27話 居場所
ぴちゃ、ぴちゃと音がする。
激しくむせ込みながら目を開けると、紅い雫が滴り落ちるのが見えた。
血だ。一体誰の。
そうだ…女の血だ。
否。女の後ろから伸びてきた手の甲にナイフが深々と刺さっている。
一体誰の。
「ひっ…」
目の前に迫った刃と赤く染まった目の前に、女はひくりと息を飲み、その場に倒れた。
女の後ろにいた人物が現れる。
ワインレッドの髪と目の。
「ふぅ…危ないところだった…」
「……っ」
「何だ?もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」
「ソロン…さん…!どうして…」
「お前が迷子になってないか心配でな、探していたのさ」
フェルの縄をほどき、ソロンが淡く微笑む。
その笑顔がフェルの心をちくりと痛めた。
「僕…ソロンさんに、酷い事…言っちゃったのに…っどうして…っ」
声を詰まらせながら必死に喋るフェルをソロンが抱きしめた。
フェルが目を瞠る。
「いや!お前の言うとおり、全て俺のせいだ。お前がどんな気持ちになるかもよく考えず話してしまった…」
「そんなこと…」
「こんなこと言って、許してもらおうなんて思っていない。憎んでくれて構わない…父親だなんて認めなくても良い。
今ここで俺を殺したって良い。…お前の母を奪ってしまったのだから」
何か、何か言わなくては。
だが言葉が出てこない。
「なぁ、天界にも、此処にも、お前の居場所は本当に無かったのか?」
「…?」
フェルの目を見据える。
「もしそこに一人でもお前の事を想ってくれている人が居たら、そこはお前の居場所じゃないのか?」
フェルは目を丸くした。
僕の事を想ってくれている者…フェルの脳裏に1人の顔が浮かぶ。
セルザス・ルースファン
いつだってフェルの事を心配してくれたセルザス。
そうか、確かにあそこは自分の居場所だったんだ。
朝日が昇りキラキラと輝く。
「俺はお前と逢えてよかったと思っている。この気持ちに偽りはないぞ?…喧嘩したままなんて嫌じゃないか」
そしてまた目の前にもフェルを見てくれる人がいる。
ああ、ここも僕の居場所だったんだ。
ソロンがまた薄く笑う。
いたたまれなくなってソロンの胸に顔を埋め、ごめんと繰り返した。
その頭をソロンは優しく撫でた。
だがその手はフェルが突然顔をあげたことにより弾き飛ばされた。
「手ーーーーっ!!!!!!」
「うおおっ?!」
フェルが激しい叫び声をあげる。
そして強引にソロンの左手を引き寄せた。
手のひらから手の甲にかけてナイフが刺さり、紅く染まっている。
今はナイフが栓代わりとなっているが、それでも凄い出血だ。
「…っこれくらい、大丈夫さ。心配するな」
そういうソロンの額には汗が滲んでいる。
ソロンは一瞬顔をしかめ、ナイフが刺さったままの手を後ろにやった。
「僕の治癒法で……あっ…」
聖法書が無い。服を着替えた時にソロンの家に置いてきてしまったのだ。
あの本のおかげで力が増幅され、無理なく術を使えるのだ。
つまり、力の無いフェルはあれが無いと治癒は出来ない。
「本当に大丈夫だから…病院に行けばなんとか…む?あの女はどこに…」
確かに此処に倒れていたはずの女の姿が見当たらない。
辺りを見回すソロンの耳に狂った叫び声が入ってきた。
「私の、私のエルシを返してーっ!!」
振り向くと女がナイフを持って半狂乱になりながら走り込んでくる。
「間に合わな…っ」
凶刃がソロンを襲った。
+ + +
「フェル…今行く…」
暗闇の中目を覚ました男がむくりと起き上がった。
よろけながら暗闇を進んで行った。




