025
深夜、窓から見える村は闇夜に包まれ静まり返っていた。
バゼルも今日はもう就寝しようと、読み終えた書類を仕舞っていた。
「お休みのところ、失礼します」
唐突に、ドアが叩かれる。
許可を出すと、入ってきたのはレイネともう一つの宿舎の組合員。
「ラルゴたちが宿舎から抜け出したようです」
「何?まて、たちと言ったな、何人だ」
「ラルゴ、カーフ、フェルド、カラマフの4人です」
「誰にも一声をかけずにか?」
はい、と頷く部下を見て、頭が急速に冴えていく。
常日頃から私用であっても出歩くときは、連絡するように徹底させていた。
酒場に行っているだとか、散歩だとかそういった理由ではないはずだ。
楽観視してはいけない、嫌な予感があった。
数刻前に見た、『堕落の魔女』に対するラルゴの積極的な姿勢が思い出される。
「まさか、堕落の魔女に手を出したのか?」
衆人環視の元で強奪するなど。後のことを考えれば言語道断だ。
額に冷や汗が滲む。
外套を、部屋着の上から身に纏う。
「ヤシウ!緊急だ」
彼の部屋のドアを乱雑に叩くと、慌てた様子が聞こえてくる。
「はいはい、どうしました」
寝ぼけ眼で、顔を出す。
「ラルゴたちが、『堕落の魔女』に手を出したと思われる。すまないが、魔法具店まで案内してくれ」
柔和な顔が、驚愕から目が見開かれる。
「承知いたしやした」
「レイネは全員をたたき起こして、合流してくれ」
魔法で身体能力を強化しつつ、後ろに控える彼女に指示を飛ばす。
隠密性を優先して、馬は使わない。
「……急ぐぞ」
道中で、行先から高濃度の魔力を感知した。
魔法に精通していない非魔法使いでも気づくレベルだ。
ほどなくして、魔道具店までたどり着いた。
魔道具店の一角が、吹き飛ばされていた。
事が起きてからそれほど時間が経っていないのか、土煙はまだ辺りを漂っていた。
店の人間は姿が見当たらず、肝心のラルゴたちだけが瓦礫の前で膝をついていた。
外傷はなさそうだが、立ち上がる気配がない。
まるで、立とうという気持ちが失せているかのようだった。
症状を見たのは初めてだが、知識として知っていた。
「……ああ、」
襟をつかみ、顔を無理やり起こすが焦点が定まっていない。
「しっかりしろ!」
声を掛けながら、強く顔をひっぱたく。
何度かそうしていると、混濁していた意識が定まってきたようだった。
「もう、いい。大丈夫だ」
「なにがあった?」
「魔道具店のガキが魔法書との契約に失敗したようすだった。そこから、ラプラスがガキを連れて去っていった」
「子供が契約を?」
「どう見ても失敗した様子だったがな」
「貴様が無様に膝をついていたにその子供は関係なく、『堕落の魔女』によるものか?」
本部から回っていた情報によると、「堕落の魔女」が契約している魔法書は、極めて異例のことだが二冊ある。
「堕落の魔法書」と「伸長の魔法書」。
ラルゴが陥っていた状態は、前者の魔法書によるものだろう。
「堕落」は感情の強要だ。怠惰な感情を強要されたのだろう。
物質を操ることが多い一般魔法に比べて、精神に干渉する魔法は極めて異質。
「……ああ、くそっ。そうだよ」
棘のある言い方が気に障ったのか、『堕落の魔女』に一杯食わされたのが屈辱だったのか、今にも感情が爆発しそうな剣幕で肯定した。
「ラプラスはどちらに逃げていった」
「森だ、あっちの森のはずだ」
ラルゴが指した方角は、アルゴナウタイが停泊している方向から離れている。
そのことに内心安堵していると、レイネ率いる残りのメンバーが集う。
「バゼル様、全員揃いました。いかがなさいますか?」
「総員、傾注。我々の目的である魔法書は、魔道具店の子供が契約を暴発させたようだ。そして、『堕落の魔女』が件の子供連れて逃走中だ」
「騒ぎを丸く収めるためには、追いかける以外に選択は残されていない。いかに『堕落の魔女』とて、暴走した契約者を連れて遠くまでは逃げられないはずだ。追いつめて、両方とも仕留める」
ラルゴの思惑通りではあるが、本人は苦々しい表情を浮かべていた。
森の中を、隊列を組み全員が早駆けの魔法を駆使して駆け抜けていく。
身軽なものを先頭に、前衛を続けさせて、指揮の要である自身の周りは固めさせる。
先頭を進む者たちは、元は盗賊に身をやつしていたり、裏家業に携わっていた者たちだ。
暗闇の中であっても、足跡などの痕跡から追跡することが出来た。
追跡は彼らに任せて、バゼルはこの件を処理した後のことを考えていた。
(村人たちへの説明は、子供が不慮の事故で契約し逃走した、と。『堕落の魔女』と店主が追うも暴走した子供の魔法に巻き込まれて死亡してしまう。魔力に気づいた我々が遅れて現場にたどり着くも手の施しようがなく、二次災害を防ぐため子供も手にかけた)
不慮の事故で契約が起きたことなど、事実を織り交ぜて都合のよいシナリオを考えていく。
彼が最も危惧していることは、アルゴナウタイの介入だった。
(『堕落の魔女』はあの船に乗っていた以上、黙っていることは間違いなく無いだろう。うまく言いくるめるためにも、目撃者は全て始末する必要がある)
村人はラプラスが契約者であることは知らない、違和感はないはずだ。
(大丈夫だ、目撃者はラプラスと老婆だけだ。我々の行動も早かった、間に合わせられるはずだ)
先頭を進む隊の足が止まっていた。
そのことに、遅れて気づき足を止めた彼らのその先に目を向けると。
「なぜ、貴君がここにいるッ?」
行く手を塞ぐように、一人の男が立っていた。
「よお」
アルゴナウタイ船長――アルフレッド・アンダーブラッドが闇夜の中、佇んでいた。
次の更新は、21日の予定です。




