第10話 いれずみの母親(第1部・全16話)
「如月クン、如月クン……。」
エリ先輩がベッドの上でうなされている。
もちろん病室にはカーテンがあって、ベッド上のエリ先輩の状況は確認できない。
妖艶な魔少女・刹那たち敵種の襲撃後、負傷した大量の仲間たちを治療している。
エリ先輩以外の仲間たちの中に泉さんもいる。
妖艶な魔少女・刹那によって『体内が裏返っている』山伏の姿もあるはずだ。
カーテンがあって見えない。
自分も中に入って手伝いたかった。
気安く近づけない状況であった。
自分は大して怪我をしていない。
自分がほぼダメージがないのは、飛ばされた時に受け皿になってくれた泉さんのおかげもある。
だがそのせいもあって、泉さんのダメージはすごかった。
泉さんの状況も気になる。
何よりも、エリ先輩の状態がとても心配だ。
思い余って、治療の手伝いをしようとカーテンを越えて中に入ろうとした。
その時『待った』が入った。
エリ先輩の母親である。
「見ないでくれる。悪いけど。」
そうだ。
そりゃ、そうだ。
エリ先輩の姿は、まだ半獣半人、半魔半人の『覚醒モード』から元に戻っていないのだろうか。
いくら何でも、そんな姿の自分の娘の姿を『他人』に見られたくないのかもしれない。
それがたとえ、自身にも刻まれたいれずみのある、まるで『ヤクザの女組長』のような風貌の母親であっても同じだろう。
エリ先輩の母親が俺を外に出るように促す。
そうだ。
確かにそうだ。
俺がここにいても何もできない。
エリ先輩の事が気になるが、無駄にここで邪魔していてもしょうがない。
エリ先輩に嫌われ無視されているみたいで、まだ仲直りはしていない。
だが、いつまでもここにいても仕方ない。
俺は後ろ髪引かれる思いで、エリ先輩の母親の指示に従い、外に出た。
廊下でエリ先輩の母親が俺を待っていてくれた。
壮観な顔立ち。
鋭い目つき。
すっとした鼻筋。
柔らかそうな口元。
鍛えられたその肉体。
ちょっと小太りのエリ先輩と比べると、まるで別タイプのスレンダー美人だ。
と言う事は、エリ先輩は父親に似たのかな?
長男は母親に、長女は父親に似ると言う説もある。
それにしても、エリ先輩の母親は色っぽい。
戦闘の結果、はだけた和服。
その隙間から見え隠れする白い肌。
乳房の形。
見え隠れする股間の陰毛。
下着つけていないのか?
エリ先輩は黒。
泉さんは白。
エリ先輩の母親はノーパン。
なんかバリエーション様々だ。
そういえば、妖艶な魔少女・刹那はノーパンだった。
エリ先輩の母親もノーパン。
もっとも、エリ先輩の母親には陰毛がチラチラ見えたが、刹那はハイパンだったようだった。
身体全身が発光していたからよく見えなかったが。
ノーパンの方が力出るのかな?
でも陰毛ハイパンは関係なさそうだ。
自分は今、先輩のパンツを履いている。
俺も脱ぐか? それともこのままでいい?
そんなことを考えていたら、俺の股間がテントを張り出した。
ちょっと恥ずかしいのでエリ先輩の母親には見えないようにしよう。
俺のすぐ横に立つエリ先輩の母親を見る。
その母親の白い肌に刷り込まれた梵字のような刺青の数々。
戦闘時には青く光っていたような記憶がある。
魔種に対して耐性効果があるのか?
それとも自分自身に対しての戒めか?
「その服、よく似合ってるわね。」
少し俺より背が高いエリ先輩の母親が見下ろしてボソッと呟く。
「え?」
思わず俺は見上げた。
その時のエリ先輩の母親の表情はこれまでと違って、どこか懐かしそうに遠くを見ているような表情であった。
「その服、よく似合ってるわ。」
俺は慌てて経緯を説明しようとした。
「あ、いや、これは。」
その直後、エリ先輩の母親は驚くべき内容を口にした。
「若い頃のあの人に似てるわね。」
「え?」
俺はその言葉に、話すべき言葉を失った。
「亡くなった若い頃のあの人に似ている。」
おもむろにエリ先輩の母親は、白く綺麗な長い指で俺の首筋、後毛付近を懐かしそうに触る。
何かとても気持ちいい感触だ。
恍惚な表情を浮かべたエリ先輩の母親は柔らかそうな口元で囁いた。
「だからあの子も、君を選んだのかもね。あなたに亡くなった父親の影を見たのかも。」
え?
え?
なんすか、それ?
この服、すっぽんぽんになった俺に、エリ先輩が着せてくれた『おじさん』の服じゃなかったんですか?
俺はその言葉に理解できず、今すぐエリ先輩の母親の柔らかそうな唇に身体全身ごと食べられてしまいそうな感覚の中、混乱した。
よくわからん。
何が何だかわからん。
俺は冷静さを取り戻して、どストレートにエリ先輩の母親に自分が抱いた疑問を一気に問いた。
「いったい、何が起こってるんですか? 自分には何が何だか。この神社での出来事は?
なぜ色んな、宗派?の人たちがいるんですか?
そして、あの謎の、刹那?って言う少女は何者なんですか?」
自身の首筋の後毛をゆっくり撫で、一息ついてエリ先輩の母親は答えた。
何を言っているのかよくわからない。
だけどエリ先輩の母親は真面目に丁寧に答えてくれた。
「ここは神社。私は宮司。この神社は私たち『宗教有志連合騎士団』の本拠地の一つ。
いろいろな宗教の有志の人たちと協力しあって戦ってるの。
もちろん如月クン、あなたの所属する警察も有志連合の一つ。まあ、非公然の秘密結社みたいなものね。」
騎士団?
宗教有志連合騎士団?
え?
は?
アニメやゲームの見過ぎ?やりすぎ?
だが自分の身に起きた事象や、目の前で起きた出来事は、それを納得させるだけの説得力はあった。
「じゃ、じゃあ、あの刹那とか言う少女は何なんですか? やっぱり『敵』ですか?」
自分の首筋の後毛をいじるのをやめ、その細長い両手の指を股間の前に置き、真面目な目つきで答えるエリ先輩の母親。
「『あれ』は人間じゃない。敵種の、たぶん親玉。姿形は人間の女の子だけど、それが本体かどうかはわからないわ。」
妖艶な魔少女・刹那の可憐でかわいいその姿が本体ではなく、その実態はわからない。
って言う事は、あの幼児体型の姿は仮の姿なのか?
その正体は、目を覆うほど小悪な化け物なのか?
信じたくはなかった。
俺は、それだけは信じたくなかった。頑なに。
「彼女の、刹那の目的は何なんですか?」
俺はふと気がつくと大真面目な表情でエリ先輩の母親の顔を見つめていた。
彼女も真剣な眼差しで俺を見ている。
気がつくと、近い。
たぶん30cmぐらいの近さにお互いの顔が近づいている。
エリ先輩の母親のわずかな息遣いが、落ち着いた呼吸が、俺の顔ですごく感じ取れる。
それこそ、エリ先輩の母親の顔の皮膚呼吸も感じ取れるのではないか。
戦闘で乱れた和服の間から、その首筋から、何とも言えない香りが俺の鼻を刺激した。
「あいつの目的は、刹那の目的は、ゲートを開いて、彼岸と此岸を繋げる事。そして、」
真剣な眼差しで見つめ合う俺とエリ先輩の母親。
このままでいったら二人はキスしてしまうんじゃないかと思うくらいの距離感であった。
『若い頃のあの人に似ているわね』
エリ先輩の母親はそう言っていた。
と言う事は俺が、亡くなった?亭主に似てるって事?
このままキスしてもいいかな?
年上の女性は特に別に趣味ではなけど、その潤んだ唇にキスしちゃってもいいかな?
そう思っていた時、廊下のはるか向こうの先から、悲鳴があたりに響き渡った。
「如月クン、こっちよ!」
「はい、わかりました!」
俺とエリ先輩の母親はすでに悲鳴が聞こえた方向へと走り出していた。
よく知らないこの神社の建物内。
当然細かい道筋は当然の事ながらエリ先輩の母親の方がよく知っている。
俺はエリ先輩の母親に導かれ後を走る。
きっとエリ先輩の母親は、大きな胸をゆらせて走っているのだろう。
優雅にはだけた和服から見え隠れするであろう『それ』はとても興味深く感じる。
年齢にそぐわないピンと張った胸。
綺麗な乳房にも刻み込まれた梵字のような呪文の刺青。
とても感応的だと思う。
だが今は、俺は前に回ってそれを拝む事はできない。
前を一生懸命走るエリ先輩の母親の後ろ姿を見る。
ボロボロになった和服の襟足から見える、乱れた髪の毛が上下左右に揺れてとてもきれいだ。
エリ先輩の母親の身体全身から発せられた汗の匂いが勢い風に乗って俺の鼻につく。
だが嫌な感じはしない。
むしろ懐かしく気持ちのいい気分だ。
きっと経験豊富な大人の女性の妖艶な香りだろう。
妖艶な魔少女・刹那から匂い伝わってきた第二次性徴期の若く強い香りとも違う。
そのような事ばかり考えている暇はない。
こちらの方でも敵種の魑魅魍魎群と戦ったらしい状況は残っている。
あちらこちらに、疲れ果てて床に、廊下に転がる人たち。
さすが『宗教有志連合騎士団』と言うだけあって、その姿は神道系だったり、仏教系だったり、
教会系の衣服を纏っている人も多い。
そう言えば泉さんはどこの所属なんだろう?
様々な様相の人たちを見て、俺はふと疑問が浮かんだ。
自分たちの本来の所属が警察だから、泉さんはひょっとして自衛官かな?
勝手な想像だけど泉さんは陸上自衛官なのかも知れない。
きっとそうだ。
チャンスがあったら今度泉さんに直接聞いてみよう。
だけど泉さんは今、病室のベッドの中。
今はそんな疑問は後回しだ。
とにかく悲鳴の声の主を探さなくては。
「この先!」
角を曲がったエリ先輩の母親がひときわ早足で進んでいく。
この先にまだ敵種は潜んでいるのか?
敵種の親玉?であろう妖艶な魔少女・刹那は何か残滓を残していったのか?
答えは予想外であった。
怪物がいる。
そこに怪物がいる。
誰がどうみても、その目には『怪物』に映るだろう。
巨大な頭。
楕円形の頭部を持った異形の『それ』はエリ先輩の母親が駆け込んだ大広間の入り口付近にいた。
敵か?
これからまた、戦いが始まるのか?
答えは予想外であった。
「なんだ、モーターヘッドじゃない。驚かさないでよ。」
エリ先輩の母親は大広間内を見回して、一息ついて安心した。
何が?
何んでこんな異形の風貌を見て、一安心できるんだ?
その姿はまさに異形。
頭は巨大な楕円形の機械製の円盤のような頭部。
キラキラと複数の小さな光をチカチカさせる。
CPUが電気を大量に消費するのか、至る所にある小さな吸排気口から換気と排熱を繰り返している。
それはまるで、宇宙人のUFOみたいな頭だ。
宇宙人と言うかサイボーグと言うかエイリアンみたい。
てか、宇宙人とエイリアンって同義語だったか?
だが、それ以外は普通の人間体。
その身体は、二十代の女性のようであった。
身体の線に合わせてピッタリと張り付いた密着スーツは、その胸とくびれ、腰を強調していた。
驚いている俺に気がついたエリ先輩の母親は、一安心した表情を浮かべて俺に説明する。
「彼女はモーターヘッド。私たちの組織・宗教有志連合騎士団のメンバーよ。安心して。」
全力疾走で駆け込んで、はあはあ言いながら乱れた呼吸を整えている顔の赤いエリ先輩の母親もなんか微笑ましい。
ちょっと色っぽく大人の色気を感じた。
では、叫び声は?
大広間の奥、目を覚ました被害者のハルミ・キョウコが驚いて怖がっている。
もっとも驚いたのはモーターヘッドが『しゃべった』事だ。
「ちょうど私が彼女の容態を確認しようと顔をのぞいた時に、目を覚ましたんです。彼女が。」
おお。
聞こえる。
ちゃんとした人間の声に聞こえる。
すこしメカっぽい音声も混ざっているが、八割九割人間の声だ。
そりゃあ被害者の彼女も驚くだろう。
目を覚ましたら、まるで宇宙人のような巨大な楕円形の頭をした人物が自分の顔をのぞいている。
気がついて周りを見ると、見ず知らない巨大な大広間。
そしてそこには見たこともない巨大な機器類やパイプ。
楕円形の分析装置?だったり、巨大なモニターだったり、無駄に入り組んだ無数の複数のチューブが目に飛び込んできたら、それは驚くだろう。
魑魅魍魎などの伝統的妖怪に追われていると思ったら、目を覚ましたら今度はメカっぽい宇宙人のような『モノ』がいる。
そりゃ、驚くだろう。
「彼女、目を覚ましたのね。」
エリ先輩の母親が淡々と口を開く。
「はい。今精神的に不安定ですが、身体の状態はほぼ回復しています。」
エリ先輩の母親が、巨大な大広間の中央に置かれている、被害者の彼女のベッドに近づいていく。
「来ないで! やめて! 怖いわ!」
そりゃそうだろう。
宇宙人みたいなキャラの他に、今度は身体全身に刺青が彫られたヤクザの女組長みたいな風貌が近づいていくんだ。
俺だって怖いと思うわ。
モーターヘッドが歩み寄るエリ先輩の母親を腕で止める。
「今は安静にした方が。そうしないと、興奮してまた『発動』するかも。」
発動して変化する。
自分も見た警察病院の緊急特別室での彼女の変化したその姿。
燃え盛る炎を発生させ、あらゆるものを焼き尽くし、だがしかし彼女自身の身体はとりあえず問題ない。
「まだコントロールできないのね。わかったわ。」
そう言ってエリ先輩の母親は俺に目配せして、モーターヘッドとともに大広間から出ようとした時、声がした。
「待って! ひとりにしないで! 怖い!」
そうだろう、まあそりゃそうだろう。
自分が残ろう、とそう決意の表情を上げたエリ先輩の母親に、被害者の彼女が拒否をした。
「いや! この人がいいわ。彼を私のガードにつけて!」
え?
俺?
何で俺?
『私のガードにつけて!』
その言葉の持つ意味を、すぐ後で知る事となる。




