砲する。
だが『魔犬』と言うだけあってなかなか手強い。
二丁拳銃から発射される『怨念の銃弾』はわずかなダメージを与えられる程度だ。
押し込まれる俺を二刀流の泉さんが割って助けに入ってくれる。
「いいわよ! その調子!」
本当か? 本当なのか?
二刀流の泉さんの方が動きも華麗で鮮やかに二匹の魔犬と互角に渡り合っている。
「ぎゃん!」
俺が放った怨念の銃弾が魔犬の鼻筋にヒットする。
どうやらそこが弱点らしい。
「泉さん!」
「わかってる!」
俺が二丁拳銃で怨念の銃弾を魔犬二匹の鼻筋に撃ち込んでいく。
弱点を攻撃された二匹の魔犬が怖気付いたところを、二刀流の泉さんが切り刻んでいく。
見事なコンビネーションだ。
彼女と『組む』のも警察病院に続き二回目だ。
なんとなく阿吽の呼吸を掴み始めていく。
身体を器用に捻って二本の刀を振り回す泉さんの身体がとても美しい。
セクシーだ。
下着は今回も黒なのか、と気にはなったがそれどころではない。
俺が銃を撃ち、泉さんが刀で切り込んでいく攻撃が功を奏し、二匹の魔犬は徐々に押されて弱っていく。
威勢のいい二匹の魔犬であったが息も絶え絶え、ハアハア言いながら長い舌を口から出して呼吸している。
所詮『魔犬』も犬なのか。
俺と泉さんのコンビネーション攻撃で二匹の魔犬を押し込んでいく。
「ぎゃん!」
「うわ!」
「うお!」
様々な複雑な悲鳴が同時にシンクロして被った。
一つは、俺と泉さんのシンクロ攻撃による二匹の魔犬の悲鳴。
もうひとつは妖艶な魔少女の刹那と呼ばれる小さい女の子の攻撃に、見るも無惨に吹き飛ばされた法師とシスターの悲鳴だ。
「きさま!」
刹那が叫ぶ。
小六または中一くらいの小さな女の子、刹那が俺たちの方を見て、きつい目をして睨んでくる。
「私の忠実なるしもべに何をした!」
そんな事言われても!
俺と泉さんの息のあった攻撃で、二匹の魔犬の鼻筋から黒い液体を流し、息も絶え絶え後退りしている。
黒い液体、それはすなわち、敵種の血液であろう。
「許さんぞ! この下等生物が!」
そう言って刹那は物すごい形相とものすごいスピードでジャンプし、俺と泉さんに襲いかかった。
「あぶない!」
そう言って俺は本能的に泉さんの前に出て彼女を庇った。
それ以外の理由も何もない。
悪鬼の形相で宙を舞い、俺と泉さんに襲い掛かろうとする妖艶な魔少女・刹那。
相手があどけない少女なので怯む必要はないと思った。
だが、その悪鬼の表情に、一瞬勝てそうもない気持ちで溢れかえった。
ここはまだケガが癒えずに一緒に戦っている泉さんを庇うべきだ。
ちょっと好みの女性でもあるし。
理性と本能と打算な思惑が俺を支配した。
だが、怒りのパワーマックスの妖艶な魔少女・刹那の攻撃は尋常ではなかった。
「ぐ!」
「ぎゃ!」
ものすごい衝撃で二人とも弾き飛ばされる。
「ぎゃ! 痛い!」
警察病院の緊急特別室では俺の身体に泉さんが吹っ飛んでくる展開であったが今回は逆だ。
俺の身体も吹き飛んで、後ろにいるか細くも小さい泉さんの身体を壁に押し付ける形であった。
「だ、大丈夫ですか?」
前回とは全く逆の状況で、俺が泉さんの身体に乗っかってしまっている。
痛みの衝撃なのか、泉さんは気を失ってしまった。
結局泉さんがクッションの役目となり、俺のダメージは低かった。
まだケガも癒えていない包帯だらけの泉さんの身体。
柔らかい。
乱れた服の隙間から、ふくよかな胸と下着がチラリ見える。
おお! 今回は白か!
そんなこと考えている場合ではない。
俺と泉さんを吹き飛ばした妖艶な魔少女・刹那は俺たちの攻撃で瀕死の重傷を負っている二匹の魔犬の状態を見ている。
「ごめんね。ごめん。お前たちが受けた分の仕返し、必ず返すからね。」
なんかとても優しい飼い主の表情を見せる妖艶な魔少女・刹那。
お前は本当は悪い奴ではないのでは? と思ってしまった。
まあ、大切なしもべ、眷属であったら、普通そう接するわな。
とても悲しく優しい表情で二匹の魔犬を見つめる妖艶な魔少女・刹那の表情が邪悪な剣幕に変わり、こちらを見る。
うっすらと涙を流した刹那のきれいな瞳が鋭く変化し、俺を睨む。
「きさま、許せん! 私の大切なしもべをこんなにも!」
いやいやいや、ちょっと待て。
お前悪者だろ? 悪者なんだろ?
悪役なのに何言ってる?
まあこの場合本人は自分が悪役とは認識していないモノだ。
化け物のくせして、悪鬼のくせして、仲間は、しもべは庇うんだ。
まあそうかもね。面白いモノだ。
周りの状況を落ち着いて確認する。
神社であるのに様々な宗教系の衣服を着た人たちは、ほぼほぼ朽ち果てている。
裏返った山伏系の人は、内側と外側を反転させられ露出させた心臓や臓器をバクバクさせている。
妖艶な魔少女・刹那と互角に戦っていた法師とシスターもダメージに打ち果てている。
他方、二匹の魔犬のみに集中攻撃した俺と泉さんの対抗は功を奏していた。
二匹の魔犬の助けに入った刹那は、俺と泉さんを突き飛ばし、今俺を睨んでいる。
「きさま、許さん!」
クンクン泣く二匹の魔犬を落ち着かせた刹那はゆっくりと立ち上がってこっちを見る。
一歩一歩、怒りを込めたその姿は、やはり『悪鬼』に満ちている。
相変わらず、服を着てるのか、裸なのかはわからなかった。
ただわかるのは、身体全身が光っている? ぼやけている?
まるで水の中から見ているようだ。
その身体はちょうど第二次性徴期の微妙な発達具合の幼児体型である。
ぱっと見子供に見える『それ』は怒りを身体全身で表現し俺に近づいてくる。
「ただで済むと思うなよ。」
そう言って俺に近づいてくる。
え?
俺、折檻されるの?
こんなあどけない少女にお仕置きを受けるの?
嬉しいような、嬉しくないような。
自分の背後には気を失った泉さんがいる。
自分好みの泉さんの事も気になるが、今ここで動くわけいかない。
今ここで逃げるわけにはいかない。
どうする?
ビビった気分もあり、身体が動かない自分。
一歩一歩迫ってくる、妖艶な魔少女・刹那。
どうしようもなく動けない状態でいる俺に助けが入った。




