20話 曲がった麦わら帽子
店先に果物や野菜や花が並べられ人が集まっている。
外はフェルが見たこともない物で溢れていた。
頭には「何だろう」の5文字が常に高速で脳内を飛び交っている。
あそこは何だろう、何をやっているんだろう?人が集まってるぞ。
ん?この青いドーム状の屋根の建物は何だろう?
何だろう何だろう。
初めて見るものばかりで、天界では見ない建物や景色ばかりだ。
何より天界にある雲が全く無いというのが最大の違和感であった。
フェルの頭と視線がせわしなく動いている
時々はぐれそうになり麦わら帽子をしっかり押さえて慌てて駆け寄った。
今歩いている道は人がそんなに通らない道らしいが、油断は禁物だ。耳を見られたくはない。
それに此処ではぐれたら終わりだ。色々終りだ。
「仕事場までは…徒歩で20分といったところだ」
「そうなんですか…」
はいそこで会話は終り。
先ほどから全然続かない会話に気まずさを感じながらも、
目新しいものばかりの外の景色に目がいくフェルである。
その時フェルが小さく声をあげた。
向かいから30代くらいのおばさん、…いやお姉さんが歩いてくる。
こげ茶色の髪の先はふんわりとカールがかかり、黒いワンピースの上から白いエプロンを着ている。
レースの付いた黒い日傘を差していた。
今歩いている道は人通りの少ない道らしいが、全く人が通らないという訳ではない。
フェルは麦わら帽子の横を握ってぎゅっと下に引っ張り、ソロンの後ろに隠れながら歩く。
耳だけは見られないようにしなければ。あとあと面倒だ。
「あら神父様、おはようございますですわ。…その子は…?見ない子ねぇ」
フェルの存在に気付き、その人間は立ち止まった。
「!!」
――ええっ…立ち止まるの?!ちょっと…早く行ってよ…!
身を固くして様子窺う。
「ああ…ちょっと知り合いから預かっていてな。
この通り人見知りだ。…ほら、挨拶しなさい」
腕を回され優しく背中を押される。
少しだけ前に出て、躊躇いながら言った。深く引っ張り過ぎて変形している麦わら帽子もそのままに。
「…おはよう、ございます」
「あらまぁ!可愛い子だこと!私の馬鹿なちゃらんぽらん息子とは大違いだわぁ~」
お姉さんは笑いながらじゃぁねと手を振って通り過ぎていった。
段々遠くなっていく背を麦わら帽子の下からそっと覗き、ほぅと息を吐いた。
また2人は歩きだす。
いつの間にか建物が並ぶ町の中心から離れ、土がむき出しの道を歩いている。
横の古い石垣の上で猫が昼寝をしていて、ごろごろ喉を鳴らしながら気持ちよさそうだ。
「…さっきの人、面白そうな人でしたね」
「俺はお前の帽子の被り方の方が面白くてならんかったがな」
「だ…だって必死だったんです…!」
「まぁそうだろうな。あ、因みにこんな感じだったぞ?」
おもむろに自分の麦わら帽子を被り、フェルがしていたように麦わら帽子を深くかぶり
横のつばを大袈裟に引っ張ってみせた。
思いっきり帽子がアーチ形に曲がっている。
自分もこんなかっこうだったのか。
え、ちょっと…
「ぷっ…あはははは」
麦わら帽子の形と、それを涼しい顔というより
真顔でやってのけるソロンが妙に面白くて吹きだしてしまった。
一瞬虚を突かれたような顔をした後に、ソロンは穏やかに目を細めた。
「いい顔してるじゃないか。そうやって笑うんだな」
「え…」
「ずっと元気が無いように見えたからな。色々事情があるのだと思うが…少しくらい息抜きしてもいいと思うぞ。
まぁ…何も知らない俺が言うのも…厚かましくてお節介極まりないが…」
言ったあとで気付いて、頭を掻き、指を口に当ててうーんと唸った。
ソロンの目は偽りなど微塵も感じられない真剣な目をしていた。
本当にフェルの事を心配してくれているのがひしひしと伝わってきた。
ああ、出会ったのは昨日のことだというのに、どうしてこの人は。
わからないが、セルザスが心配してくれる時とはまた違う感じがする。
セルザス以外から心配されたりということが無かったので、凄く不思議で新鮮な気分。
何と言うか…ふんわりと優しく包み込んでくれる。
対するフェルも指に口を当ててうーんと唸った。
「事情は……確かに色々ありますけど…今の僕にはどうする事もできませんし……。
そ、そんなに元気ないように見えたかな?…見えましたか?」
「それはもう誰が見ても分るほどに」
「そっかぁ…あ、そうでしたか…」
「…堅苦しい言い方はよせよせ。自然に話してくれ」
「でも…」
慣れ慣れしく話すのは少々気が引ける。
躊躇っているフェルに、ソロンが何か思いついたのか立ち止まって手のひらをぽんと叩き、
人差し指をぴんと立てて言った。
「じゃぁこれならどうだ?俺の家に好きなだけ居ていいから、
その変わり、お前の話しやすい口調で俺と話したり接したり…ってのはどうだ?」
「え…」
「なんだなんだその顔は。逆に言ったら、普通に話してくれないと、
俺の家には居させないぞ、ということだ」
「え…えぇぇ…脅し…」
「いかにも。で、どうするんだ?」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、フェルの回答を待っているソロン。
「…んん…わかった」
少し唸り、仕方なく頷いた。
ソロンの目が、目が有無を言わさない色をたっぷりと含んでいた。
何となく諦めたような笑みをこぼす。
「よし、いい子だ」
フェルの頭を帽子の上からかきまわし、ソロンは歩きだした。
呆気にとられていたフェルであったが、はっとして後を追った。
歩いていると正教会の青いドームが見えてきた。
上に十字架が付いているところを見ると…教会?
「…あ、そういえばさっきの女の人…ソロンさんのこと神父様って……神父なの?」
「まぁ…昔はな。今は神父はやめたに等しい。
教会は持っているが、祭司としての仕事は全くしていないな…」
「そうなんだぁ…今の仕事は?」
「それは行ったら分る。乞うご期待」
神父には全く見えないが、それを言ったら怒られそうな気がするのでとりあえず黙っておく。
何はともあれ自称元神父がどんな仕事をしているのか
フェルはワクワクしながらソロンに付いて行った。
海と空が交わり、気持ちの良い青空が広がっている。




