第5話 仄暗い壁の中から(第1部・全16話)
手だ。
手が至る所から伸びてくる。
そう、伸びてくる。
手は『普通』なのだが、腕が違う。
その『腕』はまるで『蛇』のように、無数の『ひだ』のように長ーく伸びてくる。
天井、壁、地面といった、至る所から数え切れないほど伸びてくる。
この通路自体が『手の化け物に飲み込まれて』しまったのかも知れない。
エリ先輩が叫ぶ。
「如月クン! 緊急特別室に戻って! 彼女たちを、二人を守って!」
エリ先輩の言い方や表情が違う。
まるで別人格みたいだ。
さっきまでのキャラはどこへ行ってしまったのか。
あの時と、電車内の時と全く同じ緊張感が張り詰める。
自分が立つ周りの光景を凝視する。
まさに言葉通り四方八方から蛇のように長い手が無尽蔵に溢れかえる。
「如月クン、いいから早く、緊急特別室へ!」
エリ先輩の言い方がちょっと頭に来た。
まるで自分が無能で使い物にならないような言い方だ。
「僕だって先輩のパートナーです! 自分だってできます!」
なんでそんな事を口走ってしまったのか?
パートナー?
自分はエリ先輩のパートナーなのか?
まあ確かにエリ先輩は上司だけど。
だが帰ってきた返事に余計にイラついた。
「あなたにはまだ無理よ! 早く戻って!」
そこまで言う。
何もそこまで!
まあいい。
ちょっと不愉快だけど、エリ先輩の言っていることは真実だ。
まだ自分はこのような状況でどうしていいかわからない。
自分はそこで引き下がりエリ先輩の指示に従った。
エリ先輩は俺に背を向けたまま、通路の奥を見つめている。
そして手袋をしている右手を、まるでターゲットに向かって銃口を向けるようにかかがている。
あれだ。
自分が電車内で見た、あの光景と同じだ。
あの時に、なにがあったのか?
これから、なにが起こるのか?
自分はそれを確かめたかったが、エリ先輩の後ろ姿を見納めして、緊急特別室に向かった。
重い。
先ほどよりも重い。
結界に入った途端、結界の重圧が身体全身に覆い被さる。
水の中を走っているようだ。
無意識のうちに水を搔きわけるように両手で『泳いで』みるがなかなか進まない。
自分の背後で何が起こっているのか?
自分の背後でエリ先輩が何をしているのか気にはなったが、今はそれどころではない。
背後の状態に後ろ髪引かれつつ、やっとの思いで緊急特別室に入った。
だが、ここでも異常自体が起きていた。
さっき、この通路自体が『手の化け物に飲み込まれて』しまったのかも知れない。
と思ったのだが、それは間違いだ。
この建物が、この警察病院自体が『化け物に飲み込まれて』しまったのだろう。
緊急特別室の中は、お祭りになっていた。
「ぎゃーっ!」
「ひでぶーっ!」
「ぐぎゃぎゃー!」
「っくそー!」
叫び声が聞こえる。
え? 誰の叫び声?
緊急特別室の中には、被害者の女性と、ショートボブのかわいい、ちょっと気になる泉さんの二人だけだ。
女性の、しかし激しい射出音とともに聞こえてくる『声』はの太い男の声だったり、恨めしそうな女性の声だったりする。
なんで?
見ると『軽潜水服』を着た泉さんが二丁拳銃で、至る所から迫り来る千の手に向かって発砲している。
なんかかっこいいな。
ちょっと好きになっちゃいそう。
ここも、この部屋の中にも『凶悪な手の群れ』は侵入していた。
泉さんは襲ってくる千の手に向かって二丁拳銃で発砲していた。
さっきから何度も聞こえてくる『絶叫』は銃の発射音とともに響いて聞こえてくる。
良く見ると『銃の弾丸』が叫んでいるようだ。
え? どゆこと?
呆然と立ちすくんで見ていると、泉さんが俺のことに気がつく。
「これを使って!」
先ほどまで撃っていた銃を俺に投げてくる。
「弾がなくなったら言って! すぐに補充分渡すから!」
そう言ってすかさず軽潜水服の腰のフォルダーから別の銃を取り出して二丁拳銃体制を続行する。
え? え? どゆこと?
軽潜水服を着ている泉さんは確かに看護師ではないと言っていた。
自分たちの仲間と教えてもらった。
だからなのか?
泉さんは手際良く迫り来る千の手に向かって発砲を続けている。
俺は泉さんが投げてよこした銃を手に取り、驚いた。
「なんだ、お前。男か。つまらねえ。」
え? え? 何これ? 銃が喋ってる。
しかも良く見たら、何このデザイン?
普通の銃とは違って、なんかゴツい。骨っぽい。
思わず『言葉を話す異形の銃』を見てぼうっとしてしまった。
「おいこら、敵来るぞ。早よ撃て。」
その言葉で我に帰る自分。
だが『言葉を話す異形の銃』は自らターゲットを目指して自身の銃口を向ける。
まるでAIが発達したオートマチック自動発砲銃だ。
自分の顔目前にまで迫ってくる『千の手』の群れ。
「わ!」
思わずトリガーを引く。すると。
「ぎゃああーっ!」
「どゅらーっ!」
発砲音?とともに絶叫音が響く。
その弾丸はまるで誘導ミサイルのように自らの意思で軌道を変え、迫り来る目標に向けて空を切る。
その弾丸が当たると、迫り来る千の手が悲鳴をあげて絶命する。
なんなん?
これなんなん?
うるさいと言うか、やかましいと言うか、どう言う現象?
困惑している自分の横で、華麗に二丁拳銃で千の手たちを撃破する泉さん。
なんかかっこいい。
そんな憧れるほどかっこいい泉さんが冷めた口調で俺に冷たい言葉を放つ。
「それ、怨念の銃弾使ってるの。キミ、知らなかった?」
知らねーよ。
てか、知ってるわけねーだろー。
華麗に二丁拳銃をぶっ放し、まるでダンスを踊っているかのように千の手を撃破していく泉さん。
耐圧服という軽潜水服を着て、ヘルメットから見え隠れする泉さんの表情と踊れ乱れるショートボブの髪が素敵だ。
緊急特別室の天井にモコモコと吹き溜まりが出現する。
「あれは、コアね?」
泉さんの言葉に、自分も釣られて天井を見る。
モヤモヤとしたモコモコとした雲のような、蜘蛛の巣のような塊が視線に飛び込んでくる。
「これも使って!」
そう言って、彼女が使っていた『異形の銃』を俺に投げつける。
「わ!」
驚いて素早く受け取る。
「あら、こっちは男なのね。良かったわ。」
え? 何? こっちの異形の銃も喋るの?
こっちは『女』?
そう戸惑っていると、両手に持つ『二丁拳銃』が会話し始める。
「おい、お前。浮気はやめろ。」
「だって、若い男の方がいいじゃない。」
何だ?
何言ってんだ、この両手に持つ二丁拳銃は。
俺は気が狂いそうになったがそんなこと言ってる場合ではない。
天井に出現した『コア』目指して、二丁拳銃を向けて発砲する。
その発砲音が尋常じゃない。
「レッツ、ローック!」
「イエイー!」
俺にはそう聞こえた。
「ぐぎゃー!」
「グヤジー!」
「っきしょー!」
そう言って、放たれた『怨念の弾丸』はターゲットを目指して飛んでいく。
その横で、軽潜水服の両脇から刀二本をスパッと取り出した泉さんは今度は二刀流で戦い始める。
器用に二本の刀を振り回し、そして襲いかかってくる千の手を切り刻んでいく。
床にボトボトと刻まれた残骸が落ちていくも、まるで沸騰して蒸発していくように消えていく。
ちょっと気になるショートボブの泉さんをいつまでも観察しているわけにはいかない。
「ほれ!」
「ぎゃーっ!」
「そりゃ!」
「っきしょー!」
自分の撃つ『二丁拳銃』は発砲音とともに『喋る銃』の声、発砲された『怨念の弾丸』が千の手に向かって飛んでいく。
泉さんが『コア』と呼んでいる、天井に張り付いて出現した『モコモコ』は蛇のように長い『千の手』触手を伸ばして、
カプセルの中にいる被害者の女性を狙っていく。
狙いは彼女か。
電車の中での『黒いモヤモヤ』もそうだった。
どうする?
どうやって彼女を守る?
泉さんも二刀流を繰り出すも苦戦している。
そういえばサキュバス先輩はどうしてると思った瞬間、すごい圧が来た。
結界内の圧を大波のように流れる圧。
うわ! これ、何だ?
そう思っていると注射器のようなカプセルが、コロコロと結界の圧に流されて俺の足元で止まる。
注射器?
それにしてはちょっと変わった形だ。
これが転がってきた先は自分が苦戦している緊急特別室の入り口だ。
俺がそこを見ると同時に叫び声がした。
エリ先輩だ。
「如月クン! それを投げて!」
どうやら敵と戦うエリ先輩が持っていた物のようだ。
エリ先輩は強大な『千の手の塊』に身体ごと廊下の行き止まりの壁に押しつぶされている。
自分がいる離れている位置からも、モコモコとした巨大なマリモのような物体から蛇状の腕と
その先の細長い手の数がエリ先輩を覆いかぶそうとしている。
これじゃあ、まるで犯されているみたいだ。
「これを!」
呑気な事を考えている場合じゃない。
俺は結界内の、まるで水圧のようなプレッシャーをかき分け、注射器を掴み、エリ先輩に投げる。
「ありがと!」
そう言ってギリギリの線で注射器を掴んだエリ先輩が叫ぶ。
俺に。
「見ないで! こっちを見ないで!」
何言ってるんだ、エリ先輩は?
俺が投げ返した注射器を受け取ったエリ先輩は、俺への感謝の束の間、高圧的な態度で俺に命令する。
こっち見ないで、って何だよ。
ひどいな俺の扱い。
確かにぼーっとエリ先輩の動向をのんびりと見ている場合ではなかった。
緊急特別室の中では、俺も含め、泉さん、被害者の女性がピンチを迎えていたのだから。




