024
腕を枕に、深い眠りについていたラプラスは、膨大な魔力を感じて飛び起きた。
魔力の発生源は、すぐ傍だ。
蝙蝠が超音波を感じ取れるように、蛇が熱を感じ取れるように、魔法使いは魔力を感じとる感覚が優れている。
微細な魔力ならともかく、膨大な量だ。眠りこけていた脳が急速に、たたき起こされていく。
通常は体内を巡っていて感知が難しい魔力を感じ取れるときは、魔法が発動するときだ。
膨大な魔力量となると、発動されるのは大規模な魔法かもしくは――
「は?」
魔力の発生源に目を向けると、そこにいたのは剛毛に覆われた怪物。
歪に膨れた肉体が、服の中にぎちぎちに詰められている。
張り裂けそうになっている服には見覚えがあった。
フィルが身に着けていた寝間着だ。
――魔法書の契約が始まった時だ。
異形化した子供、足元に落ちている魔法書、断片的な情報が視界に入ってくるが、理解が追いつかない。
状況は待ってくれなかった。
はっと息をのんだ。
ラプラスの意識は、今なお苦悶の声を上げ続けるフィルから外れ、家の外へと向いた。
二度目となる魔力の発露を感知したからだ。
決して小さくは無いが、一度目に感じたものに比べたら小さい。
「廻れっ⁉」
咄嗟に、魔法を発動させた。
間髪入れずに、外から内へと壁が吹き飛ばされる。
飛びすさぶ暴風と木片は、不思議とラプラスとフィルの周りだけは弾き落されていく。
よく目を凝らすと、彼女らの周囲は陽炎のように空間が揺らいでいる。
音すら生じさせない様は、『頑強』という言葉すら凌駕していた。
数秒までは壁だった木片と、土埃の隙間から外の様子が分かった。
見覚えのある姿があった。
昼間、魔法具店に来ていた『円環』の片方だ。
ラプラスの魔法を警戒している様子で、不用意に近づいてこなかった。
「何事だいっ」
ウル婆が遅れてきた。
ラプラスよりも気付くのが遅れたのだろう、結果として『円環』の魔法に巻き込まれずに済んだ。
一面が吹き飛んだ壁、ラプラスを中心に展開されている魔法、そしてラプラスの足元にうずくまる影に気が付いた。
「フィルっ」
ラプラスは背中越しに、悲鳴にも近い慟哭を聞いた。
不可視の壁を挟んで、『円環』と思わしき魔法使い4人。
異形化したフィルが足元にいるラプラス。
背後には、動転しているウル。
状況は混乱を極めていた、それぞれがいち早く状況を理解しようと努めていた。
(フィルが魔法書の契約を始めたのは間違いない。わからないのは、『円環』のやつらが今ここにいるのか?さっきの魔力を感知して来たにしては早すぎる)
ラプラスは他の五人と違って、魔法書の解読を始めていたことで、他よりも状況を正確に把握できていた。
(『堕落』を使う?けど、使ったら奴らにバレちゃう)
一時的にだが、現状を打開する手札を持っていた。
その手札を切ることに躊躇いがあった。
「グウウゥ」
フィルの威嚇ともとれる獣声が決め手となった。
「っ、堕ちろ」
「うっ、くっ」
『円環』とフィルの両者が一斉に膝をついた。フィルにいたっては、眠りこけている。
『円環』は眠るほどではなかった、膝をつく程度にとまった。しかし、一様に虚脱感に捕らわれていた。
ラプラスは、結果を確認する暇すら惜しんで、起きる様子がないフィルを抱きかかえる。
「こいつは、こっちで何とかするから、あんたはあんたで逃げてて」
『円環』が何故、今ここにいるか?という疑問は考えてもしょうがない。
確かなのは、魔法書が絡んで彼らが手加減や、気を使うといったことはしないだろうということ。
同行させた場合、ウルは間違いなく巻き込まれる。
それ以上説明することなく、ラプラスはフィルを重そうに抱きかかえてこの場を去った。
次の更新は、9/14になります。




