29話 出会いと別れと
目を覚ますと小さなシャンデリアと、天上に描かれた神々の画が目に飛び込んできた。
眩しさにすっと目を細めた。
どうやら聖堂にある椅子に横たわっているようだ。
額に手をやると濡れタオルが置かれている。
横を見やると、ワインレッドの髪と目のあの人がいた。
「目が覚めたか」
「…うん」
「落ち着いたみたいだな」
「…うん」
ソロンの姿を見て声を聞いて、無事だったと改めて実感し、フェルの顔に安堵の色が浮かぶ。
何だろうか。
どこかでこんな事があったような。
「少し熱っぽかったから、タオルを用意してみた。あと、聖法書か?家から取ってきたぞ。
そうそう、誰も入れないように鍵かけて外に立ち入り禁止とかって張り紙貼ったからな。ゆっくり休め」
「…ありがとう」
ああ、そうか。
人間界に落とされ目が覚めた時も、こうして濡れタオルを用意してくれたのはソロンだった。
あの時とは状況も心境も何もかもが違うけど、変わらないのはソロンの優しい眼差し。
上を向いたフェルの目から一筋の涙が溢れる。
「ソロンさんは…出会ったときからそうだったね…」
「何がだ?」
「凄く、優しいなって…助けに来てくれた時も本当は凄く…嬉しかったんだ」
嬉しくて嬉しくて。
ここも自分の居場所でいいんだと思える。
「そうか…」
小さく笑ってフェルの頭をわしゃわしゃ撫でた。大きくて暖かい手が心地よい。
「おお、そうだ。お前確か、ワインの話聞かせてくれって言ってたよな?」
「え……」
ソロンの方に勢いよく振り向く。
「いやぁ、俺は嬉しかったぞあの言葉」
「え…聞こえてた…の…?」
ゆっくり起き上がったぎこちない笑みのフェルが恐る恐る尋ねる。
「ああ、勿論さ」
至極嬉しそうな顔をしたソロンが力いっぱい答える。
フェルが何やら遠い目をした。
嗚呼、すでにあのワイン語りの時のようなテンションになりかけているではないか。
まずい、まずいぞ。ワイン語りを本気でやられたらどんなことになるか。
多分きっと何時間、いや今回のこのやる気満々…絶対何十時間でも付き合わされるに違いない。
大体は一人でずっと喋っているが…
参ったなぁというように手を頭に持っていった時、フェルが小さく声をあげた。
「あっ…」
自分の右耳に触れた時、違和感を感じた。
あるはずのあの感触が手に伝わってこないのだ。
そういえばフローラに捨てられてそのままだったことをフェルは思い出し、青い顔になった。
「…探しに行かなきゃ…!」
「心配するな」
そう言ってソロンは今にも駆けだしそうなフェルの手を掴み、その手のひらにそっと何かを置いた。
フェルがはっとして目を丸くした。
「これ…!どこで…!」
「あの女の家の外で見つけた。これが落ちてなかったらお前を見つけられなかっただろうな」
「そうだったんだ…」
手のひらに載せたルビーの埋め込まれた十字架のペンダントがキラキラと輝く。
それを大切にしまい込むように握りしめ、再び耳に付けた。
その刹那
ピシャッ!!
室内だというのに、稲光のような光が一閃した。
2人は眩しさに顔背ける。
「何だ…?!」
突然の光で目が慣れない中見ると、空間に横に亀裂が入っている。
ギチギチと音を立てながらその亀裂が縦に広がり、暗い空間が見えた。
そこに見慣れない服装の黒羽根黒髪の男が現れた。
ソロンが守るように前に出る。
男が顔をあげた。
「…待たせた」
「ヴィアさん!!!」
ぱっと明るい笑顔を見せ、フェルは駆け寄っていく。
今までにない表情にヴィアは僅かに目を見開く。
「人間…お前がフェルを守ってくれたのか?」
「いや、なんてことないさ」
「…ありがとう。時間が無い。行くぞフェル」
ヴィアがフェルの方を見ると、フェルは心配そうな顔をして何やらきょろきょろしていた。
「…?」
「ヴィアさん、セルザスは…?」
セルザスという単語を聞いたヴィアの目に剣が滲む。
あいつはもう…
「無事だ。だが…あいつの事は忘れろ」
「よかった。でも…なんで…」
「いや…何でもない」
腑に落ちない様子のフェルが首をかしげる。
ヴィアが亀裂を乗り越え足を付くと同時に亀裂がふさがっていく。
ヴィアの姿を見たフェルがぎょっとして声をあげた。
服が赤黒く染まり、服の下には大きな傷が見えているのだ。
傷からはまだ止まらない血が流れている。
「ちょっと!どうしたのその傷!そうだ天界兵に…?!」
「何でもない」
まだ痛む傷口を押さえる。
「何でもない事無いよ!」
フェルにぴしゃりと言い放たれ、さしものヴィアもこれ以上何も言えなかった。
確かに何でもない事は無い。フェルの前で心配をかけまいと平気なそぶりを見せているが、
本当はうめいてしまいたいくらい痛い。立っているのも精一杯だ。
なんだかフェルに全てを見透かされてしまったような気がする。
フェルが走って聖法書を取ってきて、傷口に手を当て治癒を始めた。
昔もこんな事があったような…。考えていたフェルが目を瞠った。
小さい頃、天界の果てでー…
「…もしかしてヴィアさん…昔に逢った?」
「ああ」
「やっぱり…!だから協力的だったのか…羽根の事指摘しないのも変だと思ってたんだよね…
それは置いといてあの時は治癒なんて全然駄目だったけど、今は…!」
「…すまない」
激しい痛みから少し解放されたヴィアがほうと息を吐いた。
真剣な顔をして治癒をしているフェルをじっと見つめ、ヴィアは思った。
分らないが、何か変わったなと。
その時フェルの表情が申し訳なさそうになったことに、ヴィアは不思議そうな顔をした。
「ごめん…半分しか治せなかった…」
心底うなだれるフェル。
こんなところは昔と変わってないなと思うヴィアである。
「何を言っている。十分だ」
フェルの表情がぱっと明るくなった。
ヴィアが薄く笑い、異空間から鎌を取り出し、その柄で魔法陣の基準となる円を描いた。
「直接魔界に行く」
ヴィアの描いた魔法陣が蒼く光りだし、円の中に複雑な模様や文字が浮かび上がる。
一気に力が満ち、輝きと共にフェルの背中から羽根が現れ、ばさりと広げられた。
2枚の純白の羽根と漆黒の羽根。
漆黒の羽根は罪の象徴。
しかしフェルはそんなこと、もうどうでもよかった。
ソロンは本当にこの子は天使なんだなと今更ながら実感した。
とても不思議な感じがする。ソロンはヴィアに向かって言った。
「フェルを…頼みます」
ヴィアが無言で頷く。
その時フェルが光る魔法陣を抜け出し、ソロンに力いっぱい抱きついた。
「ソロンさん…ありがとう。…おかげで…僕は悪くないんだって胸を張って言えるよ。堂々としていられる。
でもソロンさんが悪いんじゃない。誰も悪くないんだ」
にっこりと笑った。
「僕はもう、大丈夫だから。逢えてよかった!」
今までとは違うすっきりしたとびっきりの笑顔。
ステンドグラスから差し込む光がキラキラと眩しい。
ふわりとフェルの身体が離れていく。
それが惜しくてつい引き止めそうになる手をソロンは堪えた。
やっぱり最後まで呼んでくれなかったな。
少し切なそうに目を細めた。
魔法陣が聖堂がフェルが羽根が、全てが輝いた。
フェルとヴィアの身体がふわりと宙に浮く。
「それじゃあね――…」
「―――…!」
輝きはいっそう増し、フェルたちの姿は消えていった。
大きく見開かれたソロンの目から涙があふれた。
最後に、確かに言っていた言葉は
『お父さん』
窓から差し込む輝かしい光が、この今を優しく照らしていた。
+ + +
この子が生まれたらうんと楽しい事を経験させてあげよう
そして
3人でたくさん思い出を作ろう




