第7話 交差する思惑(第1部・全16話)
エリ先輩が俺と話をしてくれない。
エリ先輩が俺の目を見てくれない。
エリ先輩の身体はしばらくして元に戻っていた。
何やら注射を自分の身体に打って、しばらく安静にしていたら、元の姿に戻ったようだ。
心ここに在らず、とは俺のことだ。
自分の身に起こった事象も衝撃的だったが、あれだけ俺に対してグイグイ来ていたエリ先輩が冷たい。
ショックのあまり何も考えられなくなっている。
自分の身に起こった事が何よりも衝撃的だった事よりも、
エリ先輩に『無視』されていることの方が衝撃だ。
俺なんかした?
自ら好んで先輩に対して嫌な事、していないつもりだが。
『見ないで、って言ったのに。』って言われてもあの状況下でどうしようもなかったじゃん。
『爆発』で吹き飛ばされた泉さんとともに自分の身体も緊急特別室から吹き飛ばされ、廊下に出ていた。
その状況で『何で私の事、見たの?』って言われても。
エリ先輩の右側半分がまるで『鋼鉄の皮膚』のように見えた。
それが原因なのか?
俺がエリ先輩の秘密を見たのが原因なのか?
そんな事言われても。
理不尽だ。
理不尽な事は続いた。
敵種の襲撃。
緊急特別室の破壊と泉さんの装備。
被害者の女性=ハルミ・キョウコの『覚醒』。
エリ先輩の謎の態度と右半分の異変。
誰も何も説明してくれない。
エリ先輩に会話を求めても、二言三言返事してくれるだけで目も合わせてくれない。
自分の目の前で走馬灯に物事が進んでいくが何が起きているのかわからない。
被害者のハルミ・キョウコを収容していた警察病院は一時封鎖になってしまった。
気がつけば、重々しくキャリアにハルミ・キョウコを乗せて救急車に乗せた事。
一緒に泉さんも付いて行った事。
泉さんの包帯姿も生々しいが気丈にも対応していた。
普段顔を出さない課長もめずらしく現場に来ていて対応していた事。
そして課長があろうことか、こんな現場に猫を連れてきていたことだ。
その猫はおとなしくも課長の腕に抱かれ、興味深く辺りを凝視していた。
猫の視線が俺の顔をじっと見ていた。
なぜそう思ったかと言うと、猫からの視線を感じたからだ。
あれか?
視線って目から光線が出ているのか?
よく、背後に視線を感じるって言うけど、それは本当か?
視線から圧を感じるのか?
よくはわからないが、とにかく課長が抱える猫がしばらくの間、じっと俺のことを見つめていた。
なんか気分良くない。
思わず猫の視線に気を取られ、あまりの出来事に混乱していたのもあるが、
エリ先輩が何か俺に話しかけていた。
それは二言三言の会話内容だったと思う。
我を忘れていて、思わず気づいた時はエリ先輩はこの場にいなかった。
なんで!
なんでこのタイミング。
エリ先輩の気持ちを確認するチャンスだったのに!
気がつけば、俺はその場に一人ぽつんと残されていた。
え?
待って!
あわてて俺はエリ先輩を追いかけた。
騒然とする警察病院の駐車場の車に、課長とエリ先輩が乗ろうとしていた。
走ってあわてて駆け寄る俺。
エリ先輩が俺に目も合わせず口を開いた。
「遅いわよ。早く乗って。聞いてなかったの?」
ああ、聞いてないさ。
聞いても物事が混乱していて、何を言われても耳に残らないさ。
自分はとても不満であり、何が起きているかわからなかった。
後ろの席に座り、前の運転席を見る。
めずらしく課長が慣れた手付きで車を運転している。
しかもちゃっかりと課長の猫も乗り込んでいる。
ごく当たり前のようにエリ先輩の膝に抱かれて、車の前方をじっと見ていた。
バックミラーに映ったエリ先輩は決して俺がいる後部座席を見ようともしなかった。
ものすごい圧を感じする。
自分の身体全体に強力な圧を感じた。
何だろう?と思って目を覚ます。
寝ていた。
自分は車の後部座席で寝ていた。
ゆらりゆらりと揺られながら、気持ちよく車の中で寝ていたのだ。
それはそうだろう。
わずか数日のうちにいろいろな事があった。
警察病院での出来事もそうだが、何よりもエリ先輩に無視されている事が精神的に一番響いたんだろう。
あれだけアグレッシブであったエリ先輩が俺を無視している。
それが主たる原因でどっと疲れた。
まるでフラれたような不愉快で悲しい気分だ。
自分でもそのショックが感じ取れた。
圧を感じた。
何の圧だろう?
見ると車は森林を抜け、見覚えのある建物の前で停車した。
神社である。
そう、ここはエリ先輩の『実家』。
今朝方、自分はここからエリ先輩と共に警察病院に急行した。
ものすごい1日、ものすごい出来事の体験である。
車が止まると、まるでいつもの段取りのように課長とエリ先輩が車を降りて建物の方へ向かって行く。
自分は特に何も言われていない、声をかけられていないが、すぐさま遅れないように車を出た。
そそくさと建物の中へと入っていく二人を見送って、ふと立ち止まってみる。
あれ?
なんか変だ。
気になって周りを見ている。
すると、まるでモヤモヤのように視線の先が歪んでいる。
正確には、まるで自分が海中に居るかのような感覚だ。
上を見てみる。
日が沈んできれいな夕焼け空が目に入ったが、それも何か変だ。
夕陽に染まったきれいな夕焼けが、水中の中から見上げるように、ゆらゆらと揺れている。
わかった。
それでわかった。
俺は結界の中にいる。
この神社が結界を張っているのだ。
まさに借りてきた猫状態であった。
確かにここは俺の家ではない。
一度しか来たことのない神社だ。
空気。
まるで空気。
誰も俺に詳細を教えてくれない。
課長もエリ先輩も何も説明せずに忙しそうに動き回っている。
帰っていい?
帰っていいっすか?
だけどここは『結界』内らしい。
身体全体に圧力を感じる。
俺はここにいるしかない。
俺はただ呆然と見守るしかなかった。
そんな中、俺を救済してくれる人物があった。
母親だ。
エリ先輩の母親だ。
相変わらず見事に和服を着こなして、襟口から見える後毛と刺青の紋様がとてもセクシーだ。
やっぱりあなたはヤクザの組長とかじゃないのか?
これから『カチコミ』でもあるのか?
まあたしかに、敵種の魑魅魍魎のカチコミはあるんだろうけど。
「大丈夫?」
エリ先輩の母親がさりげなく優しく俺に話しかけてくれる。
なんかヤクザの女組長に見える姿に、地獄の中で救いを見た感じだ。
「あ、ええ。大丈夫です。」
俺は嬉しかった。
ちゃんと俺が見えて俺に話しかけてくれる。
そんな俺の期待に、彼女は答えてくれた。
「大変だったわね。がんばってね。」
そう言ってエリ先輩の母親は作業をするべくどこかへ立ち去って行った。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけだけど、俺は嬉しかった。
ちゃんと俺の存在を認めて、無視することなく相手をしてくれた。
さらっと言葉を交わして立ち去っていくエリ先輩の母親の後ろ姿は、とても頼もしく、かっこ良かった。
ちょっと会話しただけであったが、自分が彼女の見た目で『ヤクザの女組長』とか思った事をちょっと反省した。
「あ!」
俺に話しかける声がした。
「あ。」
思わず俺も、自分に対して声をかける存在に答えて口を開いた。
それは俺の死角の位置である自分の背後から声をかけてきた。
泉さんである。
「どう? 大丈夫?」
俺にそうやって声をかけてくれた泉さんであったが、身体のあちこちに包帯が巻かれている。
それはそうだろう。
警察病院の緊急特別室であんな出来事があったのだから。
泉さんが何気なく俺に話しかけてくれた事を深く感謝した。
「怪我、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、大丈夫。」
泉さんは気丈に元気よく答えてくれる。
あれ?
なんで巫女の格好しているんだろう?
聞いてみよう。
「泉さん、何でそんな格好を?」
一瞬首を傾げて考える泉さんが、なんかかわいい。
そもそも自分好みの女性だし。
「あー、新人クン、新人クンだものねー。」
何訳のわからない事を言っているんだ、彼女は。
「今私たちはこの神社の結界内にいるのね。で、結界内の圧は結構すごいのよ。
普通の衣服じゃボロボロになって持たないし。だから私、結界内の圧でも耐えられる、この神社の巫女の服着てる訳。」
わかったような、わからないような。
自分が呆然としていると、泉さんの小さくて可愛い指が俺の胸をやさしく小突いてくる。
「そう言うキミも耐圧服着てるんでしょ、それ?」
服?
俺が着てる服?
そう言えば俺がきている服はエリ先輩のおじさんの服だ。と言う事はエリ先輩のお母さんの兄か弟と言う事になるだろう。
下着は、エリ先輩の下着だけど。
「いや、これ、先輩の、祭主エリ先輩のおじさんの衣服らしい。だから。」
その言葉に泉さんに一瞬間があった。
「エリさんのおじさん? あ、まあ、いいわ。」
何だその引っかかる言い方は。気になるじゃないか。
ショートボブのちょっと自分好みの可愛い泉さんがいたずらっぽく口を開く。
「と言うより、新人クン、耐圧服来てなくても問題なく結界内で動けてるみたいだし、そう言う人なんだね。やっぱり。」
そう言う人って何だ?
俺は詳しく全体の詳細を聞かされていない。
「だいたいこの件に関わる人って、普通に持ち人と言うか、異能者多いしねー。」
少しとぼけ気味の泉さんの表情が可愛い。
「あの、自分、よく聞かされていないですけど、一体全体、何がどうなって?」
その時であった。
ものすごい衝撃が走った。
バーンと言うような音が伝わってきたかと思うと、目に見えない『結界』の圧の大波が自分たちが立つ周り全体に押し寄せてきた。
思わず大波に身を取られ流されそうになった気分だ。
「え?」
思わず自分は圧の大波が来た方向を視線を向ける。
巫女姿が可愛い泉さんが手に武器を握り締め構える。
「来たわ。」
何が?
何が来たんだ?
黒いモヤモヤや千の手の肉塊か?
そう思っていると、自分の背後から大量の者どもが武器を持って駆けつけてくる。
まさにカチコミに対応する集団だ。
「刹那よ!」
「刹那が来るわ!!」
刹那って、何?
と言うか、あなた方は誰?
どこから来たの?
しかもここは神社である。
神社であるのにも関わらず、仏教系や教会系の衣服を着た者たちもいる。
ある者など、首から十字架のペンダントをぶら下げている。
え? 何で? ここ神社。
何で? どうして? 今までどこに?
気を取り直して、全員が見つめる方向を見る。
この神社全体に貼られた結界。
自分たちが車で駆けつけた社の外。
自分たちが入ってきた通路。
自分たちが通ってきたルートの結界を全て無効化して、正々堂々真正面から入ってくる『刹那』。
それは小さな女の子であった。




