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半堕天使フェル  作者: 蒼すだま
Ⅲ章
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22/41

21話 ぶどう摘み

1件大きな小屋のような建物があるだけで他には何の建物もない。

緑の絨毯の向こうには、キラキラと宝石のように光る青い海と、晴れ渡った広い空が見える。

気持ちのいい風がフェルたちを歓迎するかのように優しく吹き抜け、太陽の光は優しく降り注ぐ。


「ここ…?」

「うん。ここが仕事場だ。」

「何ここ?辺り一面…植物?木?」

「おーそろそろ収穫時だな」


目の前には背丈ほどの木が一面に広がっており、緑の絨毯のようだ。

緑の葉の間から、紫色の実がいくつもひっついたものがぶら下がっているのが見える。


「これはな、ブドウっていうんだ。ほら、食べてみな?」


此処は一面のブドウ畑なのだ。

ソロンはポケットから鋏を取り出しブドウを一房摘み取り、実をひとつ取ってフェルに渡した。


「こうやって皮を剥いて食べるんだ。汁は服に付かないようにしろよ?

ブドウの汁はなかなか落ちないからな」


そう言いながらソロンは手早く剥いて口に放り込んだ。

フェルも真似して剥いてみる。濃い紫色の皮の下からは薄緑色の実と共に汁が出てきた。

太陽の光にあたって、宝石のようにきらきらしている。


「わぁっ…おいしい!」


凄く甘くて、でもどこか酸味もあり、とても美味しい。

思わず顔から笑顔がこぼれおちる。


「だろう?ということで。ブドウの収穫手伝ってくれ」

「え、あ…はい」


フェルの肩にぽんと手を置き、満面の笑顔のソロン。

ということで、って何だ。

確かに、行く前に仕事を手伝ってくれと言っていたが…

この広い広いブドウ畑からブドウを全て収穫するのか。何時間かかるのだろうか…

ソロンは早速向こうの小屋に道具を取りに行っている。

フェルは仕方なく、だがどこか楽しそうに心を弾ませながら走って行った。







程なくしてオレンジの籠がたくさん用意され、そのうちの1つと軍手と鋏を手渡された。

フェルは近くに見えたブドウを手に取り、その木の部分に鋏をそっと当てて思い切ってちょきんと切った。

手にずしりとしたブドウの重みを感じる。初めて採ったブドウ。

それを籠の中にそっと置いた。2個3個と籠の中に入れていく。

しかし地道な作業だ。

確か人間は”機械”とかいう便利なものを開発していると聞くが…

フェルは先ほどからずっと頭の中にあった疑問を投げかけてみた。


「ねぇソロンさん、収穫って…機械でやった方が早いんじゃ…」

「確かにそうだがなぁ…」


摘む手を止め、手に取ったブドウを触りながら

麦わら帽子で出来た陰の下の目を穏やかに細めた。


「確かに機械の方が効率はいいが、どこか乱雑なイメージがあって俺は嫌なんだ。

折角今まで自分の手で愛情かけて育ててきたんだ。だから最後まで俺の手で摘んでやりたいなと思ってな。」

「ソロンさん…」

「まぁ、ものすごく時間がかかって、ものすごく大変なことになるんだがな。ははは」


うーん。ものすごく笑い事でもない気がする。


「よし。どっちがいっぱい摘めるか競争だ。はい、スタート!」

「ちょっと!ずるい!」


これも採っていいの?とか、このブドウ大きいよ!とか色々話しながら、

ひとつ、また一つと摘み取られ、あっという間に籠がパンパンになっていった。

それでも摘み始めてから何時間も経過していた。

しんどいけど、ブドウ摘みなんて初めての経験で凄く楽しかったから、時間が経つのをすっかり忘れていた。

パンパンになった籠のように、フェルもまた楽しさと嬉しさで心がうきうきしていた。

今はちょうど昼過ぎ頃であろうか。


「よし、今日はこれくらいでいいか。向こうに持っていくから、おいで」

「お、重い…」


やっとこさ持ち上げ、身体をのけ反らせながら、一歩一歩足を運ぶ。

ブドウでフェルの顔が全く見えない状況だ。


「ありがとうな、たくさん摘んでくれたんだな。

だが流石にそれじゃ前が見えんだろう。どれ、そこで待っていろ。すぐに戻ってくるから」

「わかった、ありがとう」


フェルは渾身の力を込めて、そっと地面に籠を置き、息をついた。







  +  +  +







「少し休憩しよう」

「やったぁー」

「休憩したら、他の作業があるからな」

「はーい」

「と、その前に此処も見て行ったらどうだ?」


手招きをして入れてくれた木造の部屋を見てフェルは驚きで目を丸くする。

樽が23,30と棚に並べられているのだ。

麦わら帽子を脱ぎながら、感嘆の声を上げた。


「樽がこんなにいっぱい…!」

「凄いだろう?これ全部赤ワインなんだ。ブドウから造った酒だ」


近くの樽をペンペン叩きながらソロンが説明する。


「ブドウから…じゃぁさっき摘んだブドウもワインになるの?」

「その通り。俺の仕事はワイン製造だ。まぁ…神父がワイン作り…そんなに意外性もないな、ははは。

ここで栽培しているのはアギオルギティコという品種でな、甘くて酸味が少ないのが特徴だ。」

「確かに…すごく甘くて少しだけ酸っぱいかなって感じだった…」

「だろう?逆に酸味が強いのがクシノマブロという品種のブドウだ。

甘みはあまりないがコクがあって意外と味わい深いのさ。まぁ俺はどちらかというとアギオルギティコ種の方が好きだから

こっちを栽培してワインを作ってる。この色の濃さから”ヘラクレスの血”とも呼ばれているのだ。うまいんだよ、これが。

アギオルギティコは栽培地の標高によってワインの味が変わってくるんだ。標高450mまでは甘口のワイン、

標高が上がるにつれて辛口のワインになっていくのさ。

それでワインはな、こうして摘んで発酵タンクに皮・果肉・種を含んだ果汁を入れて

ワイン酵母で22℃から26℃で発酵させるんだ。それでアルコールが出てくると皮から色素が種からタンニンが出てきて、

赤ワイン特有の色と渋みが出てくるってわけだ。まぁそのあと色々な過程を経てこうして樽に入れて熟成させるんだ。

大体数年くらいはねかせておくなぁ…ん…?」

「あー…えっとー…」

「ん、あ…ああ…すまん。ワインの事になるとついつい喋りすぎてしまってな、まぁ飲んでみろよ」


今すごく、すごくソロンが活き活きしていたような気がする。

いつもは凄く落ち着いた口調なのに、どこか…いや、明らかに活き活きしていた。

会ってからまだ1日も経ってないけれど、確実にテンションが上がっていたとわかる。


ソロンは棚に置いてあったグラスを取り出して樽に付いている蛇口をひねり、

グラスにワインを注いで小さな木のテーブルの上に置いた。

ルビーのように濃い赤色のワインがグラスに満たされている。

椅子に座り、コップを揺すってみたり匂いを嗅いでみたりしながら一口口に含んでみる。

甘味と酸味と味わいのある渋みが口に広がった。ブドウの実とはまた違う味だ。

しかし舌触りは絹の布のようになめらかである。


「どうだ?」

「渋いけど…すごくなめらかな感じ」

「ん~渋いか。まぁ赤ワインで甘いものはあんまり見かけないな。

ああ、ちなみに熟成期間によって味が変わってくるんだぞ?

酸っぱかったり渋かったり…これがまた見極めが難しくてな…」

「も、もう分りましたから、ありがとうございますソロンさん」

「そうか?残念。またワインについて聞きたかったら言えよ?」

「いや、いやいや、結構です」


即行真顔で返してフェルは残りのワインをぐいっと一気に飲みほした。

急に視界がぐらりと回る。


「ふえぇぇ」

「フェル?!」


気の抜けた声を発して机にべたりとうつ伏せたかと思うと、眠ってしまったようだ。

ソロンはほっとしたような、焦って損したような顔をし、呟いた。


「ったく…酒に弱いんだな。……いや…これは弱すぎるだろう」


苦笑いを浮かべながら、顔にかかった金髪を指でよけてみる。

たっぷりとした長い睫毛がとても綺麗だ。


風邪をひかないように布団をそっと肩にかけた。










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