016
ガルムの襲撃から数刻経って太陽が頭上に近づいたころ、一団の進行方向に小さな村が見えてきた。
決して容易くない道のりを超えてたどり着いた彼らの目的地は商機の多い王都や街でもなく、何の変哲もない小さなこの村だった。
都市間の移動に多くの苦労がかかる中で、彼らはかれこれ8度もこの村に足を運んでいた。
その甲斐あってか、村の見張りに立つ男も警戒心なしで訪れた一団に声をかけていた。
「円環の皆さん、お久しぶりです。三カ月ぶりになりますか」
「ローヤンさん!どうもご無沙汰しております。早いもんで前に来てから、それぐらいになりますね。今回も、たんまり商品を用意してきましたから、ご贔屓にお願いします」
取り決めているわけではないが、交流事は大体ヤシウの役割となっていた。本人の人懐っこい性格もあって適任の役割と言えた。
「そういえば、依然来た時よりも村に人が少ないようですが、何かありましたかな」
聞きはしたが、答えは予想がついていた。村の奥に巨大な船が見えていた。
「ああ!それはちょうどさっき、村にナントカって船が来ましてね。みんなそっちを見に行ってるわけですよ」
「ああ、征界船ですね」
馬車の中にも聞こえるようにわざとらしく反応したのだが、門番は別の捉え方をしたようだ。
「やっぱり、皆さんはあちこち旅されているから、征界船も珍しくないですか?」
「いやいやいや、私も名前を聞いたことがあるぐらいで、実物を見たことはありませんよ。いや、たった今、見たというべきかな?」
「他の奴から聞いた話、船に足が生えてるみたいですよ。この村から出たことない俺等からしたら普通の船すら物珍しいですけどね。俺も後で見に行こうと思っているところです」
「折角の機会なので、あっしらも見に行ってみようかな」
村の入り口を過ぎて、村の大通りを闊歩する。バゼルが幌から顔を出し船を見ていた。
「まさか、征界船が来ているとはな。王都で建造しているとの噂は聞いていたが、眉唾物だと思っていた」
「どうやら、噂は本当だったようですがね」
「正直驚いたな、この国に征界船を造れるだけの技術力も資金もあるとは思えなかったのだがな」
「見栄のために、無理をするのはこの国のお家芸ですから」
愚王として有名な王への、心からの侮蔑であった。
「この後の予定はどうなさいますか」
「征界船のことは、本部に報告はしておく必要があるからな、この目で直接見ておきたい」
「本業の方は、どういたしましょう?」
「俺が行く」
顔の彫りが濃い男が、これまでの護衛の位置から馬車の横まで移動してきていた。
「俺が今回で、この時化た村に来るのも終いにしてやる」
「相手が折れるのも時間の問題だ。わざわざ強引な真似をする必要はない」
「バゼルさん、あんたのやり方は回りくどすぎる。それじゃあ、『円環』の使命を成し遂げることは出来ない」
「……ラルゴ、いつも言っているが『円環』の使命、全ての魔法書の回収は長い時間をかけて成し遂げられることだ。一時の焦りでチャンスを不意にするよりも、気長に粘り確実にチャンスをつかむことが重要だ」
「ふんっ。そのやり方でこれまで何冊の魔法書を回収できた?むしろ、あんたはもっと焦るべきだ」
「……ヤシウ。お前も付いていってやれ」
「えー!あっしも噂の征界船を見に行きたかったんですが」
「船の方は私が向かう。レイネも付いて来たまえ。残りの者は、いつも通り商売と情報収集を任せる」
村の通りに人はいない。普段であれば、農夫が農作業に勤しみ、鍛冶師が魔法で鉄を加工しているのが見れた。
みな征界船という一大イベントに集まっていた。
征界船の船腹付近に、人込みが出来ている。
バゼルたちがこの村を訪れるのも8度目。彼らの顔も大体見覚えがあった。
村長と話している見慣れない顔が、征界船の乗組員だと。
あれが征界船の乗員だろうと、営業スマイルを顔に張り付けて歩を進めていく。
「村長殿、お久しぶりです」
「ああ、バゼルさん。久しぶりですな、今お着きに?」
「ええ、たった今着いたところです。門兵のローヤンさんに征界船が来ていると聞いて、業務は他のものに任せて来ちゃいました。もしかして、そちらの方が?」
「こちらのアルフレッドさんが、この征界船『アルゴナウタイ』の船長だそうで」
赤髪の青年は隠す様子もなく、バゼル達を値踏みしている。
「初めまして船長殿、『円環の書』ラス王国東部支部長のバゼルと申します」
「……『円環の書』、ね。魔法書集めの狂信者様が、どういった御用件で?」
「狂信者」という言葉にレイネが反応したのを、背後で感じていた。
「そんな意地悪を言われますと困ってしまいますが、ただのご挨拶ですよ。我々もいろんなところを巡っておりますが、征界船を見るのは何分初めてでしたので」
「ほー。征界船の一隻ぐらい、教団も持っていそうなもんだけどな」
「『円環』も多くの輸送手段を有しておりますが、所詮しがない商人ギルドなので征界船ほど大きな手段は持ち合わせておりませんよ」
『円環の書』は魔法書の収集を目的としているが、絶対数の少ない魔法書だけで商売は成り立たない。故に、商人ギルドとして申請を行っている。
教団という言葉は、一部の行き過ぎた取引のことを指して市政で言われている蔑称だ。
そもそも、宗教なんてものは一部の閉鎖的な地域でしか見られない。
バゼルはこの程度のやっかみ気にもならなかったが、ラルゴが聞けば激高していたに違いない。
そして、二人の間に挟まれた村長もそうではなかったみたいだ。
「アルフレッド殿、バゼルさんは噂されているような方々とは違いますよ。強引な取引もされないですし」
『円環の書』の噂は耳にしたことはあるが、本人を前に口を出すのも怖い。そんな思いから、村長は気弱にバゼルを庇う。
思わぬところから村長に、助け舟が出された。
「アル~。ラプラスが見たいっていうから、ボク達は村の魔法具屋さんを見に行ってくるよ」
「……ラプラス?」
アルフレッドに声をかけたクリーム色の髪色の女とは別に、ローブを着た女がいた。フードで顔は見えないが、髪色は見えた。氷を思わせる青みがかった白髪だ。
「なんだ?あいつの知り合いか?」
隠し切れなかった驚愕を聞き逃さなかったようだ。
「いえ、珍しい名前だと思いまして」
バジルは動揺をねじ伏せた、自身の精神力を誉めたかった。
背後に控えるレイネが自身同様に、驚愕を押し殺していることを心の底から願っていた。
どうあれ、これ以上この場にとどまり続けるのは得策ではないと判断した。
「村長殿。せっかくの機会ですが、我々も仕事で来ておりますのでここらでお暇させていただきますね」
あからさまに村長はホッとした顔だった。
アルフレッドの心情は読めなかった、変わらずこちらを値踏みするような視線を向けている。
視線を断ち切るように、背を向けその場を後にした。
誰かに話を聞かれる恐れがないところまで来て、レイネがバゼルに話しかけた。
「バジル様、あの女は本部から通達のあった『堕落の魔女』ではないでしょうか」
「可能性は否定しないが、顔までは確認できなかった」
「ですが、名前も髪色も特長的なものです。偶然一致するとも思えません」
「分かっている。だがそれでも、簡単に手出しは出来んぞ」
次の更新は21日になります。




