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半堕天使フェル  作者: 蒼すだま
Ⅲ章
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28話 6枚の羽根

鉄臭い水たまりが徐々に広がっていく。

一瞬何が起こったのか理解できなかった。

今目の前で人が崩れ折れた。


「ソロンさん…!!!!」

懸命に抱き起こすと、ぬめりとした感触が伝わった。一刻も早く病院に連れていかなければ。

しかし、フェルの力ではソロンを仰向けにすることで精一杯だ。

誰かに助けを求めるか。しかしこの家の周りには家らしい家は無かったはずだ。

偶然に人がいるとは限らない。


「あ…あの…私…わた…し…エルシ…」


フェルの叫びで我に返ったフローラが自分の目の前に広がる光景を理解できずに、

ただ自分が握っている紅く染まったナイフ、手、服を混乱した表情で見つめた。

そして再び気を失ってその場に倒れ込んだ。

ナイフの落ちる音が響く。


「はは…っちょっと…避けきれなかったな…」


喋るたびに左の腹に開いた傷から血がごぽりと溢れだす。

酷過ぎるまでの出血だ。

人間とは脆弱な生き物だ。この程度の傷でも命取りになる。


「…駄目!!それ以上喋っちゃ駄目だよ!」

「いや、…俺はもう…駄目だ…病院に行っても…」

「っ!何言って…」

「本当にお前と逢えて…よかった…。二度と、逢うことはないと…思っていた息子に…逢えたんだ……っ

フェル、出逢ってくれて…ありが…とう…」


ふっとソロンが薄く微笑んだ。

傷口を押さえるソロンの手の上からフェルも押さえる。

ソロンの意識が朦朧としていっているのが分る。

鉄臭い水たまりはどんどん広がっていく。

オッドアイの瞳に溢れんばかりの涙をためてフェルが叫ぶ。


「ソロンさん…いや…嫌だっ…!!」

「フェル…とり…あえず…逃げ…」


言い終わらないうちにソロンの目が閉じられていく。

どくんと心臓が跳ねた。


「何言ってるんだよ!ほら、帰ったらまたワインの話聞かせてよ…!

僕ソロンさんがワインの事話してる時の顔大好きなんだから!」

「…」

「ねぇ…ソロンさん…」


だが返答はない。


「嘘…」


茫然と口を衝いて出た言葉と同時に、ぽろぽろと涙が次から次へと零れる。

このままじゃソロンさんが…!

今は聖法書も持っていない。治癒することも出来ない。

ぶらんと下がった手。段々温もりを失っていく手。

”死”

その一文字が頭に浮かぶ。

神様…!どうかソロンさんを連れていかないで!

天使の自分が神様に願うなんておかしいかもしれないけど、何かに願わずにはいられなかった。


「…嫌…」


死んじゃ嫌だ。

死なせたくない。

しかし死なせたくなくても、どうにも出来ない。

自分には治癒しか取り柄が無いというのに、こんなときに役に立たないなんて。

力が欲しい。

力が。


大切な人を守れるだけの力が。


「死なせたくないよ!」


―その刹那

ドクンと心臓が脈打ち、目の前が黄金に輝きだした。否、自分の身体が仄かに輝いているのだ。

オッドアイだった目も髪と同じ黄金に神々しく輝きだす。

少し透けている羽根が背中に出現する。

全身に不思議な力が溢れて、力で髪の毛がうねっていた。

窓から差し込む光を受け、とても神秘的な情景だ。

自分の身に何が起こっているのか分らないが、不思議と心地よいとフェルは思った。

何とかなるかもしれないと思った。

でも思った時にはすでに身体が動いていた。

手が傷口に当てられ、フェルの想いと共に優しい光が傷口を包みこむ。


「僕はどうなってもいいから…この人だけは…!!」


ぐっと力を込めた。

3番目の1対の羽根が輝きを増し、細やかな金色の光となって消えていく。

その光は筋を成し、フェルの手元に注がれる。

だが聖法書の相乗効果が無くては、フェルなどの小さな力では傷も治す事も出来ない。


「まだ…っ足りない…!!」


念じた瞬間2番目の羽根が輝きだし、先ほどのように消えていこうとする。

ようやく羽根の消滅に気付いたフェルがはっとした。


――羽根は命のようなもので、消滅すると自分も死んでしまうかもしれないの。死ぬと言っても人間になるという意味よ。


蘇った母の言葉にドキッとする。このまま力を使い果たしてしまったらー…


――ぼく、6まいもはねいらないよ…ほとんどみんな2まいだけなのに…ぼくだけ…

――確かにあなたは他の天使と違って6枚も羽根を持っているわ。でもそれはあなたが優しいからよ…

そしてきっと…あの人がとても優しい人だったからよ


あの人。そうか、あの人優しい人とはソロンさんの事だったんだ。

今度は自分がその優しさをお返ししよう。

その一心で、死んでしまうだなんてどうでもよくなった。

力を込めた。

一層光が強くなり、光が消えるころにはすっかり傷口も無くなっていた。

一安心と言わんばかりに目を細め、そして、すぐ近くにいる女の方へついと目をやった。

仰向けに倒れた彼女の元へ歩み寄る。


「…フローラさん…何だか可愛そうな人…」


哀しそうに目を細めた。

確か子どもを亡くしただとか。

復讐心がどうとかと言っていたので、殺されたか、事故か。

それでも復讐しなかったのは、そんな事をしても子どもは喜ばないだろうと思ったからなのだろうか。


「夢で子どもと逢えたら良いな…」


夢が見られますように。

そう呟いてフローラの頭をひと撫でした。

フローラの顔がふっと柔らかくなったような気がした。

一筋の涙が女の頬を伝った。


同時に最後の1対の羽根がすっと溶け込むように消えていった。


「…うっ…」

「ソロンさん!!」


意識を取り戻したソロンの元へフェルが駆け寄り抱きついた。


「よかった…」

「俺は…一体…フェルその目どうしたんだ…金色だぞ…?」

「そうなの?分らないけど、どうしてもソロンさんを助けたかったから…」


段々輝きが薄れ、目も元のオッドアイに戻っていく。


「本当に死んじゃうかと思ったんだから…!本当によかった…っ」

「心配かけて…すまなかった…」

「うん……っ?!」


突然フェルが苦しそうに胸元を握りしめ蹲った。


「フェル?!」


ぎょっとしたソロンがフェルを抱きかかえる。


「だい…じょうぶ……。多分…聖法書無しに…無理やり治癒を…使ったから…負担が…休んでたら治ると、思う…」

「…馬鹿!何故そんな無茶を…!じゃあ教会はどうだ?あそこなら神聖な気に満ちている、少しは楽になるかもしれない」


フェルは返事をするのも辛いかのように緩慢に頷いた。

ソロンはフェルを抱きかかえ、自分の教会へと走った。






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