022
「悪かったね」
ウルは素直に間の悪さを謝った。
「次やったら、魔法の実験台にするから」
「それは勘弁願いたいね。それで、依頼していた解読の進み具合はどうだい?」
「邪魔されなかったら、どういう魔法なのか分かったところ」
魔法書は、それぞれの章で書いてある魔法は異なるが、どの章も、魔法を考え付いた経緯、魔法の契約方法、魔法の使い方、応用や考察の順に内容が構成されている。
魔法を考え付いた経緯は、夕食前に読み解いていた。ラプラスがちょうど文字を並び替えていたのは、魔法の契約方法について書かれているページだった。
「そこまで解読してもらえたら、十分だよ」
「どういうこと?」
「そもそもがそういった話だったろ?一から十、全てじゃなくていいから、どんな内容だったかは分かるよう書き連ねてほしいって頼んだはずだけど」
「……そうだったかも。でも、最後まで読むよ。趣味で読んでるんだもの」
「でも、明日には船が出て行っちまうんだろ?」
「私には関係ないわよ」
「本当にいいのかい?まあ、若いあんたがこの村に住んでくれるなら、村の奴らも喜ぶだろうさ」
「何言ってんの?村に住むわけないでしょ?」
「じゃあ、魔法書を読み解いた後はどうするんだい?」
「これまで通りよ、一人で生きていくだけよ」
世界を横断するヨルムンガンドによって、交通が著しく乏しいこの世界で、根無し草の生活を続けることは困難なことだと思った。
そう思った反面、これまで通りという言葉と、魔法書との契約者であることを考えるとありえない話でもないのかもしれない。
「ねえ、私からも質問。なんで私に読ませる気になったの?」
ウルが言葉に詰まっているとは露知らず、ラプラスは疑問を投げつけた。
「証拠づくりなら、『円環』の奴らに頼めばよかったじゃない。あいつらの執着は本物。譲るから手伝えと言えば喜んで手伝うと思う」
「そうだね、嬢ちゃんの言う通りだ。理屈じゃないんだよ、ただの感情さ。嫌だった、それだけのことだったんだ。親友とも呼べる生涯の友が大事にしていたものを、おいそれと他人に渡したくなかったんだ」
ウル自身も戸惑っているようだった。
「じゃあ、なんで初対面のお嬢ちゃんに読ませたかと言うと、元の持ち主が、あんたと同じ理由で魔法書を読もうとしていたからだよ」
「訳わかんないんだけど」
「はん、あたしもよく分かってないさ。この世は難しいことばかりさ、ちゃんと頭で理解していることなんてほんの一握りさ。だからこそ、考えてばかりだと何にもできなくなっちまうんだよ。これだ、ここだ、って直感が働くときがある、俗にいう「その場の勢い」ってやつだね」
「馬鹿みたい」
「ははは、そうさね」
「さて、これ以上邪魔して、魔法の実験台にされても嫌だしもう寝るとするよ。おやすみ、お嬢ちゃん」
「……おやすみ」
――ラプラスとウルとの会話から数刻後、アルゴナウタイにて
アルフレッドは言い知れない悪寒によって、目を覚ました。
声を出そうとしても、乾いた咳だけが出てくる。
体を起こそうとしても、体が震えて言うことを聞かない。
辛うじて動く眼球をギョロリと動かすと、窓に季節はずれにも霜が降りているのが見えた。
言うことを聞かない体に鞭打ってのろのろと、ベッドの脇に立てかけていた愛剣へ手を伸ばす。
指先が剣の鍔に触れる寸前、寒波が村を飲み込んだ。
窓ガラスが急速に冷えた影響で砕けていく光景が、アルフレッドが最後に見たものとなった。
「……ああ、くそ」
ぬるいベッドの中で目を覚ましたアルフレッドは、舌打ちと共に宛先のない罵声を発した。
体が震えることもなく、すんなりベッドから体を起こした。
「ずいぶん久しぶりに見たが、相変わらず胸糞ワリぃな」
先ほど見た情景が現実のものではないことを、この世でただ一人理解していた。
暗闇に覆われた村の中を、数本の松明が揺れ動いているのを視界の端に納めていた。
「あれが原因になるのか?」
先ほど見たものが、ただの夢で終わらないことを理解しているのもこの世でただ一人だ。
アルフレッドは静かに、ベッドの脇に立てかけていた剣を手に取り、部屋を後にした。
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