第4話 眠れる森の美女(第1部・全16話)
緊急特別室のドアが開く。
そこ光景に思わず結構な大きな声で驚きの声をあげてしまった。
よくある展開の一つである。
アニメやゲームの展開の中の、あるある展開である。
そこはそれまでの通路の雰囲気を一変して、まるでそこは秘密研究所のようであった。
実際、秘密研究室であることは後々わかるのだが、今はそんなことは知ったことはない。
メカだらけ。
機器だらけ。
だがそれは角張っているのではなく、丸みを帯びた円型や球形の機器の数々、有機的な臓器のように蠢くパイプの数々。
サイバーパンクというよりスチームパンクというのならそうなのであろう。
ルイジ・コラーニっぽいと言えば、そうである。
ルイジ・コラーニって誰?
おかしいのはそれだけではない。
お札。
盛り塩。
藁人形。
依り代も至る所にある。
そして驚いたのは、緊急特別室の真ん中に『病床』がある。
『病床』と言っても、病院のベッドではない。
カプセルだ。
アクション映画やゲームで見たようなカプセルが部屋の真ん中にどどんと置かれている。
そのカプセルには至る所から有機系のパイプが何本か繋がっている。
そしてそのカプセルの中に入っているのが、『被害者』のはずだ。
あの時電車の中で、敵種と呼ばれる黒いモヤモヤに追われ、逃げていった被害者の女性。
半分記憶はないけれど、エリ先輩が右手を、右手の手袋を掲げて、魔法陣みたいなものを張り巡らせて戦った時の『被害者』の女性。
驚きはまだ終わらなかった。
カプセルの中に入り、充満した液体の中にいる『被害者』の女性の姿、それは半分人間ではなかった。
呆然と驚いている俺の横で、まるで無菌室に入る時のような厳重な衣服に包んだ人影があった。
それはまるで、薄い『潜水服』。
『軽潜水服』というのがあるのなら、たぶんこれを指すのだと思う。
軽潜水服を着て作業をしていた人物を見て、僕は無限に固まってしまった。
軽潜水服の人物が怪訝そうにエリ先輩に話しかける。
「この人は?」
「あ、ごめんね。騒がせて。私の新しい部下。」
「ですよね。耐圧服着なくても平気にしてますから。」
そう言って軽潜水服を着た彼女はおどけて見せた。
耐圧服着なくても平気、って何?
まあ、たしかに『結界』に入って動きずらいと言うか身体が結構重いですけどね。
ほら『夢の中で一生懸命走ってるのに身体が重くてスピードが出ない』てな感じ。
感じといえば、この人誰? 結構馴れ馴れしい。
ちょっと先輩に聞いてみよう。
「先輩、この方は?」
「あ、紹介遅れてごめんね。この人は、とある機関のスタッフの方よ。看護師じゃないわ。」
とある機関、ってなんだ? よくあるよね、とあるナントカ。これもそうなのか?
と言うか看護師じゃないのになんで病院の緊急特別室にいる?
まあここは警察病院だから『普通の病院』とはちょっと違うわ。
そもそも何で警察病院にとある機関と言う別の所属者がいるわけ?
「泉です。よろしくね。」
透明なヘルメット上の頭部に見える彼女の顔。
狭いヘルメットの中でショートボブであろう髪型が暴れている。
「僕は」
と言いかけてエリ先輩が進行をさっさと進める。
「彼は如月クン。つい先日うちの部署に入った新人クン。で、どう?」
なんだよ、せっかくこの軽潜水服の彼女とちょっと会話したかったのに。
なぜなら、ちょっとだけ気になるタイプであったから。
せっかくだから、少し彼女の情報を知りたかったのに。
なのに話題はもうすでに変わっていた。
気がつけば二人は僕を置いてきぼりにして捜査対象物である『被害者の女性』に、カプセルの中にたたずむ女性に視線は向かっていた。
「良好です。意識もあります。」
「敵種の残滓は完全除去できてるの?」
「ええ。エリさんの処理が正確だったので。敵種の残留粒子は完全に除去できてます。」
「仕事ですからね。」
「助かります。」
おいおいおい。
俺は仲間はずれか?
俺は空気か何かか?
と言うか、何言ってる?
何の単語かよくわからん。
それに俺はあの時、なぜか気を失っていたからエリ先輩の『的確な処理』なんて全然知らん。
あの時、何があったんだ。
俺を置いて二人は話を先に進める。
「聞こえますか? 気分はどうですか?」
エリ先輩の問いにカプセルの中で『収容』されている被害者の女性=ハルミ・キョウコがスピーカーを通じて口を開く。
「あ、あの、ここはどこですか? 私はどうしたんですか?」
意識はあるものの、少し朦朧としている。
身に起きた事件の影響によるものなのか、
それとも鎮静剤等の投薬の影響によるものなのか。
なぜならそれも納得できる。
電車内での事件の被害者である彼女の身体に異常は起きている。
上半身は特に問題はないのだが、下半身が普通ではなかった。
それは『異形』なモノ。
それは『怪物』のような下半身。
まるで重金属に変化したような黒光りする鋼鉄の鱗の鎧のような肌であった。
もし鎮静剤を打っているとしたら『化け物化』した自分の下半身を見て取り乱さないようにするためかもしれない。
「もう大丈夫。あなたは問題はないわ。ここは警察病院よ。あなたの身に危険な事はもう起きないわ。」
エリ先輩が淡々と安心させるように、まるで子供をなだめるような語り口で会話を続ける。
あれ?
子供を癒すような語り口、俺もなんかされたなあ。
ちょっと悔しいと言うか、羨ましいと言うか。
しかし被害者の彼女は、地下鉄車内では気付く余裕もなかったが、
透き通るような白い肌。
肩にかかるぐらいのちょうど良い長さの髪。
そして幸薄そうな少し翳りのある表情。
どれをとっても魅力的であった。
エリ先輩に比べたら、まさに月とスッポン。
だけれども、そんなこと口に出せるはずもなかった。
だがしかし、下半身は異形の身体。怪異の下半身。
上と下ではとても同じ個体とは思えなかった。
エリ先輩が淡々と被害者の女性に問い続ける。
「あなたを追いかけてきたあの敵種、あの化け物を見たのは今回が初めて? それとも今までに見たことはあるの?」
警告音が鳴る。
耐圧服という名の軽潜水服を着る泉さんがすぐ近くにあった機器をいじり、警告音を止める。
「エリさん、これ以上は。」
ほぼほぼ謎解き途中で部屋を追い出された。
耐圧服という名の軽潜水服を着た泉さんに掃き出されるゴミのように緊急特別室を追い出された。
エリ先輩と俺は仕方なく部屋の前の廊下を歩き出す。
改めてこの通路を見ると不気味だ。
お札や盛り塩はもちろんの事、緑色の光を放つ監視装置?も複数至る所に配置されている。
あいかわらず身体が重い。
プールに入って水の圧力を受けて歩いているような動きにくさと身体の重さだ。
これは本当に『結界』内に入ったせいなのか。
だから泉さんは軽潜水服を着ていたのか?
じゃなんでエリ先輩と俺は着なくてもいいんだ?
謎だらけで真相を知りたくなるのは当然で、何か詳細を知っている上司のエリ先輩に聞くことにした。
「とある機関、ってなんですか? とあるって、なんかどこかで聞いたような。」
その質問が終わると、急に身体が軽くなった。
『結界』を歩いて出たのだ。
『結界』を出た通路の角に到達した頃、エリ先輩が訳のわからない質問をしてきた。
「如月クン、あの子のことが気になったんでしょ?」
「は?」
わけがわからん。
これはひょっとして、あれか?
俺の質問をとぼけるための作戦か何かか?
きょとんとする俺の表情を無視して、エリ先輩は問い続ける。
「如月クン、泉の事が気になってるでしょ?」
「え? いや、なんで突然。」
「見てればわかるわ。あの子のファン、結構多いから。」
いや確かに。
初めて見た時、耐圧服という軽潜水服を着たヘルメット越しだけど、
髪が乱れたショートボブの彼女の存在に、言わばその『一目惚れ』的な感じはあった。
だが、ほとんど無視されて自分は相手にされていない、空気みたいにしか認識されてなさそうだったので、ちょっとそれは悲しかったけど。
「あの子、結構人気で、この間なんかも別の部署から紹介してくれませんか?とか、連絡先教えてくれませんとかいっぱい言われて。失礼しちゃうわよね。私だって女なのに。」
いやいやいや。
相槌も打てないし返事もしずらい。なんて答えりゃいいんだ。
「若いって、いいわよね~、ほんとに。如月クンも彼女みたいな若い子、好きでしょ?
それに被害者の事もずっと見つめてたし。やっぱり若い子の方が好きなのね。」
そうだよ。
そうですよ。
だけどここは本心を言うのは良くない。
ここは嘘でもそれを否定しなくては。
一応、と言うか、エリ先輩は自分の上司だし、しばらくは今の部署での勤務のはずだから。
異動願い、早めに書いとこうかな。
「そ、そんな事ないですよ。恋愛に年齢は関係ありません。」
「本当?」
迂闊だった。
エリ先輩の目が輝いている。
ここはこのモードで突破しよう。
「ええ、本当です。僕は歳なんか気にしません。それに、先輩のようにいろいろ経験豊富の人の方が好感持てますね。」
社交辞令であった。
社交辞令であったのに、エリ先輩は爛々と目を輝かせて僕を見る。
「本当? こんなおばさんでもいいの? 嬉しいわ。」
嬉しい。
確かに嬉しい。
自分の長身から見下ろす小柄のエリ先輩の胸元から胸の谷間まで見下ろせて嬉しい。
エリ先輩の家で半裸状態の彼女の胸もどストレートに見た。
だが若さが全てに勝るのは言うまでもない。
「ちょっと待ってね。」
エリ先輩はふと立ち止まり電話を取り出してかけ始める。
「あれー、電話に出ないわ。留守電に切り替わったわ。」
「誰にかけてるんすか?」
「課長。一応報告しないと。」
あー、9時5時でやる気のない課長。
今もう時間外だからな。
きっと猫の世話で忙しいんだろ。
きっと猫の前ではデレデレなんだろうな。
エリ先輩は留守電に切り替わるのを待っている。
メッセにすりゃあいいのに、これだから年寄りは。
「祭主です。今、警察病院の確認を終わりました。被害者は特に問題ありません。
回収した敵種の残滓の処理はその後どうなってますでしょうか?
状況確認も含めて、私と如月クンは今日ここに残ります。」
待て待て待てー!
ちょっと待てー!
いろいろ謎の聞きたい事がいっぱいだ!
被害者が問題ない? あれで?
敵種の残滓って何?
で、なんで自分もエリ先輩とここに残る?
すごいなパワハラ!
まあ、警察だし刑事だからそうなのかも知れないけれど。
「メッセ等で連絡事項送ったりしないんですか?」
課長への電話をかけ終わりスマホを覗き込んでるエリ先輩に問いかけている。
こっちの方を見ない。
自分の身長はエリ先輩よりも高い。
相変わらずキレイで大きい胸と奥深い胸の谷間が視線に飛び込んでくる。
今すぐそこに顔を埋めたくなったが、それどころではない。
「うーん、緊急時は直電のほうが早いのね。打つより喋ったほうが。」
「まあ、そうですけど。」
スマホを見続けるエリ先輩。
胸の谷間を覗き続ける自分。
スマホに夢中で気がついてないからいいや。
「もう一件、かけるから待っててねー。」
「はあ。」
相変わらずマイペースである。
「あ、お母さん? 私。今警察病院にいるんだけど、如月クンとここに残ります。
特に問題ないけれど、爆裂増殖か超過覚醒するかもだから、万一の時はお願いね。」
いやいやいや、待て待て待て。
お母さんって、あの母親だよね?
エリ先輩の、あのお母さんですよね?
爆裂なんとか、って何?
超過なんとか、って何?
万一の時って、何?
あんたの母親『一般人』だろ?
何言ってるんだ?
「それでね、如月クンなんだけどさ。あれ? 切れちゃった。」
何だよ? なんで俺の話題で電話切れるんだよ。
ひょっとして、俺、ヤクザなお母さんに嫌われてるのかな?
まあ、それでもいいし、良くないし。
「何もいきなり電話切る事ないのに、お母さんったら。」
通路の照明がバチバチ言っている。
何度か点滅したかと思うと、いきなり照明が切れる。
自分たちのいる階の通路の照明が突然落ちる。
「あれ? 停電ですかね? 警察病院なのに、めずらしいですね。」
「いえ、違うわ。これは。」
その時のエリ先輩の表情、先ほどまではのんびり天然風の雰囲気であったが、今このセリフを言っているエリ先輩の表情。
そう、あの電車内で見た表情だ。
エリ先輩の表情が真剣なモノに変わる。
「来るわ。もう、来てる。」




