023
フィルは祖母が生きていたころを夢に見ていた。祖母が、倉庫の奥から魔法書を見つけた日。
「こんな危ないものどうしようってんのさ」
見つけ出された魔法書を挟んでウルが、祖母に問いかけていた。
「決まっているだろう、読むのさ」
「馬鹿言ってんじゃないよ、あんた程度の腕で契約できるわけないだろう」
「確かに、契約できるほどの才能は無いな。けど、読むことならできるはずだ。なにより、悔しいじゃないか、才能がないからお終いなんて話」
「それにしたって、悪名が高すぎるよ。読もうとしてひどい目にあったやつらが散々いるって話だよ。利益もないのにわざわざ危ない橋を渡ろうとするなんて、正気の沙汰じゃないよ」
「あんたは昔から心配し過ぎなんだよ。だから、いい雰囲気だった旅商人の男も逃がしちまったんだよ」
「ったく、何十年前の話をしてんだい。フィルもいるんだ、無茶はするんじゃないよ?」
「勿論さ。何が書かれているか、この本にはどんな不思議な魔法が封じられているのか、知れれば十分だ」
優しくて、かっこいい祖母のことが大好きだった。
「ねえ、おばあちゃん。僕にも、どんな魔法か分かったら教えてね」
大好きな祖母との何気ない日々が、何時までも続くと思っていた。
「ああ、勿論さ。フィル、約束だ」
それから一年経たずして、祖母は老衰で亡くなった。
あの時の約束が果たされることは、もうない。
「おばあちゃん……」
頬が濡れていることにも気づかず、何気なしにベッドから出た。
ラプラスが貸されていた部屋を覗くと、白く細い腕を枕に机に突っ伏して寝ている。
何か書きごとをしていたのか、魔法書は脇に置かれていた。
彼女の雪を思わせる青白い髪に触れないように、細心の注意を払って本をそっと取り出す。
この本が危ないものだと、触ってはいけないものだとウルから教えられていた。
それでも、言いつけを破ったのは、薄々とこの本が別の誰かの手に渡るような気がしてならないからだ。
たくさんの人がこの本を求めている理由は、まだ分からなかった。
本当の価値なんてものは関係がなかった。フィルにとっては祖母との大事な思い出の品というだけで大切なのだ。
(おばあちゃん、会いたいよ)
思いを馳せるように本の縁に指を這わせた。
「痛ててっ」
なんてことない、紙で指を切っただけで済むはずだった。傍にあるのが、悪名高い魔法書でなければ。
朱く新鮮な血が柔らかい指先に、ぷくりとにじみ出る。
指先のなだらかな曲線を伝って本の表紙に落ちた。
偶然血を得た魔法書に、変化が起きる。
血を中心に魔法書が熱を帯び始め、赤い光が迸る。それはまるで炎と錯覚しそうになる。
魔法書とフィルの間に、目には見えない魔力のパスが結ばれる。
魔法書の契約方法は、魔法書の数だけある。
同じ魔法書であっても、章によって契約の仕方は全く異なる。
例えば、本を枕にして夢を見る、膨大な魔力を費やす、供物をささげるなど章の数だけ方法があった。
たちが悪いものだと、触れただけで契約が始まるものまである。
祖母の形見となった魔法書の契約方法は、50Lの血を捧げること。
成人一人当たりの血液量は4.5L前後と言われている。
子供の中でも小柄なフィルの血液量では不足している。
結果として、この契約は不完全に続行される。
いつしかフィルは本を抱えるように、蹲っていた。
指を切った痛みからでも、祖母思い出した悲しみからでもなかった。
「うっ、くぅう、、、ぐっ、アッ、ガアァァァァ」
あどけない少年の口から出たとは、思えないほど鬼気迫る慟哭。
フィルが抱えるそれは、本だ。
ただし、ヨハンの魔法書。
尋常では測れない奇跡が、悪夢が、その本には宿されている。
湧き出る悪夢が、容赦なく蝕んでいく。
更新遅れてすみません、あまりの激務で更新日のこと忘れてしまってました。
次の更新も二週間後の8/31になります。




